山中教授ノーベル賞受賞、領土問題、野田内閣の次なる課題

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山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞受賞

成熟細胞が初期化され多能性をもつことを発見した功績で、京都大学の山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞受賞が決定した。非常に喜ばしい。心からお祝い申し上げたい。

民主党、自由民主党、公明党の3党は、これを受けて、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを使用する再生医療の実用化に向けた法整備として、再生医療推進法案を作成し、10月29日召集の臨時国会に議員立法で提出する方針という。また、野田佳彦首相は、11月2日に開催した政府の総合科学技術会議で、iPS細胞の実用化に向けて、薬事法の改正などの法整備を来年の通常国会で行うとともに、安全規制における基準作り、若手研究者の支援態勢強化を関係閣僚に指示した。ノーベル賞の威力には大きなものがある。これを契機に、日本の医学研究が、基礎研究においても、さらにはこれまで国際競争力があるとは決して言えなかった臨床研究においても、活性化することを期待したい。

すでに再生医療の分野では臨床研究が始まりつつある。理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代プロジェクトリーダーは、50歳以上の加齢黄斑変性(加齢により目の網膜の黄斑に障害が生じる病気で、失明に至ることもある)の患者6人を対象に、iPS細胞から作製した網膜の細胞を用いる臨床研究の実施について、理研の倫理委員会に申請した。

一方、道化も現れた。ハーバード大学の客員研究員を名乗る森口尚史氏がiPS細胞の臨床応用に成功し、重症の心不全患者を救ったと主張したことである。これが、森口氏の身分も含め、すべてうそだったことはすぐに暴露された。その経緯は記さない。しかし、森口氏がかつて東京大学先端科学技術研究センターの特任教授に任用された事実は重く受け止める必要がある。特任教授は、任期付きではあっても、正規の教員、研究員である。従って、その任用においては、業績審査も含め、厳正な資格審査があったはずであるが、今回の森口氏の言動を見れば、過去の業績についても、果たして信頼できるのか、再審査すべきだろう。ウェブサイトから記録を削除しておしまい、ということにはならない。東大先端研には森口氏の任用について説明する社会的責任がある。

領土問題、国際司法裁判所活用の意味

11月5、6の両日、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議がラオスで開催された。野田首相はこの首脳会議での演説で、尖閣諸島、竹島をめぐる中国、韓国との対立を念頭に、領土・領海に関する紛争解決方法として、「国際法の尊重」を訴えた。首相はすでに、9月の国連総会における一般討論演説で、国際法に従い、領土や海域をめぐる紛争を平和的に解決する原則を堅持していくとして、紛争の解決手段として国際司法裁判所(ICJ)の活用を呼び掛けた。アジア欧州会議での演説はこれを再確認するものである。

これが尖閣諸島の問題についてどのような意味をもつか、念のため、あらためて述べておきたい。

尖閣諸島は日本の実効支配下にある。従って、尖閣諸島の領有権をめぐる国際的紛争は存在しない。これが日本の立場である。中国は尖閣諸島を実効支配していない。しかし、尖閣諸島の領有権を主張する。従って、尖閣諸島の領有権をめぐり国際的紛争が存在するとの立場をとる。この現状は、尖閣諸島「国有化」の閣議決定、それ以降の中国の示威行動によっても、全く変わっていない。また、武力行使による現状変更を別とすれば、これが将来、変わる可能性もまずない。日本が尖閣諸島の領有権を放棄することはあり得ない。中国が尖閣諸島の領有権の主張を放棄することもあり得ない。また、いくら日本が尖閣諸島の領有権をめぐって国際的紛争は存在しないと主張しても、中国が尖閣諸島の領有権を主張しているため、第三者、つまり、国際社会から見れば、尖閣諸島の領有権をめぐる国際的紛争は存在することになる。

ではどうするか。紛争解決が将来にわたってまずあり得ないのであれば、尖閣諸島の領有権をめぐる紛争を「封じ込め」、これが日中関係にマイナスの影響をもたらさないよう、日中で努力するほかない。その意味で、日本が、中国に対し、国際司法裁判所の義務的管轄権を受け入れ、国際法にのっとり、領土・領海をめぐる紛争の解決手段として国際司法裁判所の活用を呼び掛けるのは、理にかなっている。わたしは、中国がそういう呼び掛けに応じる、とは思わない。しかし、国際法にのっとり、国際司法裁判所の活用を呼び掛けることで、日本としては、中国の示威行動に正当性がないことを示すことはできる。また、日本が尖閣諸島領有権の問題でそうした立場をとれば、韓国が実効支配し、日本が領有権を主張する竹島の領有権問題についても、同じ方式を韓国に呼び掛けて当然ということになるし、南シナ海の島々や岩礁の領有権をめぐって対立する中国とベトナム、フィリピンなどに対しても、国際法にのっとり、国際司法裁判所を活用して、紛争を処理するよう、大所高所から道徳的正当性をもって呼び掛けることができる。

野田内閣の次なる決断、TPP交渉参加

日本経済新聞とテレビ東京が10月26~28日に実施した世論調査によれば、野田内閣の支持率は9月の前回調査から13%急落し、20%と昨年9月の政権発足以来、最低となり、菅直人政権末期の支持率19%とほぼ並んだという。野田首相と、何の業績もなく、自らの政権の延命にただ汲々(きゅうきゅう)とした菅首相を同列に置くのはずいぶんアンフェアだと思うが、支持率急落の理由として、10月1日の内閣改造への低い評価、暴力団との交際の疑いなどが報じられたことで就任から23日で辞任に追い込まれた田中慶秋前法務大臣の問題、さらには8月の消費増税法案の参議院での採決前に自民党の谷垣禎一前総裁に約束したとされる「近いうち」の解散・総選挙が、いつの間にか、次第次第に遠くなっていることがあるだろう。その結果、消費増税で歴史に残る業績を挙げた野田首相が再起の機会を失ったまま、解散・総選挙、あるいは退陣を余儀なくされることは決して望ましいことではない。

伝えられるところでは、欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会は、EUと米国の自由貿易協定(FTA)を軸にした包括的経済連携協定(EPA)に関し、2013年前半の交渉開始をEU加盟国に提案する準備をしているという。環太平洋パートナーシップ(TPP)の交渉は、米国の大統領選挙後、来年早々には本格化する。EUと米国は、包括的経済連携協定交渉で、世界の国内総生産(GDP)総額の5割近くを占める自由貿易圏の創設に一歩踏み出すことになる。日本がこうした21世紀の通商秩序形成に参加しないという選択肢はない。そのことは野田首相もよく分かっているはずである。自民党、公明党と合意の上、特別公債法案、社会保障制度改革国民会議設立、「一票の格差」是正、この3つの懸案だけ速やかに処理して、日本のTPP交渉参加を決定する、そして直ちに国会解散・総選挙に踏み切る、それがいま野田首相に期待されている。

(2012年11月6日 記)

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