ワシーリー・モロジャコフ
  • ワシーリー・モロジャコフ MOLODIAKOV Vassili
  • 署名記事数:10 最終更新日:2016.12.26
拓殖大学日本文化研究所教授。1968年モスクワ生まれ。1993年モスクワ国立大学卒業、1996年同大学博士課程修了。歴史学博士(Ph.D., モスクワ国立大学、1996年)、国際社会科学博士(Ph.D.,東京大学2002年)、政治学上級博士(LL.D., モスクワ国立大学、2004年)。2000~2001年、東京大学社会科学研究所客員研究員。2003年、拓殖大学日本文化研究所主任研究員。2012年より現職。ロシア語で著書30冊以上、そのうち日本に関するもの15冊。日本語での著書に『後藤新平と日露関係史』(藤原書店、2009年)、『ジャポニズムのロシア』(藤原書店、2011年)。
待ち続けるか、それとも行動を起こす時が来たのか?2016.12.26

先日のウラジーミル・プーチン・ロシア大統領の訪日は、ここ日本では予想通り、大きな反響を呼んだ。政府高官を含む多くの日本人が、安倍晋三首相とプーチンの会談の結果に「がっかりした」と公に語っている。訪日したプーチンに多くのことを期待していたのだが、プーチンは…。 日本人の多く、政治家や政治学者、ジャーナリストらはプーチン訪日に何を期待したのだろうか?はっきり申し上げよう。何よりも「領土問題の解決…
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露日協約100周年2016.07.04

ロシア語で「100年」という言葉は魔法のような力をもっている。「100歳まで生きたい」というのは、「永遠の生命を得たい」というのと同じことのように受け止められている。日本とは違い、ロシアでは100歳まで生きることができる人はごくわずかであることも、その一因であるのかもしれない。 100周年というのは最も重みのある節目ではないだろうか。人は、出来事そのものがそんなに重要ではなくても、ちょう…
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2015年—忘れ去られた日露間の歴史的節目2015.12.28

2015年の初め、私は、「今年は露日関係史の多くの節目を迎える年(「露日関係史の節目を振り返る」)だ」とコラムで書いた。 歴史上の主要な節目を挙げながら、私は、これらが注目されないまま過ぎてしまわないことを願った。コラムの中で「是非、皆さん、これらの日を友好や相互理解の精神で、または、互いを理解していこうという気持ちとともに祝っていきませんか。」と呼びかけもした。しかし…… 思い起こされ…
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或るアメリカ人の伝記における四十七浪人とヒロシマの悲劇2015.10.01

東京の私の家の窓からは、世界中で知られるようになった、赤穂浪士四十七士(※1)が埋葬されている泉岳寺(港区高輪)が見える。この私の家には、アメリカの作家、詩人、ジャーナリストであるジョージ・シレベスター・ヴィレック(George Sylvester Viereck; 1884-1962)の生涯や作品に関する書籍や写真、様々な資料多数が保管されている。それは、主に、私が十年来、調査を続けてきた彼…
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東京裁判を振り返る—21世紀からの視点2015.08.18

東京裁判を巡る議論は、裁判そのものに費やされたのとほぼ同じ位、長期間に渡って続けられている。東京裁判とは何なのだろうか?「平和愛好諸国民の利益を毀損」したことに対しての「世界の諸民族」による公正な裁きなのか、または、「勝者」連合国が「敗者」日本の指導者を処罰した「勝者の裁き」なのか? 実際、東京裁判は、法による厳正な裁きというよりは、政治的な意味を帯びたものであった。 その理由はい…
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露中接近は、日本への脅威となりうるか?2015.06.05

2015年5月9日、多くのロシア人がそうしたように、私もテレビ生中継に見入っていた。視聴者の中には、新しい兵器が気になった人もいただろうし、パレードの隊列を注視していた人もいただろう。私に関して申し上げると、軍事にはほとんど関心がない。その代わり、私はパレード会場の貴賓席で繰りひろげられる出来事にすっかり気をとられていた。 貴賓席の中央は、プーチン大統領。ロシア軍の最高司令官である。その隣に…
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日本国憲法「第九条」の草案者は誰か?2015.04.27

1945年12月10日公判を待つために東京の巣鴨拘置所に拘留中の、前駐伊大使で同時に「A級戦犯」であった白鳥敏夫は、吉田茂外相(当時)あての長文の手紙を書き終えた。手紙は英語で書かれていた。拘置所の検閲を難なくすり抜けられるようにするためか、それとも手紙が占領軍本部の目に留まるようにするためなのか。占領軍に読ませるためだったとの可能性が濃厚であったとみられる。 白鳥敏夫1887年~1949…
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露日関係史の節目を振り返る2015.03.30

2015年は、露日関係史において多くの節目を迎える年となる。しかし、ロシアと日本では、それらの節目の迎え方がまったく異なるようである。 1月20日には、日ソ基本条約(※1)(1925年)が締結されてから90周年を迎えた。この条約は「基本条約」(Конвенция об основных принципах)、あるいは全権を委任されたレフ・カラハンや芳沢謙吉が中国の首都でこの条約に調印したこと…
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日露関係 便りのないのは良い知らせ2014.12.19

今年も例年通り10月をモスクワで過ごした。出張である。資料館や図書館で仕事し、学会発表や講演をし、同僚たちと今後の展望等について色々と情報交換をした。 (左)ロシアの国民的詩人プーシキンによる「エヴゲニー・オネーギン」チャイコフスキーのオペラの原作にもなった。/(右)ジャン=ジャック・ルソー「社会契約論」露語訳18世紀のフランスの啓蒙主義者であるルソーによる、国家主権を国民に設定した啓蒙主…
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水田の傍で過ごした夏に思ったこと―露日関係の“あした”2014.09.30

今年の夏休みは、日本海側の秋田で過ごした。神経を使う日々の仕事から解放され、執筆も一切せず、読書もせず、ひたすら考え事をしていた。 水平線の上の遥か彼方の丘に向かって、既に少し黄色がかってきている、果てしなく広がる水田を黙々とサイクリングするのが夏の日課だった。自転車をこいでいると、いつもよりも考えがまとまるような感触がした。 水田や緑の丘を眺めていて、ふと気がつくと、平和や調和、友好、相…
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