「歴史的」中台首脳会談から日本の対中・対台湾政策を再考する

川島 真【Profile】

[2015.12.16] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

習近平、馬英九の「歴史的」会見で何が変わるのか

2015年11月7日、シンガポールで中華人民共和国の習近平国家主席と、中華民国(台湾)の馬英九総統が会見し、内外では歴史的な会見だと大きく報じられた。1946年に中国大陸で国民党と共産党による国共内戦がはじまり、1949年10月に中華人民共和国が成立して、12月に中華民国が四川省から台湾に移ってからというもの、双方は基本的に敵対的に対峙してきた。

1991年に中華民国側が大陸反攻政策を放棄してからは、さまざま交流が模索され、特に2008年に馬英九総統が就任してからは、双方に直行便が行き交い、多くの中国人観光客が台湾を闊歩するような時代となった。そうした意味で、中国と台湾の関係は緊密化してきており、その象徴として首脳会談が実現したと考えれば、確かにそれは「歴史的」な会談であり、双方が統一に向けて動き出したかのように見える。しかし、そのような楽観的な見方は、日本を含む一部の外国のメディアの論調に見られるだけで、中国政府でさえしていないだろう。

だが、長期的に見れば、中華人民共和国と中華民国の首脳が会談したこと、そして「92年合意/コンセンサス」(後述)について一定の了解を確認したことは、確かに“歴史的”ではある。しかし、これで短期的に何か変わるのかと言われれば、それには大きな疑問符がつく。

台湾総統選挙にはさして影響なし

今回の会談は2016年1月に予定されている総統選挙、立法院委員(国会議員に相当)選挙にいかに影響するのか、あるいはしないのか。そもそも任期があと半年となった馬英九総統は二期務めたので再選はなく、かつその支持率は長く10%前後に低迷している。国民党は新北市市長の朱立倫を総統候補に立てて総統選挙を戦っているが、蔡英文・民進党主席の当選が確実視されている。

周知の通り、2014年3月にはひまわり学生運動が発生して、馬英九政権の対中国政策の進め方、法案審議の手法などについて青年層を中心に疑義が呈されていた。馬英九総統はすでに国民からの支持を失っており、今回の習近平との会談が彼の支持率を上げるわけでもなく、またこれによって国民党が有利に選挙戦を戦えるわけでもない。それどころか、習近平との会談を突然セットし、かつ会見において「92年合意/コンセンサス」を確認し、かつ「中華の振興」という習近平のスローガンを台湾側も受け入れた程度で、大きな成果がなかったこともあり、馬への批判が強まっている。そうした意味では、選挙に於いて国民党に有利に働いているのではない。

実のところ、台湾の国民の多くは今回の会談それ自体には肯定的である。だからといって、国民が統一を支持しているとか、台湾海峡をめぐる問題が平和的に解決する方向に向かったなどということは言えない。そのように見る日本のメディアもあったが、それはむしろ周回遅れの理解である。台湾の国民の多くは、中華民国が国際的に国家として承認されていなくても、実質的な統治空間としての中華民国、台湾が継続していることから、その現状維持を望んでいる。そして、その統治空間を代表する人物が、最も関係の深い“外国”のひとつである中国の首脳と会談することに、賛同しているのであろう。

中国側から見れば、今回の首脳会談に於いて「92年合意/コンセンサス」を合意事項にできた意義は大きい。なぜなら、民進党がこのコンセンサスの有効性を認めていないからである。中国側としては、馬英九との会談で「92年合意/コンセンサス」について釘をさし、たとえ国民党政権が継続しなくとも、民進党政権もこの合意事項を継承するように圧力をかけたのである。ではその「92年合意/コンセンサス」とはどのようなものか。

習近平政権にとっては “大きな進展”

1991年、それまで中華民国の大陸反攻政策の基礎となっていた「動員戡乱時期臨時条款(どういんかんらんじきりんじじょうかん」(編集部注:中国国民党・共産党は内戦状態にあるとして、憲法を停止して国家総動員体制を敷くことを可能にした臨時法案)が廃止されたことを受けて、1992年には中国と台湾の交流窓口どうしが香港で話し合って形成された「合意/コンセンサス」がこの「92年合意/コンセンサス」である。これは同時代的に公表されたのではなく、2000年3月に国民党が選挙で敗れて、5月に民進党政権が成立する前に、国民党の李登輝政権の行政院大陸委員会主任委員・蘇起が公表したものである。

内容としては、双方が「ひとつの中国」を認めることにあるが、それに関して台湾側は「一中各表」、つまり「一つの中国」は認めるが、その解釈については、それぞれが各々おこなう、ということを強調している。だが、中国側はそれを公式に認めたことはない。また、言葉使いも中国側が「合意」、台湾側が「コンセンサス(共識)」とズレがある。そして、中国側の対応も江沢民政権(1989~2002年)と胡錦濤政権(2002~12年)で異なっていた。江沢民政権期には、台湾側の言う「一中各表」の「各表」(「一つの中国」の内容、解釈については、それぞれが各々おこなうこと)を認めなかったが、胡錦濤政権期には肯定否定を明確にしないように変わった。

今回の首脳会談で、習近平政権は胡錦濤政権の路線を継承した、あるいはより積極的に台湾側のスタンスを認めたということになるのだろう。だが、民進党政権が成立することが予想される中、「92年合意/コンセンサス」を再び両岸の合意事項であるように見せることができたことは、大きな進展と中国側には捉えられるし、民進党にとっては大きな圧力になるであろう。

馬英九の計算と政界再編の可能性

しかし、馬英九総統はなぜこのタイミングで習近平との会談に意欲を見せたのか。中国側の目線は上記のように、長期的には両岸関係を進展させること、短期的には来年誕生するであろう民進党政権に圧力をかけること、の二点において会談に応じる意義がある。だが、馬総統からすれば、両岸関係の歴史に名を残す、ということにしかならず、国民党にとっては利がないことのようにも見える。

確かに、馬総統が中国を訪問したわけではなく、シンガポールという第三地を選んだこと、食事などの経費も「割り勘」であったといわれていることなどにあらわれているように、この会談はある意味で「対等」であった。そのことは、一定程度台湾でも評価されている面がある。だが、会合のロジや仕切りは中国側であり、食事のメニューには台湾料理は含まれず、現代中国の歴代指導者の出身地ゆかりの料理であった。

では、馬総統にはこの会談の向こう側に何が見えているのだろうか。2016年1月の選挙で民進党の蔡英文候補が圧倒的に優勢で、馬総統の属する与党国民党の朱立倫候補にはほとんど勝算がない。問題は、総統選挙と同時に実施される立法院委員選挙だ。こちらの選挙でも民進党優勢が伝えられているし、民進党、国民党以外の第三勢力が議席を一定程度増やすことが予想されてはいるものの、基本的に二大政党制であることもあり、国民党が第二党になることは間違いない。その国民党は最大野党としてどうなるのか、これがおそらく馬総統の視野に入っていることだろう。

恐らく、2016年5月に誕生すると思われる民進党政権は中国大陸との関係に苦しむことになるだろう。だからこそ、最大野党となる国民党は中国とのパイプを資源にして民進党政権に圧力をかけることが想定される。そこで、その国民党内で誰が中国とのパイプを握るのか、が重要になる。それを今回の首脳会談を経た馬総統が狙っているのではないか、と思われる。これまでその役を果たしてきた連戦元副総統は高齢になりつつある。

そして、選挙が終わった後、おそらくは朱立倫国民党主席は敗北の責任をとって党主席を辞任する。馬総統は、国民党主席のポストを狙い、本省人で土着派の王金平・立法院院長らの勢力を押さえて、国民党の主導権を握ろうとしているのではないか。その算段があっての、このタイミングでの首脳会談ではないか、とも思われる。だが、2016年5月以降の国民党が中国大陸との関係を資源に民進党に対峙すれば、「親中的」との印象が強くなり、党内でも王金平らとの亀裂が深まって政界再編にもなりかねない。

中台首脳会談が日本に示唆すること

日本にとって台湾海峡の帰趨は安全保障の面でも、経済面でも極めて重要である。そうした意味では、中台首脳会談をはじめ、今後の両岸関係がどのように展開していくのかということから目が離せない。

だが、中国と台湾の首脳が会談するということは、日本の対中、対台湾政策において幾つか考察し直すべき契機となりそうである。たとえば、1972年の日中国交正常化にともなって、日本は中華人民共和国を唯一の合法政府として承認し、台湾が中華人民共和国の不可欠な領土の一部分であるという中華人民共和国の立場を日本が理解し、尊重する、ということになっている。だからこそ、日本と台湾の関係は、交流協会と亜東関係協会という “民間” 組織が実務を担っている。

そして、日本外務省、防衛省などの官庁、あるいは政治家なども、台湾と国交がないことから、一定の職に就く人々は台湾側と接触しないということになっている。そこには40年以上にわたって築かれた日中間での暗黙の了解としてのルールが多々存在している。しかしながら、中国と台湾の関係は大きく変化し、閣僚級の相互訪問どころか、首脳会談まで実現した。日本としてもこうした情勢の変化に対応してはどうか。

諸外国の動きは敏感だ。日本が台湾においている大使館に相当する機関の名称は交流協会台北事務所であり、大使に相当するのはその所長である。しかし、韓国はそれぞれ駐台北韓国代表部、代表としている。両岸関係の変化に対応して日本も中国の目線に配慮しつつも、台湾との関係を抑制する度合いを緩和してはどうだろうか。

中台の首脳会談によって国際政治や安全保障面での変化が直ちに訪れるわけではないにしても、こうした行政面での調整を行う上では重要な契機となるように思われる。毛沢東と蔣介石の時代に作られたルールを、首脳会談がおこなわれた習近平と馬英九の時代にも適用し続けるのか。日本としては台湾との関係のレベルアップにチャレンジする、あるいは考察する機会が与えられたと見ることもできるだろう。

(2015年12月9日 記)

この記事につけられたタグ:
  • [2015.12.16]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

関連記事
その他のコラム

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告