「国家の安全」の論理と「民主・自由」―中国の香港への目線

川島 真【Profile】

[2015.05.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | Русский |

香港住民の危機感と「雨傘革命」

2014年、香港での「雨傘革命」がメディアを賑わせた。これは、香港の民意を政治や行政により直接的に反映させることを求める人々による運動であった。具体的には2017年に行われる行政長官選挙をどのように実施するのかということであり、中国政府は候補者の選定に制限を加えようとし、運動側はそれに反発した。

中国の「一国二制度」の下にある香港は、高度の自治を認められていたはずであるが、ここにきて民主や自由、とりわけ香港の人々が謳歌してきた自由までもが奪われようとしているという印象をもってのことであろう。

中国版NSCと「国家の安全」論理の拡大

きわめて興味深かったのは、この香港をめぐる問題が中国では「国家の安全」という論理に関連づけられて論じられる傾向にあったということだ。習近平政権が誕生してから、中国版NSC(米国家安全保障会議)と言われる国家安全委員会が組織されたことは周知の通りだが、その第一回会議は2014年4月15日に開催された。そこでは、「政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文科安全、社会安全、科学技術安全、情報安全、生態安全、資源安全、核安全」などを含む“総体(総合的な)国家安全観”が提起された。

これを受けて、中国に於けるさまざまな問題が、この「国家の安全」という論理で語られ始めた。つまり、この論理は国防等の対外的な安全保障という側面だけでなく、国内での安全という論理を色濃く含んでいたのである。

そのため、この国家の安全こそが第一、優先すべきという論理の下に、さまざまな社会活動などが国家の安全を脅かすものと認識され、抑制される可能性があったのである。2014年、腐敗問題やいわゆる少数民族の独立運動等とともに、歴史をめぐる言論、公民の権利を求める運動などが抑圧されたことの背景のひとつには、この「国家の安全」という論理の拡大があったと考えられる。

中国共産党No.3・張徳江の香港言説

そして、香港での問題もまた、この(香港そのものではなく中国の)「国家の安全」の論理の下に語られることになった。特に、全国人民代表大会常務委員会委員長で、共産党の党内序列第三位の張徳江の発言が、しばしば香港側を刺激することになった。

国家安全委員会が開催される前、2014年3月に北京で実施された全国人民代表大会の香港特別行政区代表団全体会議において張が香港の代表団と会見し、「香港行政長官の普通選挙は政治制度の大きな改革であるが、それは香港の長期的な繁栄と安定に関わるだけでなく、国家の主権、安全、そして発展利益に関わるのである」と述べた(※1)

1年後の2015年3月、張徳江は再び香港情勢を国家の主権や安全と関連づけて論じたが、雨傘運動を経たこともあって、その言論は1年前よりも踏み込んだものになっていた。「香港社会では過激な勢力が台頭し、『香港独立』思潮などの、香港の社会の安定と国家主権・安全・発展利益を損なう言論や行動が現れるようになった」。張はさらに、「『一国二制度』の下で国家主権・安全・発展利益を維持するということは、明らかな最終的な原則であって、これへの挑戦や変更は認められない。『香港独立』、『都市自決』などといった分裂志向の言行は人心を得られないし、決して認められるものではない(※2)」と述べた。

“西洋思想”の影響を警戒

では、香港での雨傘運動にせよ、普通選挙実施の制度にまつわる諸要求にしても、これらが何故国家の安全にまつわるのか。まずは、地方としての香港の独立について、住民自決という原則が適用されないということがある。これは独立についてもそうであるし、また香港の現在と将来をめぐる香港基本法の解釈においてもそうである。あくまでも中国の中央政府、あるいは中国全体で決めること、とされるのである。

また、欧米メディアや政治家などが香港の雨傘運動に言及して、民主化運動としてそれを支持していることも、中国としては警戒すべき動向だとされている。さらに、国外勢力が“西洋思想”を香港に扶植し、「反共反華」思想を煽っているという批判もなされる。

そうした議論は、香港の選挙をめぐる状況が、中国全体の「国家の安全」にも関わる問題だとする認識にも深く関わっている。そして、香港にも国家安全法を適用するか、あるいは香港としての国家安全法を制定すべきだという言論が中国で多く見られるようになってきたのである。

つまり、香港の民主や自由という論点と、中国全体の「国家の安全」という論理が対立しており、中国では「国家の安全」が優先されることになっている。そこでは、「民主と自由」が西洋の論理として中国に浸透して共産党の統治を脅かすということが指摘されているのである。

「国家の安全」対「民主・自由」は先進国共通の問題

この「国家の安全」と「民主・自由」が対立する局面は、目下のところ香港で噴出しているが、これは中国全体の問題でもある。中国では昨今、「西洋思想」の浸透が共産党の統治を脅かすとして、(香港を含む)海外NGOの中国での活動を制限する法律が制定されようとしているし、歴史をめぐる言論などについても、「西側の影響」が問題視され、少なからぬ歴史家の言論が批判されている。これは日本を含む諸外国にとっても大きな問題であろう。

だが、翻ってみれば、この「国家の安全」と「民主と自由」の対峙、対立という点は、何も中国だけに見られる現象ではない。それどころか、先進国においても、国家の安全や安全保障の論理と、民主や自由といった権利との間の緊張関係が多々見られている。

アメリカや日本で見られる、国家機密とされるインテリジェンスの取り扱いや、報道をめぐる議論についても、「国家の安全」が次第に「民主と自由」を圧迫しつつあるものとして見る向きもあろう。そうした意味では、自らの国内では「国家の安全」のために「民主と自由」を圧迫していると批判されている西側諸国の政府が、香港の民主化運動を支持するというのも、内政と外政の間の難しい綱渡りだとみることもできる。

(2015年5月7日 記)

(※1)^ 「习近平李克强张德江俞正声分别参加两会一些团组审议讨论张德江强调特首普选关系国家主权与安全」(2014年3月7日、人民網、http://cpc.people.com.cn/n/2014/0307/c64094-24553922-3.html [2015年4月21日ACCESS、以下省略])。

(※2)^ 「张德江:国家主权安全是红线 港独言行不能容忍」(2015年3月7日、2015両会専題サイト、http://news.china.com/2015lh/news/11170076/20150307/19357412.html)。

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  • [2015.05.18]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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