対外広報の一環として「日本研究」の戦略的支援強化を

川島 真【Profile】

[2014.10.16] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

海外の日本研究が抱える3つの課題

海外の日本研究はさまざまな意味で大きな転換点を迎えている。それを概観すれば以下のようになるだろう。

第一に、日本に対する関心の持ち方が、文学や経済といったことから、アニメやゲームなどといったソフトカルチャーに急速に傾斜している。これは今に始まったことではないが、もはや定着したといってもいい。アニメやゲームを通じて日本に関心を持った学生が「日本語学科」にやってきて、日本語を学ぶのはいいが、現実にある「日本」と彼らの考える「日本」との乖離(かいり)は否めない。そうしたソフトカルチャーへの関心を、日本を深く知る、学ぶということに結びつけるのがひとつの課題になっているという。

第二に、これは欧米で顕著なことだが、日本研究がアジア研究の一部に組み込まれているため、中国研究や韓国研究にポストや学生が流れ、日本研究が講座やポストを維持できない、あるいは日本研究者にも中国について教えることが求められるということがいわれる。これには違う見方もあるであろうが、欧米での中国への関心の高まりは顕著であるし、ビジネススクールのクラスで日系企業が事例として挙げられることは、1980年代に比べれば激減しているであろう。そうした意味で、日本研究そのものの価値、学び研究することの意味を今一度考え直すことが求められている。

第三に、日本の「日本研究」との関心の相違、対話の不足である。日本には「日本研究」というジャンルがあるわけではなく、国際日本文化研究センターなどは別にして、日本史、日本思想、日本政治、といったような学会がそれぞれ分立している。しかし、海外では外国研究としての「日本研究」というジャンルがある。

日本を伝える重要な「メディア」としての役割

この海外の日本研究では、たとえば、欧米の日本をめぐる戦争史研究ではドイツとの比較が重視され、日本軍の欧米捕虜の扱いが関心事となる。日本でもそうした研究があるものの、関心の持たれ方が異なっている。こうした関心の相違は当然のことで、日本国内の研究と海外の日本研究には一定の距離感があったほうがいいだろう。

しかし、海外の日本研究は同時に進化、発展している向きもあり、必ずしも日本国内の研究と連携してできあがっているわけではない。外国語で発表された「日本研究」の論文が、日本国内の学術誌で引用されることも決して多くないのである。

日本政府は、国際交流基金などを通じて海外の日本研究に助成を行っている。しかし、それらは一般に文化交流として位置づけられている。だが、海外の日本研究は、日本を海外に伝えていく重要な窓口、メディアのひとつである。日本で何かあった場合、海外で日本について解説するのは、海外の日本研究者である。また、海外で日本に関心を持つ学生たちに日本を伝えるのは、日本から派遣された日本語教師、日本研究者ということもあるが、主に海外の日本研究者である。

“親日”よりも“知日”派の養成と対話促進を

上記のような海外の大学の日本語学科、日本研究の世界が直面している諸問題があるものの、海外の日本研究への支援、働きかけを「対外広報」と位置づけ、見直すことはできないであろうか。

日本から人が出かけていって対外広報を行うということを日本政府は重視しているようであるが、海外の日本研究者との対話を促進するということによって、「対外広報」を行うという発想もありえるだろう。

たとえば、言論NPOの世論調査において、日本国内で近年ナショナリズムが強まったと認識している人は一定の数値以下であるが、海外では日本のナショナリズムが強まったとみなしている回答の比率が高まっている。それは海外の日本研究者も同様である。こうした認識のギャップを修正していくためにも、海外の日本研究者からの発信が重視されよう。

無論、海外の日本研究者が日本に対して好意的というわけではない。欧米の日本研究者の中には“リベラル”な研究者が少なくなく、日本の政策などについては批判的な言論を行う向きも強い。中国の日本研究者の立場もより明確に批判的だ。

だが、結論が日本に批判的であろうとも、紹介される事実やコンテキストがサブスタンシャルであれば、それはそれで評価に値するものと考える。“親日”ではなく、“知日”派を養成すること、その知日派と日本との関わりをいっそう深めていくということが大切ではなかろうか。

こうした観点にたって、ソフトカルチャー中心の日本への関心の持ち方、日本研究よりも中国研究や韓国研究を重視する風潮、あるいは日本の学界との対話不足などといった課題を踏まえつつ、海外の日本研究への支援を対外広報の一環として位置づけ、積極的、かつ戦略的な支援をしていくことが必要ではないかと考える。

戦略的支援に関する3つの留意点

ただ、その際に幾つか注意しなければならないことがあろう。

第一に、前述のように日本にとって有利か不利か、という観点ではなく、事実認識の面、実証分析の面での「信用」を重視するということである。有利不利だけを重視しては戦前の文化事業を想起させるものになってしまうだろう。

第二に、これまで重視されがちだった「日本文化」、あるいは昨今つとに重視されている領土問題や歴史認識問題などの争点ばかりを対外発信するのではなく、日本自身が直面しているさまざまな社会問題、いわば日本の日常を発信することが重要ではないか、ということである。日本は課題先進国といわれる。高齢化をはじめ、日本はさまざまな意味で「先端」を走っていることを自覚していいだろう。

第三に、日本側も海外からの日本論に耳を傾ける必要があることである。「日本のことは日本人にしか分からない」という声もあろうが、日本の内部では気がつかないこともあるし、また日本社会では全く気にされていないことが、海外からは強く注目されているということがある。対外発信もいいが、日本社会で意識が至らないがために、つまり調整可能であるのに、問題視されていると知らないがために、世界からの批判に晒(さら)されていることもあるのではないかと考える。対外発信とは、単に自分の主張を外に押し出すことだけではないだろう。

このnippon.comも海外の日本研究についての特集を組むなど、海外の日本研究との関係を密にし、海外で求められる情報の発信を行うことを重視している。たとえば、日本語版でのアクセスが限定的であっても、海外の特定の言語で大きなアクセスを獲得しているページもある。そうしたデータも重視しながら、今後もコンテンツを充実させていことくができればと考えている。

(2014年10月14日 記)

 

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  • [2014.10.16]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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