安倍首相の東南アジア訪問で示された日本外交の新5原則

白石 隆【Profile】

[2013.01.23] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

安倍首相の東南アジア歴訪

1月16~18日、安倍晋三首相は、最初の外遊先として、ベトナム、タイ、インドネシアを歴訪した。

ベトナムではグエン・タン・ズン首相と会談、原発建設計画や高速道路などのインフラ整備、レアアース開発などの貿易投資で協力を進展させることを合意するとともに、尖閣諸島問題、南シナ海の領有権問題で圧力を強める中国を念頭に「全ての地域の紛争と問題を、国際法の基礎に基づき平和的交渉を通じて解決すべきだ」という点で一致した。そして南シナ海問題では「力による現状の変更に反対する」との認識を共有するとともに、政治・安全保障分野でも協力を進めることを確認した。安倍首相はまた、「日中関係は日本にとって最も重要な2国間関係のひとつだ。引き続き冷静に対応し、中国との意思疎通を維持・強化して、関係をしっかりマネジメントしていく」と述べた。

安倍首相は翌17日にはタイのインラック・チナワット首相と会談した。インラック首相は共同記者会見で、安倍首相がタイの治水事業、高速鉄道計画、ミャンマーのダウェイ経済特区開発といったインフラ事業への日本企業の参入に関心を示したと述べ、ダウェイについて、タイ、ミャンマー、日本の3カ国で近いうちにハイレベルの協議を行うべきだとした。

安倍首相はさらに18日にはインドネシアでスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領と会談を行った。安倍首相は共同記者会見で、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係を日本外交の「最も重要な基軸」と確認するとともに、「日本外交の新たな5原則」について述べた。これは日本のASEAN外交、さらには東アジア外交の原則として非常に重要であるため、以下、少し長くなるが、当初予定されていた安倍首相による演説の原稿から引用しておきたい。(演説は、アルジェリア人質事件により、安倍首相が急きょ日本に帰国したため、実現しなかった。)

日本外交の新たな5原則

「第1に、2つの海(編注=太平洋とインド洋)が結び合うこの地において、思想、表現、言論の自由――人類が獲得した普遍的価値は、十全に幸(さき)わわねばなりません。

第2に、わたくしたちにとって最も大切なコモンズである海は、力によってでなく、法と、ルールの支配するところでなくてはなりません。

わたくしは、いま、これらを進めるうえで、アジアと太平洋に重心を移しつつある米国を、大いに歓迎したいと思います。

第3に、日本外交は、自由でオープンな、互いに結び合った経済を求めなければなりません。交易と投資、ひとや、ものの流れにおいて、わたくしたちの経済はよりよくつながり合うことによって、ネットワークの力を獲得していく必要があります。

メコンにおける南部経済回廊の建設など、アジアにおける連結性を高めんとして日本が続けてきた努力と貢献は、いまや、そのみのりを得る時期を迎えています。

(中略)

第4に、わたくしは、日本とみなさんのあいだに、文化のつながりがいっそうの充実をみるよう努めてまいります。

そして第5が、未来をになう世代の交流を促すことです。

(中略)

いまから36年前、当時の福田赳夫総理は、ASEANに3つの約束をしました。日本は軍事大国にならない。ASEANと、『心と心の触れ合う』関係をつくる。そして日本とASEANは、対等なパートナーになるという、3つの原則です。

ご列席のみなさんは、わたくしの国が、この『福田ドクトリン』を忠実に信奉し、今日まできたことを誰よりもよくご存知です。

いまや、日本とASEANは、文字通り対等なパートナーとして、手を携えあって世界へ向かい、ともに善をなすときに至りました。

大きな海で世界中とつながる日本とASEANは、わたくしたちの世界が、自由で、オープンで、力でなく、法の統(す)べるところとなるよう、ともに働かなくてはならないと信じます」

ASEAN、オーストラリアとの連携を重視

念のために確認しておけば、安倍首相の東南アジア歴訪に先立ち、1月3日には麻生太郎副総理がミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領と会談して、ミャンマーの対日債務5000億円の一部を放棄する意向をあらためて示すとともに、ティラワ経済特区開発支援の意思を確認した。

また、1月9~14日には、岸田文雄外相がフィリピン、シンガポール、ブルネイ、オーストラリアを訪問した。岸田外相は、1月10日付のフィリピン地元紙への寄稿で「ASEANとの関係強化を重視する」と述べるとともに、フィリピンとの連携強化の重要性を強調、海洋安全保障分野において「支援と協力は惜しまない」と表明した。また、ブルネイでは、同国が2013年のASEAN議長国であることから、「ブルネイが議長国の責任を果たし、成果につながるよう日本も努めたい」と述べた。さらに13日には、オーストラリアでボブ・カー外相と会談し、安全保障分野などにおける関係強化を確認するとともに、日豪経済連携協定(EPA)交渉の早期妥結を目指すことで合意した。

つまり、まとめて言えば、安倍政権は、政権発足1カ月以内に、総理、副総理、外相がASEAN加盟10カ国中7カ国(ベトナム、タイ、インドネシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、ブルネイ)とオーストラリアを訪問し、日本が、日米同盟と並んで、ASEAN、オーストラリアとの連携を重視していることを行動で示すとともに、外交の原則を明らかにした。近年、特に3年余りの民主党政権下、日本外交が漂流していただけに、これは重要であり、大いに歓迎である。

「中国封じ込め」の見方はピント外れ

今回の安倍首相の東南アジア歴訪について、韓国の『東亜日報』、中国の『人民日報』などは、これは、中国を「封じ込め」、中国包囲網を強化する試みだ、と報じている。しかし、このような「力の政治」の「色眼鏡」で21世紀の東アジアの国際関係と日本のアジア外交を理解しようとするのは、ピント外れも甚だしい。中国がこれほど世界経済に統合され、中国が、日本も含め東アジア/アジア太平洋の多くの国々の主要貿易パートナーとなっている現在、中国「封じ込め」などできるわけがないし、誰の利益にもならない。いま東アジア/アジア太平洋の課題となっているのはそういうことではない。

中国、インド、ブラジル、インドネシア、トルコなどの「新興国」の経済成長によって、世界的にも、東アジア/アジア太平洋においても、富と力の分布は急速に変化しつつある。特に中国の台頭は目覚ましい。では、こういう富と力の分布の急速な変化に応じて、世界的に、また東アジア/アジア太平洋において、どのような政治経済秩序を、どのような原則の下、いかに作っていくか。それが現在の課題である。

中国が台頭したからといって、中国が東アジアの盟主となり、周辺諸国は政権交代のたびに特使を中国に派遣し、その祝福を求めるようなことは、ほとんどの国は望まないだろう。まして、東アジアにおけるルール作りにおいて、中国が一方的にルールを決め、周辺諸国はそれをただ受け入れるとか、中国と周辺諸国の領土問題やその他の紛争において、中国が力によってその意思を周辺諸国に押し付けてそれで良いということにはならない。

法の支配の原則の下、国際法と整合的な形で、当事者全ての合意の上にルールを作り、ルールができれば、全ての当事者はそのルールを順守する、これはごく当たり前のことである。国際公共財としての海洋における法とルールの支配の確立、そしてASEAN加盟国間の連結強化によって、ASEANの国々がいかなる国の勢力圏にも囲い込まれることなく、世界に開かれた形で発展するのが望ましいこと、これも当たり前のことである。

21世紀の東アジア/アジア太平洋の秩序づくりのため、日本はこうした原則にのっとり、日米同盟を基軸としつつ、地域協力のハブとしてASEANを重視し、その統一性を支持するとともに、ASEANの国々、さらにはオーストラリアなどのパートナーの国々と協力していく。そして中国が国際的に責任ある役割を果たすよう、中国に関与していく。それが、今回の安倍首相らの東南アジア訪問で示された日本外交の方針である。

(2013年1月21日 記)

  • [2013.01.23]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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