睡眠メカニズムの解明に前進:制御する2遺伝子を発見—筑波大の柳沢教授ら
[2017.01.03] 他の言語で読む : ENGLISH | Русский |

“眠気”とは何かを知る突破口

睡眠の基礎研究に特化した研究拠点、筑波大学の国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)が、大きな成果を生み出した。世界で初めての野心的手法で睡眠・覚醒の制御に直接関わる2つの遺伝子を発見し、2016年11月に成果を英科学誌ネイチャー電子版に発表した。

ヒトを含むすべての動物はなぜ眠らなくてはならないのか、睡眠時間はどのようなメカニズムによって一定に保たれるのか——。睡眠の仕組みは、神経科学における最大のブラックボックスとされるが、そこに光を当てる研究成果だ。同機構の柳沢正史機構長(教授)は、「これまで睡眠と直接関わる遺伝子は見つかっていなかっておらず、これらの発見は、“眠気”とは何かを知る突破口になる。将来は、睡眠障害などの治療への応用も考えられる」と話している。

マウス使い、地道な作業重ねる

伝統的な科学は、仮説と検証のプロセスにより営まれる。まず仮説を立て、その仮説を検証するために観察や実験を繰り返し、それを実証するなり否定することで普遍性の高い真理へと迫っていく。ところが、睡眠の謎は深すぎた。意味のある仮説が立てられないくらいほど未知のフロンティアだったのである。

柳沢氏らが今回の研究で用いたのは、遺伝性が見られる形質(表現型)から、その原因となる遺伝子を探り当てる「フォワードジェネティクス(順遺伝学)」と呼ばれる手法だ。

研究はまず、人為的な操作を行い、脳神経細胞などにさまざまな遺伝子変異のあるマウスを生み出すことから始まる。

遺伝情報に変化を引き起こす作用を持つ物質(エチルニトソロウェア)を雄のマウスに投与し、精子DNAにランダムに傷を付ける。そのマウスの子として生まれた次世代のマウスについて、脳波と筋電図を測定することで睡眠・覚醒行動に異常が見られないかどうかを確認する。睡眠時間が非常に長かったり、また非常に短かったり、明らかに異常な睡眠パターンを示すマウスが見つかれば、さらにその次世代のマウスも作製する。そして、親と同様の睡眠異常が認められれば遺伝性があると判断し、そのマウスの家系に共通する遺伝子を突き止めていく——。

柳沢氏と船戸弘正教授らのチームは約6年間にわたり、8000匹を超えるマウスを作製し、睡眠行動の異常の有無を丹念に調べていった。人手も時間もお金もかかるが、コツコツと地道な作業を積み重ねた。

研究成果について、テレビ局のインタビューを受ける柳沢正史教授(WPI-IIIS提供)

そこから、まず、覚醒時間が顕著に減少している家系と、夢を見る眠りであるレム睡眠が顕著に減少している家系が見つかってきた。実は、第2世代マウスでゲノム上に引き起こされた遺伝子変異は1000以上もあったが、そこから、それぞれの表現型と関連の深い遺伝子を絞り込んでいった。さらに同定した遺伝子を、最新のゲノム編集技術を用いてマウスに組み込み、遺伝子変異を持つマウスを再現。覚醒時間の減少、レム睡眠の減少といった表現型を示すことを確認して、因果関係を実証した。

このようにして、最終的に探り当てたのは、「Sik3」と「Nalcn」という2つの遺伝子である。

「Sik3」遺伝子に変異を持つマウスの家系は、覚醒系は正常だが睡眠時間が異常に長く、起きている時間が極端に短かった。これまで睡眠の量や質の調節と直接関わる細胞内シグナル伝達系は見つかっておらず、タンパク質リン酸化酵素であるSik3は、「眠気」のシグナルを構成していると考えられた。さらに、Sik3は、ショウジョウバエや線虫でも睡眠制御に働くことが突き止められ、睡眠制御に普遍的に関与していることが示唆された。

一方、「Nalcn」遺伝子に変異を持つマウスの家系では、レム睡眠が極端に減少していた。睡眠にはサイクルがあり、レム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返している。レム睡眠は、身体が眠りに落ちても脳は活発に動いている状態を指す。Nalcnは、ノンレム睡眠とレム睡眠の切り替えに関わるタンパク質を作り出している可能性があり、スイッチングの細胞内機構の初めての解明につながることが期待されている。

過眠症の治療薬も開発進む

柳沢氏は1998年、睡眠・覚醒のスイッチを制御し、覚醒に傾かせる物質「オレキシン」を発見。同機構のもう一つの研究の柱は、このオレキシンの作用を活性化させる「過眠症(ナルコレプシー)」の薬を創ることだ。既に受容体となるタンパク質も捕捉しており、それに作動する薬が治療薬になると期待されている。

IIISでは、かつて製薬会社で2つの創薬を成し遂げた合成化学者の長瀬博教授を招き入れ、オレキシン受容体作動物質として、水溶性が高く、低濃度(10-9mol/L前後)でも活性を示す化合物(YNT-185)の創製にこぎ着けている。こちらの成果は2015年に発表しており、その中でYNT-185の構造が明かされたため、多くの製薬会社も一斉に創薬を目指して、その構造の最適化に挑んでいる。しかし、柳沢氏は、「2年以内に薬として開発するための候補物質にまでたどりつき、創薬にもトップでゴールインしたい」と意欲的だ。

文・塚崎 朝子(ジャーナリスト)

バナー写真:多数のマウスの脳波・筋電図を一度に測定できる大規模システム(WPI-IIIS提供)

  • [2017.01.03]
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