「移民」含めた労働力の供給拡大こそ最重要—米経済専門家から見たアベノミクス

政治・外交

アベノミクス(安倍晋三政権の経済政策)も2015年で3年目に入った。評価の決め手は3本目の矢「成長戦略」が経済成長という的を射抜くことができるかどうか。各種政策がぎっしり詰まった第3の矢で何を最優先して射るのか。米経済専門家は、移民を含めた労働力の供給拡大こそ最重要だと指摘する。

移民は日本経済の活力に

アダム・ポーゼン所長(笹川平和財団提供)

米シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は昨年12月19日、東京都内で開催された「アベノミクスを問う:日米経済専門家の視点」と題した公開パネルディスカッション(笹川平和財団主催)で、「安倍政権は全てを一気に実行することはできない。優先課題も絞り込んだほうがよい。日本の経済成長にとって最も重要なのは労働力が拡大し続けることだ」と述べた。

同所長は労働力を拡大させる上で、女性の労働参加を増やすなど、日本国民だけで拡大させる余地がまだあるとしながらも、合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの平均数)を引き上げるやり方は最も難しいと指摘。むしろ将来的には移民導入などの政策が必要になるとの考えを示した。

チャールズ・コリンズ氏(笹川平和財団提供)

ポーゼン所長は、同じく人口減少に見舞われているドイツと日本を比較。「出生率はむしろドイツのほうが低い(12年はドイツ1.38日本1.41)が、ドイツの移民率は人口の約8%と欧州の中でも一番高い。国内の労働市場を改革して、労働供給も増やした。日本も何か手を打てるはずだ」と強調した。

また、世界の大手民間銀行が参加する国際金融協会(IIF)のチーフエコノミスト、チャールズ・コリンズ氏も、「日本では移民労働者を増やすことが大きなプラスになる分野が多い。建設、保育、介護などの人材が不足している。移民は成功を求めるので、日本が移民にもっと開放的な政策をとれば、日本経済に活力を与えることになる。安い労働力ではなく、日本経済にとっての活力の源泉だ。米国人であるわれわれの祖先も、元をただせばみんな移民だ」と語った。

非製造業を中心に人手不足が深刻化

日本の労働力供給の先行きはどうか。政府の有識者会議「選択する未来」委員会(会長・三村明夫日本商工会議所会頭)によると、2013年に6577万人だった労働力人口(15歳以上で働ける能力と意思を持つ人の数)は、女性や高齢者の労働参加が全く進まない最も悲観的なシナリオの場合、2060年には3795万人と42%減少。 1.43 の出生率が30年に2.07まで回復し、かつ女性がスウェーデン並み(就業率約80%)に働き、高齢者が現在(60歳引退)よりも5年長く働いたとしても、5500万人程度まで減少する見通しだ。

足元でも人手不足が深刻化している。アベノミクス導入とともに始まった景気回復により、企業の採用意欲が高まったからだ。人手が余っているか、足りないかを表す日銀短観の「雇用人員判断指数(DI)」(全規模合計・全産業)は13年3月に、「雇用過剰」企業から「雇用不足」企業を差し引いた数値がマイナスに転じ、リーマン・ショック後の雇用過剰感が解消。その後もDIは低下を続けている。

直近の14年12月調査によると、全規模、全業種で引き続き同DIは大幅マイナスを記録。製造業が中小企業のマイナス8ポイントを中心に全業種平均5ポイントのマイナス。深刻なのは非製造業で、22ポイントのマイナス。中小企業ではマイナス24ポイントだった。

非製造業の中でも雇用不足感の強い業種は「宿泊・飲食サービス」。みずほ総合研究所では「景気回復に伴う国内旅行需要やビジネス出張の回復、外国人観光客の増加などを受けて人手不足感が強まっている」と分析している。また「建設」業界の人手不足は東日本大震災後の復興事業や再開発などの建設需要の拡大がもたらした。企業活動の回復やインターネット通販の普及も「運輸・郵便」の人手不足に拍車を掛けている。

ドイツでは人口の20%が移民

東京大学大学院の吉川洋教授(笹川平和財団提供)

「日本では人口減少が社会的に悲観的な状況になっているが、ドイツでは悲観主義を確認できなかった。多くのベルリンのエコノミストは現状についても、近い将来についても楽観していた。日本では出生率を引き上げようと懸命だが、ドイツが考えているのは移民のことだけだ」——こう語るのは日本側パネリストの1人で、最近ドイツを訪れ、現地のエコノミストと交流してきた吉川洋・東京大学大学院教授。

ドイツの強力な経済力、成長力を支えるのは豊富な移民だ。移民受け入れは1950年代から始まっており、2012年の最新国勢調査によると、人口全体に占める外国籍保有者は9.0%に上る。自分自身あるいは親世代などが移民だった「移民の背景を持つ」ドイツ国籍保有者も加えると、20.0%にも達する。欧州の中でも最大の移民を抱える「移民大国」だ。

労働市場の柔軟化が成長生む

ドイツの人口が継続的な減少に転じたのは2003年以降。8200万人から9年連続で漸減し、11年には8000万人台に落ち込んだ。しかし、12年からは微増に転じる。人口減少を食い止めたのは移民の流入だ。東欧に加え、南欧からの移民が急増した。その移民の年齢層も比較的若く、働き盛りが多いのが特徴。移民はドイツの人口減少や高齢化ペースを緩和させることにも貢献している。

2000年代前半に低成長、高失業率にあえいでいたドイツが同後半から復活した最大の理由は労働市場の柔軟化とそれに伴う労働コストの低下に成功したことだ。銀行口座と同じように所定外労働時間を貯蓄し、後でまとめて休暇などに使える仕組みを導入した結果、企業は景気の繁閑に応じた労働時間とコストの調整が可能になった。また、左派の社会民主党(SPD)を率いたシュレーダー政権下で労働市場改革を一段と進めた。これらの構造改革が労働供給を増やすことにも貢献した。小泉政権下で労働力流動化策が議論されたものの、掛け声倒れに終わった日本とは企業競争力で大きな差が付いた。

人手不足対策にすり変わった技能研修制度

安倍政権は昨年6月、「『日本再興戦略』改訂2014」を閣議決定。新たに「外国人材の活用」を盛り込み、認定要件の緩和など高度人材受け入れ環境の整備や、対象職種の拡大、実習期間の延長(最大3年→5年)など外国人技能実習制度の見直しを講じる方針を打ち出した。後者はもともと、日本企業が海外進出する際に、現地で採用する労働力の確保を主眼とした制度だったが、いつの間にか実態は日本企業による人手不足対策にすり変わった。この制度で受け入れている国内在留外国人は約15万人も上る。今や欠かせない労働力だ。

法務省の在留外国人統計によれば、日本に居住する在留外国人は208万人(14年6月末)。「移民は1年以上外国に居住する者」との国連の定義に従えば、その数は250万人近いとみられる。約3割は永住者で、国際基準からみれば、立派な「移民」である。日本政府の建前は「日本に移民政策は存在しない」。しかし、3年も日本で働いている外国人労働者は「移民」そのものではないか。日本には移民政策は存在しないが、移民は事実上存在するということかもしれない。

文化摩擦の火種にも…、政治的な議論が必要

移民は日本の国民としてずっと定着していく。教育や福祉など行政的な問題も出てくる。経済成長をもたらす半面、受け入れ国で文化摩擦の火種にもなり得る。今年初め、パリで連続テロ事件を引き起こした実行犯は移民出身者だった。日本に移民が入ってくるとしても、経済発展中のアジアからよりも、アフリカなどなじみの薄い異文化圏からになる可能性が高そうだ。対応の難しさはアジア以上と思われる。

IIFチーフエコノミストのコリンズ氏は「何をやるにしても、もはや経済問題ではなくて、政治的な議論を具体的に深堀りしていく必要がある。どのように法案を通すか、どのようにコンセンサスとサポートを得るのか。物事の中でも非常に合意を得るのが難しいこと(移民政策)について実践に移していくのが課題だ」と指摘。日本政府に政策の実行を迫った。日本も移民問題から逃げることなく、政策の具体的検討に入る時期にきている。労働市場改革を怠ったために、国際競争力でドイツに格段の差を付けられた轍を再度踏まないためにも。

(編集部=長澤 孝昭)

タイトル写真:笹川平和財団が主催し、東京で開かれた日米の経済専門家による公開パネルディスカッション=2014年12月19日(同財団提供)

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