TPP、ようやく大筋合意

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日米などアジア太平洋諸国12カ国は5年半に及ぶマラソン協議の末、環太平洋経済連携協定(TPP)締結交渉で大筋合意に達した。これにより世界最大の自由貿易圏が誕生する。

歴史的合意

合意は、米南部アトランタで開かれていたTPP閣僚会合の6日目(10月5日)に行われた締めくくりの全体討議の後、発表された。世界全体の国内総生産(GDP)の4割近くを占め、8億人の人口を擁する12カ国の合意であり、まさに歴史的合意と位置付けられよう。

内閣官房のHPより作成

12カ国は、域内の貿易・投資に関するルールと、各国間の農産物・鉱工業品の関税撤廃・削減など市場開放に関する交渉を妥結させることを確認した。TPP閣僚会合が発表した声明は、「われわれはアジア太平洋地域で雇用を維持し、持続的な成長を促進し、イノベーションを向上させる合意に至った」とし、(合意に基づく)協定が、経済成長を促し、生産性と競争力を向上させ、生活水準を高めることへの期待感を表明した。

成長戦略の柱

今回のTPP合意は日米両国の現政権にとって「政治的な追い風」となろう。安倍晋三首相は10月6日の記者会見で、「TPPは国家百年の計であり、私たちの生活を豊かにしてくれる」と述べ、「アベノミクス」の第3の矢である成長戦略を後押しするとの見方を示した。

安倍政権は国内で賛否両論が渦巻く中出、2013 年7月に既に始まっていた交渉に途中参加した。大筋合意を受けて今後は、早期の批准を目指すとともに、日本経済の活性化に向けたTPPの活用と、コメ、小麦、乳製品、 砂糖、牛肉・豚肉の重要5項目の国内生産者らへの支援策に全力で取り組み、来年の参院選挙で連立与党への悪影響を最小限にとどめたい考えだ。

米国のアジア戦略

TPP交渉はもともと、2006年に発効した、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの自由貿易協定である「P4協定」の先進的な内容を評価した米国やオーストラリアなどが参加しようとして始めた交渉である。

米国はTPPを21世紀の「成長センター」と見なすアジアへ「軸足(ピボット、pivot)」を移し、「アジアの成長を取り込む〕(オバマ大統領)」ために交渉を主導してきた。米通商代表部(USTR)は、米企業に有利な貿易・投資のルール整備を狙い、他国との協議を進めてきた。日本のほかにベトナムやマレーシア、シンガポール、ブルネイも参加するTPPは、アジアにおいて経済・安全保障の両面で存在感を強める中国をけん制する効果があるとみられている。オバマ大統領は「中国のような国でなく、米国が国際ルールを築く」と繰り返し強調してきた。

中国のもくろみ

米国はまた、中国が主導し、日本を除く多くのアジア諸国、英独仏を含む欧州諸国など70カ国が参加するアジアインフラ投資銀行(AIIB)についても、貿易と金融という分野の違いはあるものの中国がアジアでの経済的影響力拡大を狙ったものだと警戒している

北京発時事電によると、中国は、今回のTPP合意を受けて、アジア太平洋地域の貿易体制への米国の影響力拡大を強く警戒している。今後、TPPなどを取り込み、より広範囲な自由貿易圏であるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を構築する手法で、通商ルール策定の主導権を奪還したい意向とみられる。

31分野

TPPの規定には関税削減・撤廃に関する物品市場アクセスについての規定のほかに、投資、知的財産権、政府調達、電子商取引、金融サービス、国有企業の規律、衛生植物検疫(SPS)、競争政策、貿易円滑化、環境、労働などルール関連の30分野(30章)についての統一ルール策定のための規定がある。例えば、著作権の保護期間は「作者の死後70年以上」に設定され、現行の50年から延長される。投資ルールでは、進出先の政府の不当な制度変更などで損害を受けた場合、企業が政府を訴えることができる。

TPPの下では、関税撤廃品目の割合を表す自由化率が約95%と高いのが特徴で、工業品に限れば関税は99.9%が撤廃される。交渉の最終盤では乳製品などモノの関税引き下げに焦点が合わされた形となったが、TPPの心臓部は、新たな国際ルールの制定だ。例えば、世界貿易機関(WTO)協定には環境と労働に関する規定は存在しない。

日米FTA

TPPには「日米FTA(自由貿易協定)」の側面もある。第二次世界大戦後、繊維から始まり、鉄鋼、カラーTV、自動車、農産物、半導体、投資・金融サービスなどをめぐり延々と続いた日米貿易摩擦の解消に向けた努力の事実上の終着点ともいえよう。

TPPの日米二国間協議では、日本のコメ、米国の自動車という互いの「聖域」が争点となった。日本は米国産のコメを対象に当初年5万トン、13年目以降年7万トンの無関税輸入枠を新設するとともに、既存の外国産米の輸入義務であるミニマムアクセス(年77万トン)の枠内でも実質的に米国産の輸入を増やすことで合意した。一方、米国は日本製の自動車部品に対する関税(乗用車2.5%)を87%の品目についてTPP発効時に即時撤廃し、日本製完成車に対する関税(2.5%)は、発効後15年目から削減し、25年目に撤廃することを受け入れた。

コメの流通総量は維持

安倍首相は会見で、コメや乳製品など重要5項目については、関税撤廃の例外を確保できたとし、市場に流通するコメの総量は増やさないようにするなど、農家の不安な気持ちに寄り添いながら万全の対策を実施する方針を明らかにした。さらにルール分野に関連して、「世界に誇るべきわが国の国民皆保険制度は今後も堅持し、食の安全基準も守らられる」と言明した。

消費者にとっての恩恵も少なくない。農林水産省は10月8日、重要5項目以外の食品では多くの品目の関税が撤廃されると発表した。輸入関税をかけている834品目のうち400品目の関税がなくなる。関税撤廃の対象は、青果物ではブドウやオレンジ、サクランボなど、肉類ではソーセージ、牛タン、鶏肉など、加工品ではマーガリン、クッキー、トマトジュースなど、水産物ではニシンの卵(塩蔵)、マグロ缶詰、ベニザケ(生鮮)などとなっている。

メガFTA

TPPの交渉終結は、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)や日中韓FTA, 日中韓印豪ニュージーランドASEAN(東南アジア諸国連合)の合計16カ国が参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、米国とEUの環太平洋貿易投資連携協定(TTIP)の交渉などを加速化させ、「多国間メガFTA」構築の波を世界に広げる効果も見込まれる。経済産業省の幹部は、TPP合意で域外国に焦りが生じ、TPP以外の交渉に良い影響が出る可能性があるとみる。

アジア太平洋地域のメガFTAの中では、GDPの合計でみた場合、TPPの規模が突出して大きい。TTPには韓国やタイ、フィリピン、台湾なども関心を示しており「東アジア全体まで広がっていく可能性」(甘利明TPP担当相)がある。

発効は早くて16年春

TPPの発効には経済規模の大きい日米の批准が不可欠だ。交渉参加12カ国が協定案に署名後、各国の議会承認を経て協定は発効する。署名から2年以内に議会承認がそろわない場合は、「GDP全体の85%以上を占める6カ国以上の批准」が条件となる。バイオ医薬品の知的財産権保護などで異論が出ている米議会がTPPの今後を左右するだろう。TPP全体に占める各国GDPの比率は、米国が約60 %, 日本が約17%に上る。日米のいずれかが欠けてもTPPは発効しないことになる。発効は最短で2016年春以降となる見込み

TPPは日本経済を大きく変える可能性があるが、TPP交渉の内容が秘密とされ、大筋合意の後も詳細が明らかにされていない。内閣官房TPP政府対策本部は10月5日付で、TPPの概要について発表したが、特に、ルール分野についての説明が薄く、今後、十分な情報が開示されてはじめてその影響を精査できるようになるだろう。

文・村上 直久(nippon.com編集部)

カバー写真=環太平洋連携協定(TPP)交渉の大筋合意を記者会見で表明するフロマン米通商代表部(USTR)代表(中央)ら閣僚。左から3人目は甘利明TPP担当相(提供・時事)

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