佐渡で“放鳥トキ”7羽と遭遇—日本のトキ博士、死す

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トキ博士・佐藤春雄さん逝く

トキの生態研究や保護に尽力してきた新潟県の「佐渡とき保護会」元会長・佐藤春雄さんが2014年12月9日、死去した。“トキ博士”として知られた佐藤さんは、学校の教師をしながら「佐渡朱鷺愛護会(現・佐渡とき保護会)」を発足させ、トキの保護に生涯をささげた。

佐藤さんはまた、中国も訪問して交流を深め、1999年の「ヨウヨウ(友友)」(オス)、「ヤンヤン(洋洋)」(メス)2羽の日本への寄贈にも尽力した。この2羽のトキから人工増殖された佐渡のトキが、2008年から野生に放たれるようになった。14年9月にも18羽のトキが野生に戻った。放鳥は既に11回目を数える。

飛翔する7羽のトキに遭遇

佐渡市・新穂で目撃したトキの群れ

nippon.com編集部も13年夏に、佐渡島で取材をした際、佐藤さんらが育て放鳥されたトキの群れを佐渡市新穂で目撃し、撮影している。

里山のふもとあたりに群生する木々の間に、白い羽のトキが様子をうかがっている。はじめは1~2羽かと思われたが、よく目を凝らしてみると全部で7羽いた。やがて宙を舞ったり、餌をついばむようなしぐさを見せた。

トキは、一般的には、体長約70センチ、翼をいっぱいに広げると130センチ程度といわれる。顔は朱色の皮膚が露出して湾曲したくちばしを持つ。しかし、極めて神経質で、側に近づくことはなかなか容易ではない。編集部も目いっぱいの望遠で撮影したが、遠景で舞う姿がやっとだった。

しかし、「7羽」には意味があった。中国でもトキは絶滅したとみられていたが、1981年5月に陝西省洋県で野生のトキが発見された時も7羽だったからだ。また、トキの学名は「ニッポニア・ニッポン」(Nipponia nippon)で、ペリカン目、トキ科に属し、「日本を象徴する鳥」と呼ばれている。Nipponia nipponという学名といい、7羽という偶然といい、nippon.comにとっては不思議なつながりを持つ、トキとの遭遇だった。 

日本産最後のトキ「キン」の死

訪れた佐渡市「トキの森公園」の資料によると、トキは日本では古くから知られ、奈良時代の720年、『日本書紀』にトキ(桃花鳥)が地名の一部として記載されているという。その後、江戸時代までトキは日本国内に広く分布したが、明治時代になり肉食の習慣が広まったことや羽毛の需要から、トキが乱獲された。

最後の日本産トキ「キン」の剥製が、同公園内の「トキ資料展示館」に保存されている。1968年3月、佐渡トキ保護センターの職員であった宇治金太郎(故人)さんにより捕獲され、同センターで飼育を始められた。メスだったため当初は「トキ子」と呼ばれていたそうだが、やがて宇治金太郎の一部を取って「キン」と名付けられた。

日本産最後のトキ「キン」の剥製(左)/佐渡トキ保護センターで飼育されているトキの群れ(右)

その後、1981年に佐渡島に生存していたすべてのトキが捕獲され、受精を試みたが、老齢だったキンが卵を産むことはなかった。1995年4月にもう1羽のトキ「ミドリ」が死亡し、キンは“日本産最後のトキ”となった。2003年10月10日、ケージ内で死亡しているのが見つかった。推定36歳だった。新聞各紙は「日本産トキは絶滅した」と大きく報じた。臓器は全て冷凍保存されている。

自然と共生するコメ「朱鷺と暮らす郷」

放鳥トキが出没する場所へ案内してくれたのは、佐渡産コシヒカリ「朱鷺と暮らす郷(さと)」米の生産農家のリーダーである佐々木邦基さん(当時40歳)。

「生きものを育む農業」について説明する佐々木邦基さん

佐々木さんらは、トキが安心して生息できる環境づくりのために、農薬や化学肥料を減らして栽培するコメ作りを進めている。

“生きものを育む農業”(生物多様性農業)といわれる農法で、各農家はいくつかの条件のもとで栽培を続けている。その条件の1つは、田んぼの水を抜く中干し時期(6~7月)にも、ドジョウやオタマジャクシなどのための水がなくならないように「江(深みのこと)」を設置すること。また、本来は水を抜いてしまう稲刈り(9~10月)の後の冬にも、田んぼに水を張る「ふゆみずたんぼ」を設け、トキや渡り鳥のえさ場にしている。さらに、田んぼに隣接したところに常に水を張った小さな池のような「ビオトープ」を設けるとともに、ドジョウなどが自由に出入りできるように田んぼと水路をつなぐ「魚道」をわざわざ設置するなどの配慮をしている。

人気の高い佐渡産コシヒカリ「朱鷺と暮らす郷」

こうした農法を始めたのは2008年からで、農家約700戸(2013年現在)が参加している。佐渡の米出荷農家(5400戸)の約13%に上り、耕作面積やえさ場の面積は6年で3倍になったという。

収穫されたコメは、佐渡産のコシヒカリで「朱鷺と暮らす郷」米と命名されている。魚沼産「コシヒカリ」に引けを取らないとの評価を得ている。米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙が「トキが歩いた田んぼから収穫された自然との共生米」と紹介するなど、海外でも知られている。味の方も、「とても甘くて美味しい」「粘りけがあり香りがよい。冷凍後レンジで解凍しても美味しい」と評判がいい。

日本初の世界農業遺産に認定された佐渡

実は、あまり知られていないが、 国連食糧農業機関(FAO)の「世界農業遺産」(ジアス;GIAHS)に、「トキと共生する佐渡の里山」が2012年、「能登の里山里海」とともに、日本で初めて認定されている。

ユネスコの世界遺産は建物や自然そのものを登録対象としているが、FAOのジアスは農業システムを登録対象としている。生産性や効率性を重視した大規模農業が世界的に進む中で、失われつつある伝統的な農業システムを次世代へ継承していくことが目的だ。

トキが安心して暮らせる環境こそ、自然と人間との共生が可能な、人間にとっても安全で安心な環境であり、本当の豊かさをもたらすものだと言えるのではないだろうか。日本や中国がトキの保護や放鳥にこだわり続けるのは、自然と人間の共生という根源的で、貴重な試みだからに他ならない。

日本最後のトキ「キン」の記念碑

(文:編集部、動画撮影:大谷清英)

(取材協力:佐渡市観光協会) 

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