安倍政権が打ち出した総合科学技術会議の抜本的強化

白石 隆【Profile】

[2013.03.26] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

第2次安倍内閣で初の総合科学技術会議

3月1日、第2次安倍晋三内閣成立以来初めて、政府の総合科学技術会議が開催された。総合科学技術会議は、内閣総理大臣を議長として、総合的、基本的な科学技術・イノベーション政策の企画立案と総合調整をその任務とする。同会議は本来、月1回、1時間程度、開催されるはずであるが、民主党政権下、特に菅直人、野田佳彦首相時代には、せいぜい数カ月に1回、20分程度の開催となっていた。首相が総合科学技術会議にどの程度の時間を割くかで、科学技術イノベーション政策をどれほど重視しているかが具体的に示される。その意味で、安倍首相が会議の席上、「民主党政権下では会議が活発に開催されることがなかった。イノベーションを推進するためにも、政治レベルで、これは重要だというメッセージを出していく必要がある」と述べたことは、まさにその政治的意思を示すものである。

3月1日の本会議では、経済成長実現のため、総合科学技術会議の強化と新たな科学技術戦略の策定が決められた。これは、安倍首相が、会議の席上、「イノベーション戦略の全体像を示すため総合戦略を策定したい。総合科学技術会議の司令塔機能を、権限と予算の両面で抜本的に強化する」と述べた通りである。

また、これに先立ち、2月18日には、山本一太科学技術政策担当相が、産業競争力会議(内閣の日本経済再生本部の下に設置。安倍首相が議長)で総合科学技術会議の改革案を提示した。この改革案では、各府省がこれまで独自に計上してきた科学技術関連予算を総合科学技術会議が一元的に配分する機能強化案が大きな柱になっている。政府としては、総合科学技術会議に資源配分権限を付与することで、その司令塔機能強化を考えているということだろう。なお、伝えられるところでは、自民党の政務調査会科学技術・イノベーション戦略調査会が総合科学技術会議の改組について3月末をメドに改革案をまとめる方針であり、科学技術担当相は、与党案も参考としつつ、6月までに改革案を産業競争力会議に示すという。

ボトムアップかトップダウンか

科学技術・イノベーション政策における総合科学技術会議の司令塔機能をいかに強化するか、総合科学技術会議は科学技術関連予算の配分にどう関与すべきか、総合科学技術会議が配分できる予算を20億円にするか、500億円にするか、1500億円にするかは、これまでも総合科学技術会議の改組が議論されるたびに出てきた問題である。

その基本には、日本の科学技術・イノベーション政策の策定を、現状通り、ボトムアップでやるのか、それともトップダウンでやるのか、という問題がある。これはどちらが良いかの問題ではない。一般的に言って、ボトムアップの政策策定では、リスクは小さいが、戦略性も低くなる。一方、トップダウンの政策策定では、戦略性は高いが、リスクも大きくなる。戦略性とリスクをうまくバランスさせる最適システムをデザインすることは、理論的には可能でも、現実には極めて難しい。従って、ここは政治的に思い切ってどちらかを選択し、あとはそれを受けて、トップダウンシステムを選ぶのであればリスクヘッジを、ボトムアップシステムを選ぶのであれば、戦略性を少しでも高めるよう工夫するしかない。ただし、一つ大きな与件があることは忘れない方がよい。それは、日本政府の政策策定・資源配分システムが極めて分散的だということである。

安倍政権の野心的な総合科学技術会議強化策

日本政府では、個別施策策定、概算要求、個別施策実施、予算執行はすべて各府省の課・室を単位とする。課長・室長とその部下は、その課・室の所掌下にある政策課題、その分野で協働すべき民間部門のカウンターパートなどについてよく知っている。例えば、次世代再生エネルギー技術開発を所掌とする課は、この分野で大学、公的研究機関、企業の研究者にどういう人がいるかをよく知っているし、彼らがいまどういう課題に取り組み、どういう問題に直面しているかもよく分かっている。従って、政府の個別施策策定の能力は相当高く、個別施策レベルで政府が大きな間違いをするリスクは小さい。しかし、個別政策の寄せ集めでは、大きな政策目標達成のための戦略的取り組みは難しい。

では、どうするか。わたしは、総合科学技術会議に相当規模の予算を付け、これを手段に総合科学技術会議が各府省各課・室の政策策定を誘導できるようにするというのは、簡単にできることではない、よほど大きな政治的意思がないとできないだろう、と考えてきた。しかし、安倍首相がこれを変えるというのであれば、それはそれで結構である。

実のところ、第4期科学技術基本計画でも、トップダウンというより有志連合というかたちではあるが、総合科学技術会議のリーダーシップの下、ライフイノベーション(生命・医療)とグリーンイノベーション(環境・エネルギー)分野において、各府省各課・室が提案する個別施策をパッケージにまとめ、大きな政策課題に対応できる仕組みを作ろうとしてきた。総合科学技術会議の司令塔機能強化の名の下、安倍政権がやろうとしていることは、これよりはるかに野心的である。

それが実のあるものとなるためには、少なくとも、二つのことが必要である。その一つは、首相を補佐する科学技術政策顧問を任命し、政策の大きな方向を首相自ら理解し決定できるようにすることである。もう一つは、総合科学技術会議事務局の強化である。現在、事務局スタッフはわずか130人程度で、人口が日本の半分に満たない韓国よりも少ない。この事務局を大いに強化し、科学技術振興機構(JST)、日本学術振興会(JSPS)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの研究開発支援機関との連携を強化する必要がある。これがトップダウンのシステムを作る上で最低限の条件である。

TPP交渉参加決定:農協の保護ではなく農業の再生を

最後に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について短く述べておきたい。3月15日、安倍首相は日本のTPP交渉参加を決断した。大いに評価したい。TPP参加が日本にとっていかに戦略的に重要であるかは、すでにこのコラムで繰り返し述べてきた。従って、ここでは、以下の点だけ指摘しておく。

安倍政権の経済政策は、大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略・構造改革の「3本の矢」を大きな柱とする。TPPは規制改革など日本経済の構造改革を推進する突破口になる。全国農業協同組合中央会(JA全中)はTPPに大反対しているが、日本の農業はTPPとは関係なしにすでに衰退しつつある。TPP参加を念頭に、いまこそ農協の保護でなく農業の再生を真剣に考えるときである。

(2013年3月20日 記)

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  • [2013.03.26]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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