野田ビジョン「フロンティア構想」の裏側

政治・外交

野田佳彦首相が、「フロンティア構想」という長期ビジョンづくりを積極的に進めている。敬愛する大平正芳元首相(1978~80)が立ち上げた9つの政策研究会にならって、内閣府・国家戦略室に4部会で構成する「フロンティア分科会」を設置、2月から急ピッチの討議を始めた。しかし、9月に予定される民主党代表選や早期解散説とも絡んで報じられるなど、付け焼刃な臭いが漂う。

大平元首相を強く意識

「姿勢は低く思いは深く」。野田首相は財務副大臣時代、当時財務相の藤井裕久氏(民主党税制調査会長)に「総理になるなら大平政治を目指せ」と言われ、大平元首相を強く意識し始めた。今回の「フロンティア構想」は、大平の長期ビジョンづくりを土台に首相就任前から温めていたものだ。

民主党代表選立候補を前に、野田氏が大平の親族にその思いを伝えたのは、昨年8月。都内のホテルで、大平の女婿・森田一氏(元総理大臣首席秘書官、元運輸相)と朝食をともにした時だった。

野田氏は、こう切り出したという。「大平先生が立ち上げた9つの政策研究会に関心があります。教えて頂けませんか」。当時、野田氏は、消費増税を実現した上で党代表選で再選。長期ビジョン「フロンティア構想」を掲げて次期衆院選挙に打って出るという戦略があった。しかし、森田氏は「あの研究会は、大平が10年も準備して作ったものです。そう簡単にはできませんよ」と答えたという。

時代を先取りした大平ビジョン

大平の政策研究会とは、1.文化の時代研究グループ(議長=山本七平・山本書店主)、2.田園都市構想研究グループ(議長=梅棹忠夫国立民族学博物館長)、3.家庭基盤充実研究グループ(議長=伊藤善市東京女子大学教授)、4.環太平洋連帯研究グループ(議長=大来佐武郎(社)日本経済研究センター会長)、5.総合安全保障研究グループ(議長=猪木正道(財)平和・安全保障研究所理事長)、6.対外経済政策研究グループ(議長=内田忠夫東京大学教授)、7.文化の時代の経済運営研究グループ(議長=館龍一郎東京大学教授)、8.科学技術の史的展開研究グループ(議長=佐々學 国立公害研究所長)、9.多元化社会の生活関心研究グループ(議長=林知己夫統計数理研究所長)の9つ。名だたる学者、有識者、エコノミストらが参加したが、これは、森田氏や長富祐一郎氏(元大蔵官僚、元総理大臣首席補佐官)らが長年かけて築いてきた知的ネットワークを基盤に作られたものだった。

報告書がまとまったのは、総選挙公示の日(1980年5月30日)に突然、心筋梗塞に襲われた大平の死後だったが、その理念、思想、ビジョンは時代を先取りしたものとして、今も高い評価を受けている。

急場しのぎの野田構想

野田首相の肝いりで始まった長期ビジョン作成のための「フロンティア分科会」は、4部会(繁栄、幸福、叡智、平和の各フロンティア部会)で構成される。これは、松下政経塾を創設した松下幸之助のPHP(繁栄=Prosperity・幸福=Happiness・平和=Peace)に「叡智=Wisdom」をプラスしたものだ。

取りまとめの中心的な役割を果たす分科会事務局長は、永久寿夫氏(PHP研究所代表取締役専務、政策シンクタンクPHP総研・研究主幹)。野田首相と極めて親しい関係にある、「フロンティア構想」の仕掛け人的存在だ。

永久氏のブログによると、4部会委員の選考基準は次のようになっている。

1.部会長・部会長代理の男女構成は1対1、2.委員の年齢は座長と座長代理を除いて野田総理より若く、地方を拠点として活動をしている人、3.若手官僚を公募する。「若者、女性、地方を抜きに将来ビジョンは描けない」という首相の意向を反映した結果だ。分科会には、「2050年の日本」を念頭に「わが国の閉塞感脱却のために将来の指針を示す」ことを期待している。

分科会は、2月1日に初会合、その後、各部会で急ピッチの議論が重ねられた。これを受けて首相は4月2日、議論を急かすかのように「5月中の中間報告取りまとめ」を指示した。

「政局よりも大局」―首相は反旗を翻す小沢一郎元民主党代表を意識してこの言葉を口にする。しかし、「フロンティア構想」をめぐる指示には、不透明感漂う政局の中で急場しのぎの焦燥感が付きまとう。