日本経済回復のカギ、チャイナノミクス

経済・ビジネス

瀬口 清之 SEGUCHI Kiyoyuki

キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)研究主幹。アジアブリッジ(株)代表取締役。1982年日本銀行、91年在中国日本国大使館経済部書記官、2006年日本銀行北京事務所長。09年4月より現職。

キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)の瀬口清之・研究主幹は2015年9月8日、東京・千代田区の一ツ橋講堂で「中国経済:減速と失速の違い~転機にさしかかる日米中関係」をテーマに講演した。瀬口氏は「足元の中国経済は安定を持続している」と述べ、今年6月からの中国の株価急落はバブルの調整過程に過ぎず、実体経済への影響は限られるとの見方を明らかにした。

瀬口氏の講演に先立って中国の楼継偉財務部長はトルコのアンカラで行われた20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議(G20)で、株価がバブル状態であったことを認めたうえで中国経済の先行きについて、「人口ボーナスの消滅と投資収益率の低下を背景に、中国政府は構造改革を推進し生産性向上を図っている」として、改めて7%前後の経済成長を継続する考えを表明した。同部長はその際、「今後5年間は中国経済の構造調整の陣痛期に当たる」と述べ、過剰生産や過剰在庫の解消には数年間が必要という厳しい認識を示した。この率直な表明とその後の中国の財政出動に対する期待等を受け各地の株式市場は一時大きく反発した。

雇用、消費は安定―構造調整進む中国経済

瀬口氏は8日の講演で、株価乱高下の背景について、「昨年末、不動産市場での資金運用が難しくなって巨額の資金が行き場を失い、株式市場に向かって株価が上昇したためキャピタルゲイン狙いの資金が殺到し、株価が上がる要因がないのにマネーゲームで急上昇していた」と指摘、そこに今年6月の株価ピーク時に当局が初めての信用規制を行ったため市場の予想以上の反応により”真空下げ“とも言える急激な下げをもたらし、「市場は事実上のマヒ状態に陥った」とした。

株式市場における混乱の背景として同氏は、1)市場経済化が進む中で当局に実務経験のある人材が不足、2)政策運営の透明性が不足、3)不用意な市場への介入―の3点を挙げ、中国政府が市場との対話に不慣れで「『市場はコントロール可能』という従来型発想から脱却できていない」と語った。

以上の経緯を踏まえ、瀬口氏は中国経済の現状について、小売総額、都市の新規労働者数など最近の統計数値からみて「消費が依然として10%を超える伸びを示し、都市の新規雇用が安定を維持している」と分析。また、産業別のGDP内訳をみると、すでに数年前から第3次産業が第2次産業を上回っていることから、製造業依存からの転換が必要とされてきた中国経済において「サービス産業化も急速に進展している」と指摘、実体経済は今回の株価乱高下によって騒がれたほどに悪くないという前向きな見方を示した。また中国経済を分析する際の指標として電力消費量、鉄道輸送量、銀行貸出残高を使用するいわゆる「李克強指数」については、電力多消費型の重厚長大型製造業やトラックへの振り替えが進む鉄道輸送という時代遅れの指標を使用しているためあまり重視すべきではないとしている。

「不適切な報道」メディアの責任重い

同氏は、株価急落に端を発したチャイナリスクをめぐる各方面の動揺について、1)5%程度の小幅な通貨切り下げを「輸出促進を目的とした元安誘導の始まり」と決め付け、2)株価暴落、輸入減少を拙速に中国経済の失速と結びつける―など、海外メディアも含めた報道機関による「不適切な報道が目立った」と批判。「中国経済を専門とする記者で、先進国の金融・為替市場の動向にも詳しい人材」が少なく、今回の株価急落と中国経済を結びつける大きな状況を理解できないままに記事を書いた者が多かったのではないかと解説した。そうでなく逆に、不適切な内容と知りながら読者の目を引くために誇大に報道していたとしたら「その責任は重い」としている。

日本の重要性を再認識=経済回復のカギはチャイナノミクスに

一方、日中関係では、2014年11月から15年にかけての2度の日中首脳会談、自民党の二階総務会長率いる3000人訪中団を経て今年9月には抗日戦争勝利軍事パレードも大きな問題なく終了した。瀬口氏は「終戦70周年総理談話も無事にクリアしたため、今後一段と関係改善の可能性が大である」と見通している。

中国側の対日姿勢軟化の背景には、この間地方を中心に日本の重要性が再認識され、「中国企業による日本企業との提携意欲が増大している」としている。また、「中国側が日中関係改善によって素直に本音を言えるようになった」と指摘、中国人の爆買い報道を機に中国の国営テレビが日本の技術、職人気質の優位性を繰り返し紹介したり、これまで関係改善を期待しながら我慢し続けてきた地方政府から日中経済協会への日本企業誘致相談が増加するなど前向きな動きが出ているという。

こうしたことから瀬口氏は、3兆ドルを上回る外貨準備を有し金融政策、財政政策を出動させるフリーハンドが十分に残されている中国経済が失速する可能性は「当面極めて低い」としたうえで、「日中はウィン・ウィンの関係構築が可能」であり、「日本経済回復のカギは引き続き中国にある」と指摘。手詰まり感の出てきたアベノミクスの中核に中国経済を据えた「チャイナノミクス」を活用すべきだと提唱している。

文・構成=三木孝治郎(ニッポンドットコム シニアエディター)

カバー写真=講演する樋口氏(提供・キヤノングローバル戦略研究所)

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