迷路はこうして出来上がった——沖縄知事選で辺野古移設反対派の翁長雄志氏当選

政治・外交

この5年間、基地移転問題で迷走し続けた沖縄の県内政局に1つの結論が出た。移転反対派の翁長雄志氏の当選は、これまで東京の政府が依存してきた県内現実派の政治的基盤が崩れてしまったことを示している。沖縄問題はどうしようもないアポリアに陥ってしまったのである。

こじれを増すだけに終わった知事選

11月16日、任期満了に伴う沖縄県知事選挙が行われ、無所属で新人の前那覇市長、翁長雄志氏が当選した。得票率は51.6%で、37.3%だった次点の現職、仲井真弘多氏に大差をつけた。

翁長氏は選挙中、アメリカ海兵隊普天間基地を同じ海兵隊基地であるキャンプ・シュワブ(名護市辺野古)内へ移転することにも反対を訴えてきた。当選後も改めて、昨年(2013年)12月に仲井真知事が認可した基地建設予定海面の埋め立て許可を撤回する意思を言明している。一方、仲井真氏は前回2010年の知事選で、普天間基地の辺野古移転についての日米合意見直し、県外移転を公約にしていた。にもかかわらず、埋め立て許可を出したことが今回の選挙に影響したとみられることから、これを「県民の意思」として沖縄県内では移設反対派の発言力が強まる情勢だ。

ただ、一般にはかなり勘違いが広まっているようだが、現実には、県知事は辺野古移転そのものに許認可権を持っているわけではない。仲井真知事も、それゆえ最終的に受け入れざるを得なかったのである。菅義偉官房長官も17日の記者会見で「粛々と進める」と発言している。外交的な合意事項であることからも、政府の方針には変更は考えられない。

長年の米軍基地負担や戦争被害の認識、さらに問題が起きても「カネ」を渡すだけ、という安直な政府対応の結果でこじれた沖縄県と中央の関係は、県内で「沖縄に対する構造的差別論」が飛び交うようにきわめて感情的なものになってしまっている。県内のことを自ら決めたいという県民の欲求を高めてしまった結果が今回の選挙だが、さらに抜き差しならない状況を招いてしまった。

負担軽減のはずが……辺野古移転の背景と経緯

そもそも普天間基地の辺野古移転とは何であるのか、振り返ってみたい。

事の発端は、1995年9月に起きた沖縄駐留アメリカ軍の兵士による女子小学生暴行事件である。犯人は特定されたが、日米地位協定によって起訴されるまでアメリカ側から引き渡しが行われなかった。つまり地元警察による逮捕・取り調べが行えなかった。沖縄返還直前の1970年に発生したコザ暴動のきっかけと同じで、犯罪を犯した米兵に対し地元が主権としての警察権を行使できないという「差別的」状況に、長年の県民の反基地感情に一気に火が付き、全県的なアメリカ軍基地縮小・撤廃運動に発展してしまった。

折から「同盟漂流」と称されるほどに日米安全保障関係は不安定化しており、日米は沖縄返還後では最大級の駐留基地見直しに追い込まれた。そこで気の遠くなるほどの紆余曲折を経ながらたどり着いた結論が基地縮小による沖縄の負担軽減で、最終的に嘉手納基地より南の全施設の返還と、そのなかで最大の海兵隊普天間基地の辺野古にあるキャンプ・シュワブ内への移転・統合である。

基地完全撤廃の主張からすれば100%の回答ではないが、少なくとも50%の前進で、しかも基地の囲い込みもしくは人口密集地からの分離という、沖縄以外の地域で成功した対策を打つことになるのである。

普天間基地は、戦後、周辺に住宅地や学校が建設され、人口密集地に囲まれた飛行場である。単に駐留基地問題というだけではなく、事故の危険性が危惧される施設である。現に2004年に隣接する沖縄国際大学のキャンパスに、海兵隊のヘリコプターが墜落する事故が起きている。移転は喫緊の課題とされてきた。

統合となったのは、この反基地感情が高まった環境で、人口過疎地ではあっても新規に移転先の基地を建設するのは困難であったからだ。新規の建設には地元自治体の開発許可が必要だ。ここには当然、政治的な判断が入る。首長や議員たちを納得させても、彼らは選挙では勝てなくなる。そこで、防衛庁(現防衛省)が考え付いたのが、既存の基地内への移転であった。既存施設内であれば新規開発申請は必要なく、基本的に建設による周辺への影響をチェックされるだけである。環境への影響審査では、要件を満たしている場合、行政が許可を出さなければ申請者の権利侵害となる。

滑走路はX字型にして離着陸ルートを海上に出したので騒音は問題なし。漁業権も補償で地元と話をつけた。あとは、埋め立てによる周辺海域の環境の影響だけクリアすればいいところまで来ていた。それも当時の防衛事務次官だった守屋武昌氏は「過去の事例も研究し尽くしたうえでの計画で、環境アセスメントの結果さえ出れば、もう地元には法的な対抗要件はない。認めるしかない」と証言している。

やけぼっくいに火をつけてしまった鳩山民主党政権

ところが、ここまで来て挫折した。2009年9月の総選挙の際、沖縄に遊説に来た鳩山由紀夫民主党代表が、普天間基地移設について「国外、少なくとも県外」と公約して、この14年間をすべてひっくり返してしまう。そして民主党はこの選挙で圧勝して、政権の座についた。

1995年の事件以来、過熱していた県民感情を収めるため、国も県もアメリカも迷走と妥協を繰り返しながら、何とかこの50%案で納得してもらうところまで来ていたのである。そこでまた100%案が国の公約として示されたのである。県内の移転推進派は、これで梯子を外される結果となった。2006年に「早急な普天間周辺の危険除去のための辺野古移転」を掲げて知事初当選した仲井真氏も、2010年の知事選では「国外、少なくとも県外」を公約とせざるを得なくなった。2011年末には辺野古沖の環境アセスメントの結果が国から県に提出されたが、移転反対派は県庁周辺を封鎖して郵送を止める行動まで起こす。

しかもひどいことに、県外移転が非現実的とわかると、民主党政権はさっさと公約を取り下げてしまった。それだけでなく、なんと民主党政権下で強硬推進が可能になる法改正が行われるのである。地方自治法では、都道府県知事、教育委員会、選挙管理委員会の判断や業務が、法令に違反している、または適性を欠き公益を損なうと国が判断した時、国は是正の勧告や要求を行えることになっているが、これまで、これには強制力はなかった。地方自治体側から国地方係争処理委員会への審査申し出が出来るだけで、国側からそれ以上、働きかける手段はなかった。2012年9月に公布された地方自治法の改正で、国による違法確認訴訟制度が創設され、司法的な手段で地方の「不作為」を排除できる道ができた。もちろん、改正は民主党政権以前からの流れであったが、これで国と地方の関係は一変する。

再び政権交代があり、安倍政権となった2013年3月1日に改正法施行。そして、それを待っていたかのように3月22日に国は辺野古沖の公有水面埋め立て許可申請を県に提出する。仲井真知事は、この段階で認可を避けられなくなる。この年の年末、安倍政権から、さまざまな基地負担軽減策、経済振興策の提示を受け、埋め立てを承認する。かつてなら、このような経緯ののち「現実的」な着地となるはずだったが、今回は違った。仲井真知事や県内の「現実派」は基盤を失ったままだった。その結果が今回の選挙だった。

沖縄は何を望んでいるのか

翁長氏は当然、移設計画白紙撤回という公約通りに行動するだろう。直接的には知事に法的権限はない。しかし、大型工事の場合、地元が本気で反対すれば、どれだけでも抵抗のネタはある。それだけではない。尖閣諸島問題をはじめとして、東シナ海全域で中国との緊張が高まっている。日本にとって沖縄県を含む南西諸島全域の安全保障体制の再構築は喫緊の課題である。普天間と辺野古だけではないのである。この段階で、基地問題で国と地元が感情的な対立を引き起こすのは、どう考えても好ましいことではない。

この選挙結果を目の当たりにすれば、当面、基地移転賛成派は県内で政治的に立ち行かなくなると判断せざるを得ないだろう。これまで東京の政府が依存してきた沖縄政界で「保守系」とよばれる現実派はアテにできなくなってしまったのである。

沖縄は“反米親中”という誤ったイメージ

ここに面白い調査がある。沖縄県知事公室地域安全政策課が2013年6~7月に行った「沖縄県民の中国に対する意識調査」である。

それによると、「中国に対する印象」では、「良くない印象を持っている」と「どちらかというと良くない印象を持っている」が合計で89・4%。その理由のトップは「尖閣諸島を巡り対立が続いているから」が65・1%である。一方、全国調査はそれぞれ90・1%、53・2%である。しかも、「中国と米国でどちらに親近感を覚えるか」では、「中国により親近感を感じる」3・5%に対し「米国により親近感を感じる」59・1%である。全国調査はそれぞれ5・8%、56・1%である。

辺野古移転反対や反基地運動感情が強いことから、中央政界やメディアでは、「沖縄は反米親中」という見方が強いが、現実はまったく異なる。沖縄は尖閣諸島問題に代表される中国の対日圧力の最前線なのである。そして親米感情も全国平均より高いのである。沖縄が反発しているのは政府や「東京の目線」に対してであり、その感情的な基盤が日本全国から反政府的な活動家まで吸引してにっちもさっちもいかない状況を作り出しているのである。

過去の暴動や反基地運動の発火点に、犯罪の対する警察権の問題が繰り返し出てくることでわかるように、沖縄県民の意識の奥底には、本当に自分たちが自らの土地の主権者なのか、という懐疑が長らくわだかまっている。民主党政権以降の対応は、この沖縄の最も敏感な部分をもてあそんでしまった。その結果、沖縄問題は沖縄自身が身動きの取れない正真正銘のアポリアとなってしまった。これは、日本にとっても沖縄自身にとっても実に不幸な現実であるといわざるを得ない。

(編集部 間宮 淳)

カバー写真=沖縄県宜野湾市のアメリカ海兵隊普天間基地

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