筋が通った領土問題提案と筋が通らないエネルギー戦略

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野田首相、領土問題で国際司法裁判所活用を提案

9月26日、野田佳彦首相は国連総会で演説し、尖閣諸島、竹島をめぐる日中、日韓の対立を念頭に置きつつ、自らの主義主張を一方的な力や威嚇を用いて表現しようとする試みは受け入れられないこと、日本は国際法に従い、領土や海域をめぐる紛争を平和的に解決する原則を堅持していくことを述べ、各国に国際司法裁判所の(応訴義務が生じる)義務的管轄権(強制管轄権)を受諾するとともに、領土・海域紛争の解決手段として国際司法裁判所(ICJ)を活用するよう呼びかけた。

わたしは、すでに9月23日付『読売新聞』のコラムで述べた通り、日本がすでに実効支配している尖閣諸島について、政府がその国有化を閣議で決定し、これは日本の領土であると殊更に見えを切って、中国を刺激(挑発)する必要はなかったと考えている。そういうことをすれば、中国が大いに反発し、尖閣諸島水域の現場で緊張を高め、国際的に尖閣諸島は中国の領土であると大キャンペーンを張って、中国や台湾がいかなる主張をしようと、尖閣諸島の領有権についてはいかなる国際的紛争も存在しない、という日本の立場を維持することが結局のところ難しくなると考えたからである。その意味で、尖閣諸島の領有権をめぐって日中の間に紛争があると、政府がその立場を変更するのであれば、尖閣諸島、竹島について、領土・領海をめぐる紛争解決の手段として国際司法裁判所を活用しようという野田首相の提案は筋が通っている。

民主党政権の“記念碑的芸術作品”となったエネルギー戦略

一方、エネルギー政策については、政府の立場はまるで筋が通らない。

政府は9月14日、エネルギー・環境会議(議長=古川元久国家戦略大臣)を開催して、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」との目標を掲げた「革新的エネルギー・環境戦略」を決定した。ここでは、原発の40年運転規制を厳格に適用する、原子力規制委員会が安全を確認した原発のみを再稼働する、原発の新設・増設は行わないとの原則を示すとともに、既存の原発については、「原発は、重要電源として活用する」として、再稼働を進める方針も明記した。

政府は、これを踏まえ、9月19日に「革新的エネルギー・環境戦略」を閣議決定する予定だった。ところが、「戦略」は、産業界、労働界、原発立地自治体、原子力協定を結ぶ米国など、多方面から大きな反対を受けた。そのためだろう、政府はこれからの大まかな対応方針のみを閣議決定し、「原発ゼロ」の目標を含む「戦略」そのものは参考文書にとどめる異例の措置をとった。この閣議決定は次のような文章からなる。

「(今後のエネルギー政策は)エネルギー・環境戦略を踏まえ、関係自治体や国際社会などと責任ある議論を行い、国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する。」

政治は芸(アート)であるとはよく言われることであるが、この文章はまさに芸の極致、見事に玉虫色である。野田総理はこの閣議決定の後に出演したテレビ番組で「国民の声を踏まえて2030年代の原発ゼロを目指すというのはぶれない目標で、閣議決定している。大方針と今後のプロセスは間違いなく閣議決定したとご理解いただきたい」と述べた。しかし、この文章を何度読んでも、国が長期的に何をしたいのか、分からないし、「不断の検証と見直し」がキーワードであれば、「戦略」はそのうち検証され、見直されると受け止めてよいだろう。

こうして見れば、政府が今回の戦略をもとに年内に結論を取りまとめる予定の新しいエネルギー基本計画の策定作業が事実上、棚上げとなりつつあることも驚くにあたらないだろう。エネルギー基本計画を議論している経済産業省総合資源エネルギー調査会基本問題委員会の三村明夫委員長(新日本製鐵[現・新日鐵住金]元会長)は「矛盾だらけで決めようがない」と述べ、すでに「戦略」の見直しを要求している。

9月15日付『読売新聞』の報道によれば、民主党が9月6日、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」との提言をとりまとめて以来、政府は、この提言に縛られないよう、「逃げ道探し」を始め、9月14日開催の関係閣僚非公式会合では、政府最終案に「いかなる変化が生じても、柔軟に対応する」との文言を挿入して、政策変更の余地を増やすことで合意が成立したという。

つまり、ごく簡単に言えば、政府は、「原発ゼロ」で世論の歓心を買おうとする与党・民主党に配慮しつつ、エネルギー政策の現実的妥当性・柔軟性を確保するための「逃げ道」を作ろうとしてきた。それが玉虫色の閣議決定となった。とすれば、この文書は、次の選挙を念頭に国家経済の根幹に関わるエネルギー政策を決めようという民主党とそれに縛られまいとする政府の間で成立した民主党政権の記念碑的芸術作品ということになる。

民主・自民両党首選と次期首相の戦略的課題

民主党は9月21日に開催された臨時党大会で党代表選を行い、現職の野田首相が大差で再選を果たした。これを受けて、野田首相は輿石東幹事長に続投を要請した。輿石幹事長はこれまで、党内融和を優先し、衆議院選挙の時期については来年夏の参議院選挙との同日選を唱えてきた。従って、当たり前のことながら、輿石幹事長再任で、野田首相が年内解散を見送るとの見方が強まった。

一方、自由民主党は9月26日に総裁選を実施し、1回目の投票でトップだった石破茂前政調会長を2位だった安倍晋三元首相が決選投票で破って総裁に復帰した。石破前政調会長に対して、森喜朗元首相、青木幹雄元自民党参院議員会長などの長老の間で大きな拒否反応があったことが、安倍元首相の総裁選出につながったということのようである。各種世論調査を見れば、次の衆院選で自民党が勝利し、政権に復帰する可能性はかなり大きい。安倍総裁は野田首相にあらゆる手を尽くして、(8月の消費税増税法案の参議院での採決を前に野田首相が谷垣禎一前自民党総裁に約束した)「近いうち」の解散を要求するだろう。

また、マスメディアではすでに、次の政権を念頭に置きつつ、野田首相と安倍自民党総裁について、「原発ゼロを目指す」か、「原発依存は減らしても、今ゼロというのは無責任」か、消費税は「2014年に8%、2015年に10%に上げるのか」、それとも「上げるのは賛成だが、デフレが今と同じままであれば上げるべきでない」のか、その政策的違いが注目されている。こういう対立が重要でないとは言わない。しかし、日本経済の現状について、以下の事実は忘れない方がよい。

リーマンショック前年の2007年、日本の名目国内総生産(GDP)は512.9兆円、輸出83.9兆円、輸入73.1兆円、貿易収支は10.8兆円の黒字、海外からの純受取17.2兆円、国民総所得530.1兆円だった。それが2011年には国内総生産468.4兆円、輸出66.5兆円、輸入68.1兆円、貿易収支は2.6兆円の赤字、海外からの純受取は14.7兆円、国民総所得は483.1兆円となった。別言すれば、2007年から2011年の5年間で日本の国内総生産は8.7%、輸出は20.7%、輸入は6.8%、海外からの純受取は14.5%、国民総所得は8.7%、それぞれ縮小した。また、貿易収支が2011年に赤字となったのは福島第一原子力発電所の事故をきっかけにエネルギー輸入が拡大したためで、これはこれからも続く。だれが首相になるにせよ、この長期低落傾向を止めることが日本にとって最大の戦略的課題である。

『nippon.com』1周年とアラビア語スタート

ところで、この10月で『nippon.com』創刊1年になる。また、今月から、日本語版、英語版、中国語版、フランス語版、スペイン語版に加え、アラビア語版も開始した。本サイトへのアクセス数は着実に増加しており、毎月のアクセス総数はすでに論壇誌の発行部数をかなり上回る。日本の近現代史研究に関心のある人は、皆知っていることであるが、かつて大正、昭和の時代、『中央公論』、『改造』などの論壇誌は日本の世論形成に大きな役割を果たした。いま、われわれは、これらの論壇誌のような知的世論形成の場を必要としている。『nippon.com』がそういう場となるよう、読者の皆さんのご支援を心からお願いしたい。

(2012年10月1日 記)

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