武器輸出三原則等の見直しと日本のミャンマー支援

白石 隆【Profile】

[2012.05.02] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

4月10日、野田佳彦首相はデビッド・キャメロン英国首相と会談し、武器・装備品の共同開発を進める方針で合意した。これは昨年12月27日の「防衛装備品等の海外移転に関する基準」についての内閣官房長官談話で示された武器輸出三原則等の見直しを踏まえたものである。

武器輸出三原則等の弾力的な運用を

武器輸出三原則等には長い歴史がある。これは1967年の衆議院における佐藤栄作首相の答弁にはじまった。このとき政府は(1)共産圏諸国向け、(2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け、(3)国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けには「武器」の輸出を認めないこととした。これが武器輸出三原則である。これだけなら大きな問題はなかった。ところが1976年、衆議院における三木武夫首相の答弁によって、いくつかの項目が付加された。その1つは三原則対象地域以外の地域についても「武器」の輸出を慎むというものであり、もう1つは武器製造関連設備の輸出も「武器」に準じて取り扱うというものである。これで武器輸出三原則等と「等」が付け加わり、武器・装備品等の輸出は事実上、禁止となった。

それ以降、若干の例外措置が決められた。その1つは1983年の後藤田正晴官房長官談話で、日米安全保障条約の観点から米軍向け武器技術供与の緩和が三原則等の例外とされた。また2005年にはアメリカとの弾道ミサイル防衛システムの共同開発・生産が対象外とされた。

昨年12月の官房長官談話は、これまで個別に行ってきた例外化措置に代えて、包括的例外化措置を講じるもので、その基準として(1)平和貢献・国際協力に伴う案件については、防衛装備品等の海外への移転を可能とする、(2)我が国の安全保障に資する防衛装備品等の国際共同開発・生産に関する案件については、我が国との間で安全保障面での協力関係があり、その国との共同開発・生産が我が国の安全保障に資する場合に実施することとされた。近年、日本周辺の戦略環境は厳しくなっており、その一方、日本の防衛予算はすでに長期にわたって伸び悩んでいる。また次世代戦闘機等、最先端装備品の調達コストはますます高くなっている。

今回、武器輸出三原則等がやっと見直され、米国以外の安全保障の協力関係国とも連携して防衛装備品の国際共同開発・生産を進めることができるようになるのは、日本の防衛産業の生産・技術基盤の維持・高度化に大いに意味がある。政府としてこの基準をできるだけ弾力的に運用することを期待したい。

日本のメコン地域開発援助

4月21日、東京で日本・メコン地域諸国首脳会議が開催された。野田佳彦首相は、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナムのメコン地域5カ国を対象に、今後3年間でインフラ整備に約6,000億円の政府開発援助(ODA)を拠出すると表明した。その対象は高速鉄道事業など57件、事業総額は約2兆3,000億円に達する。

タイのインラック・シナワット首相はこれに先立って中国を訪問し、温家宝首相と会談してタイ国内の高速鉄道建設、エネルギー分野等の協力案件について意見を交換するとともに、2015年までに中泰の貿易額を昨年比1.5倍の1,000億ドルとすることで合意した。タイは大メコン地域のハブの位置を占める。また、タイ政治は王党派とタクシン派の対立で漂流しているけれども、バンコクを中心に国際競争力のあるメガリージョンを構築するという経済戦略は一貫している。中国は、アジア開発銀行(ADB)の作成した大メコン地域の市場統合と開発のマスタープランを踏まえ、昆明をハブに、縦に、南北回廊、高速鉄道、送電網等のインフラ整備を行っている。

一方、日本は、横に、東西回廊、南部回廊等の経済協力を実施している。タイは、中国、日本との経済協力によって、大メコン地域の市場統合のメリットを享受できる地位にある。インラック首相が中国と日本を訪問し、経済協力の約束を取り付ける、タイとしては極めて分かりやすい行動である。

日本・メコン地域諸国首脳会議にはミャンマーのテイン・セイン大統領も出席した。ミャンマー元首の来日は1984年以来のことで、野田佳彦首相はテイン・セイン大統領との会談で、1987年以来凍結されていた円借款の再開を伝達した。

ミャンマー民主化を支援する円借款の再開

ミャンマー政府はこの1年、国内和平と経済成長・国民生活水準向上を国策の二大課題として改革を実施している。4月1日の補選と国民民主連盟(NLD)の大勝、同日導入された為替制度改革はこうした改革が確かに本物だったことを裏書きした。しかし、改革への抵抗はこれからますます大きくなる。

工藤年博氏(アジア経済研究所)が近著『ミャンマー政治の実像』で述べる通り、ミャンマー国軍は、1988−2010年の軍政下に、その権力基盤を大いに強化した。テイン・セイン大統領の改革はこれを踏まえたもので、そのねらいは国軍を屋台骨とする国家体制の正当化と強化にある。しかし、今回の補選の大勝を受けて、国民民主連盟を中心とする民主化勢力が憲法改正を要求することは確実である。アウン・サン・スー・チー氏はすでに憲法改正の実現を訴えている。一方、ミン・アウン・フライン国軍司令官は現行憲法の護持を強調している。

この問題にこれからどう決着が付けられるか。大統領の述べるように、国会で現行憲法の改正について論議していくことで、国軍と国民民主同盟の間でなんらかの妥協が成立するのか、これは分からない。しかし、これを考えれば、テイン・セイン大統領の改革を支援することの重要性は明らかだろう。政治の自由化がもっと進展し、経済の自由化と外資導入によってミャンマー経済が成長軌道に乗れば、改革に背を向け、時計を巻き戻すのはますます難しくなる。その意味で、政府が対ミャンマー債権約3,000億円を放棄して円借款を再開し、インフラ整備、人材育成支援等の協力に踏み切ったことは結構なことである。大統領の指導下、2015年に向けて、少数民族との国内和平が進展し、議会において与野党勢力の間に信頼が芽生え、ミャンマー経済が成長軌道に乗って国民の生活水準が向上し、政府と国軍の指導者が国家の安定に自信をもつようになれば、憲法改正についても少しは妥協の余地が生まれてくる。

この記事につけられたタグ:
  • [2012.05.02]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

関連記事
その他のコラム

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告