戦後70周年に向けて「歴史」への対応を再考する

川島 真【Profile】

[2014.08.14] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

第1次大戦は日中関係の転換期という見方

このnippon.comでも特集記事を組んだが、2014年は第1次世界大戦100周年であった。第1次世界大戦は、日本が名実共に東アジアの一等国となっていく過程でもあったが、同時に21カ条要求やパリ講和会議でドイツの山東利権が日本に直接継承されることを受けて、日中関係に暗い影が投げかけられたときであった。日本製品ボイコット運動や、親日と目される人物を襲撃したりする「反日運動」のあり方や、民族としての正義とその正義のための暴力のあり方をめぐる原型が鋳造された時期であったとも言うことができるだろう。つまり、第1次世界大戦期は近代日中関係が悪化するひとつの転換期と見なされることがあるのである。

無論、日本側からはワシントン体制下で1920年代には対中政策は穏健なものになったという声も聞こえてくるが、それは中国をめぐる国際関係における日米英の協調関係であって、日本の対中侵略はおもに経済面で継続した、と中国の歴史学界は認識している。この「何周年」という「記念歴史学」は決して歓迎されるものではないが、現在の東アジアではこの「何周年」に合わせてさまざまなイベントがメディアなどで行われ、記憶が呼び起こされたり、再創造されたりする機会となっている。それだけに、現代の「歴史認識問題」としては看過できない影響力をもっている。

日本の「侵略」を共通項とする歴史認識

その第1次世界大戦100周年の2014年も半ばに至り、2015年が見えてくると、第1次世界大戦とは異なった重みの、「歴史」への対応が必要になってくる。それは、いわゆる戦後70周年、そして日韓基本条約の50周年である。東アジアの歴史認識問題が特徴的なのは、日中戦争や日本の占領統治と日本の植民地支配が、日本による「侵略」という共通項によってくくられるところである。欧州においても、植民地統治の問題と戦争そのものが融合してしまっている歴史認識問題は必ずしも普遍的ではないだろう。

ただ、中国と韓国が歴史認識問題で同調するのは、日本の侵略という「のりしろ」があるからという理由だけでなく、重慶にあった韓国の亡命政府が第2次世界大戦に加わっており、自らは戦勝国であるという認識を韓国政府が有している、ということも背景にあろう。

中国の習近平国家主席は、2014年7月に韓国を訪問し、ソウル大学で中国と韓国がともに日本の侵略と闘った共通の歴史をもつと強調した。これは、中韓の歴史認識問題をめぐる日本との共闘を唱えたものである。また中国とロシアは2015年9月3日にともに抗日戦争勝利記念70周年を祝う行事を行なうとしている。このような歴史をめぐる日本に対する厳しい布石、まさにディスリスペクトする言説の形成が充分に予期できる状態にある。

安倍政権が取り得る対応の選択肢とは

無論、こうした“歴史戦”の効果は限定的で、日本は泰然としていればいいという見解もあろうが、国際広報の世界、国際宣伝戦の世界において、「沈黙は金なり」という諺(ことわざ)が必ずしも通用しないことも周知の通りである。戦後70周年を迎えるにあたり、日本側としてどのような観点を提示できるであろうか。幾つかの可能性、オプションが考えられるだろう。民間においては、多様な立場で、多様な活動や言論がありえると思われるので、ここでは内外から注目の集まる政府レベルでの対応の可能性について検討してみたい。

第一案は、政府レベルでこれまでの経緯を再確認することで対応を留める、という方法である。安倍晋三首相は、2013年10月に村山談話の継承を、また2014年3月には河野談話を見直さないことを国会で明言した。このことを内外に繰り返し明言することは、最低限レベルの対応であり、新しさはないのだが、さまざまな批判に対して結果的にもっとも効果的に反論する手法なのかもしれない。

第二案は、上記のように来年には多くの批判が寄せられることが想定されるところ、それへの対応を意識して、批判されている論点について説明することである。尖閣諸島をめぐる問題、慰安婦問題などだけでなく、いわゆる戦争に於ける暴行、戦後処理全般、あるいは「右傾化」についても、さまざまな言説が流布されることと思われる。

無論、耳を貸すべき批判がないわけではないだろうが、誤解や事実認定の誤謬(ごびゅう)などについては、それをただしていくことが必要だし、戦後日本の平和への取り組みや、和解への努力についても、説明をしたほうがいいとも考えられる。無論、その際には必ずしもワンボイスにするのでなく、一定の共通性をもちながらも、多様な発信であってもかまわないということに留意が必要だが、そうした対応を行うならば、海外から発せられる批判的言説などを詳細に分析していくことも求められるよう。

新たな声明は欧州の「和解」モデルを参考に

第三案は、安倍政権としての新たな談話なり、声明なりを発するということである。その際には、第一に挙げたこれまでの諸政権が継承してきた立場を継承した上でやるのか、一定程度の修正をするのか、ということが大きなポイントになる。これまでの路線を継承して行うのであれば、何かしらの「和解」モデルを象徴的に示すことも考えられる。たとえば、中国や韓国が厳しいのであれば、米国、オーストラリア、あるいは東南アジア諸国などと、「和解」の象徴になるような行為を、欧州などの事例を参考にしながら行うことも考えられよう。

国内には「和解」に対して疑義が指摘されることも多い。確かに、誤解や誤謬(ごびゅう)に満ちた批判に屈することはよろしくないだろう。だが、他方でいたずらに批判を受け入れるのでなく、むしろ能動的に「和解」を行うことは、より多くの尊敬や賞賛を世界から得られる可能性もある。その「和解」を行うとするなら、一方で欧州の事例を東アジアにそのまま適用することには躊躇(ちゅうちょ)があるが、他方で国際社会の目線を考えれば、欧州の事例を無視するわけにはいかないと思われる。

また、これまでの日本政府の立場を修正して新たな内容を発するのであれば、相当な事前準備と米国をはじめとする諸同盟国に対する事前説明を行ない理解を得ることが必須になるし、内外からのその他の批判へ対応も考慮しておかねばならない。

このほかにも、たとえばグローバル・ヒストリーの観点、「近代と戦争」とういことを俯瞰するような共同研究なりシンポジウムを行なって、より高い観点からこの戦後70周年を検討するようなことも考えられるだろう。

ここで挙げた幾つかの可能性は、例として挙げたにすぎず、このほかにも様々な可能性があるし、また幾つかのオプションを組み合わせることも充分に考えられる。冒頭で挙げたように、既に戦後70周年に向けての動きが起き始めている。どのように対応するにしても、あるいは対応しないにしても、それに関する議論と判断が求められるところであろう。nippon.comとしても、可能な限り、この問題を考える材料となるような記事を随時掲載しているし、今後も継続していくつもりである。

(2014年8月11日 記)

  • [2014.08.14]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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