2016年の東アジアを読み解くために—中国が目指す地域秩序と内政問題

川島 真【Profile】

[2016.01.15] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | العربية | Русский |

「歴史認識」に彩られた2015年

2015年の東アジアには大きな論点が三つあったように思われる。

第一は “歴史” である。第2次世界大戦の戦後70年、日韓基本条約締結50周年、ベトナム戦争終結40周年など、さまざまな “記念” が重なった。このような歴史を記念する動きは、当然歴史学によるものではなく、現在の国内政治、国際政治に深く関わっていた。

特に東アジアで社会の分極化が進み、政府が歴史を自らに有利に引き付けようとするなど、国内でも歴史認識が問題になっていただけでなく、中国の台頭に伴って、東アジア史全体の語りに変化が生じてきたので、いっそう歴史が敏感な課題になった。国内政治での問題の事例としては、たとえば台湾内部で歴史認識論争が生じたことが挙げられるし、国際政治に関わる事例では、8月14日の安倍晋三首相の「戦後70年談話」、習近平による9月3日の軍事パレードなどが挙げられる。

だが、この一年を振り返れば、とりわけ国際的な舞台で、歴史問題は比較的抑制的に取り扱われ、年末の12月28日に日韓間で慰安婦問題に一定の目処がつけられ、日韓が和解に向けてスタートラインに立ったことなど、未来志向の「和解」への試みが見られたことも特筆に値する。ただし、政府レベルでは最終決着や不可逆的な取り決めがあるとしても、歴史認識問題の全体で「不可逆的」ということはないだろう。ソウル日本大使館前にある「少女像」の移転問題のみならず、世界遺産登録をめぐる対立などもこれで終止符となるかどうか引き続き注意する必要がある。そうした意味では、2016年も、和解への試みは継続していかねばならないと思われる。

南シナ海問題は引き続き重要課題

2015年の東アジアを見る場合、やはり中国が大国としての自己認識を明確にしてきたことは看過できない。すでに明らかなように、習近平外交は胡錦濤外交の時よりも、明確に「大国としての形象(shape)」を打ち出してきている。中国内部では、中国が大国として周囲に対しても利益を与える存在だということが強調されている。だが、大国としての自画像を明確に持ち、そして新しい「アジア像」や国際公共材を提供し始めたことは、同時に、領土や主権にまつわる問題で譲歩しない姿勢をも伴っていた。

その典型が南シナ海問題である。南沙諸島(スプラトリー諸島)などでの主権問題で譲歩しないだけでなく、岩礁や暗礁を埋め立てて人工島を作り、さらに飛行場を建設していったことは、当事国のみならず、世界各国から見て、中国が現状変更を試みているという印象を与えることになった。

米国のオバマ政権もこれに対して「航行の自由作戦」を以て対応したが、これはあくまでも航行の自由など、国際法的な問題を以て対応しているのであって、領土問題に踏み込んだものではない。また米国は中国との合同演習の実施など、対話も進めている。従って、米国の対応は、中国が南シナ海での政策を全面転換する契機にはならないだろう。

だが、この問題はすでに国際社会の注目の集まるところであり、米国の政策のみならず、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の主権問題への対応能力の問題、日本の南シナ海問題への関与のあり方、台湾の新政権の南シナ海政策など、多くの論点が山積している。これらが2016年にいかに展開するのか、引き続き重要な課題となる。

中国が唱える新たな“アジア”

東アジア地域の国際関係はひとつの大きな転換点にさしかかりつつある。それは、単に中国が台頭したということではなく、中国自身がアジアの秩序観を唱え、そしてアジアインフラ投資銀行(AIIB)などの国際公共材の提供に意欲を見せ始めている。もともと、この地域の秩序観は日本やオーストラリア、あるいは韓国などが提起してきただけに、この変化は大きい。中国が提案する“アジア”がどのようにして形作られるのか否かということは、2014年の「アジア新安全保障観」あたりから提起され始め、そして以後も継続している問題である。

中国は2015年に2014年から提起されていた周辺外交に関する概念を統合して「一帯一路」という表現を明確にとるようになった。この表現の意味するところには不分明な点が少なくないが、これまでの周辺外交のさまざまな政策をこの表現の下に整理統合するということだろう。一帯一路というスローガンには、国内での過剰生産、過剰投資を回避する国内的な意味合いが含意されているが、結果的に太平洋に形成されつつある環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に対峙するように捉えられることもあり、2016年も要注目である。

そして、こうした中国から提起される秩序観や南シナ海で展開している主権をめぐる諸問題にともない、従来はこの地域の地域統合の「ドライバー」であったはずのASEANがその中心性を今後も保ちえるかという問題が生じてきている。すなわち、TPPや一帯一路などといった新たな枠組みや構想が生じているだけでなく、ASEANが主権問題に有効に対処することが難しい中で、ASEAN自身にも、それを中心にした地域協力にも疑問符が呈されているということである。

このような地域協力や地域秩序のありかたがどのようになるのかということが、2016年の東アジアのひとつの焦点である。無論、この問題はそれぞれの国や地域の内部の政治社会状況と深く関わる。

東アジア各地で選挙、民主化の試金石

2014年から2015年にかけて東アジア諸国の国内で発生していたのは、立憲主義、あるいは民主主義の問題であった。香港の雨傘革命 、台湾のひまわり学生運動 、あるいは日本での安保法制制定前後の諸議論はそれにあたるだろう。香港では民主をめぐる制度それ自体が問題になり、台湾でも独裁政治の遺制や手続き的な民主、数年に一度の選挙による民主の有効性の問題となった。日本でも、類似する問題が生じたと見ることもできるだろう。

2016年は東アジア各地で選挙が実施される。そこでの民主と、その後の国内政治の展開がそれぞれの国で大きな課題となり、それが外政に影響するだろう。台湾の総統選挙、立法院委員選挙、韓国の国会議員選挙、日本の参議院議員選挙がそれらにあたる。台湾では、選挙に勝利すると思われる民進党が、いかに中国大陸との関係を位置づけ、「92年コンセンサス」問題を処理するのかということが注目されるが、そこでも民意をいかに汲むのかということが問題となろう。

中国では、民主的な選挙が行われているわけではないが、2017年から18年の指導部の人事交代を控え、いかにルールに基づきながら、中央政治局常務委員の交代を行うのか、国家主席や総理の後継者を決めるのかという重大問題が迫っている。2016年はその前哨戦が行われる年でもある。現在の習近平政権は反腐敗運動などで国内政治でも強権的な政治を続けている。その習政権が、江沢民期以来積み上げてきた人事の諸ルールを守っていけるのかということも2016年の大きな注目点だろう。

中国内政は軍事、国有企業問改革が焦点

中国の国内状況からは依然目が離せない。前述の人事だけでなく、2016年も案件が山積している。2015年は歴史問題、軍事パレード、そして南シナ海問題などがあったが、国内では軍事改革への動きが注目されている。

2015年9月3日、習近平国家主席は30万人の兵員の削減に言及し、11月24日から26日に行われた中央軍事委員会の改革工作会議において軍事改革の推進が決まった。ここには軍の制度、組織、装備などさまざまな面での改革が含まれていた。この改革が実施されれば、中央集権的な軍事組織が形成されることになり、習近平政権の大きな後ろ盾となる。

次に国有企業問題が焦点となろう。国家の安全保障関連事業、広義の国家主権に属する事業、公共事業、エネルギー関連事業、基幹産業やハイテク産業などといった中核的な分野を担う大型の国有企業は、優先的に資金配分を受け、許認可を優先的に得るなどの特権を有する。その分だけ、効率性や競争力の面で問題を抱える。だが、中国政府、共産党からすれば、重要な産業は自らの管理下においておきたいし、これらの幹部たちは現行体制の重要な支持者でもある。しかし、改革を行わなければ、中国経済の構造改革はなし得ない。

そうした中で、2015年9月、中国共産党、中国政府は「国有企業改革の深化のための指導意見」を発表した。これは、市場経済の徹底を述べたものであるが、同時に国有企業(国有資産)に対する監督強化も強調されている。これは民営化とは逆行する。この改革の帰趨(きすう)も重要な論点だろう。

無論、民主化運動や民族独立運動など、国際社会にとって関心の高い論点もある。だが、2016年には、人事のほかに、軍事、国有企業改革が大きな焦点となると思われる。「新常態」と言われる安定成長へと向かう調整期の下で、共産党政権の統治を保ち、対外的には大国としての表現を実質的に行っていくための措置だということになるだろう。だが、これらにはさまざまな不安定要素があり、結果を予測することは容易ではない。また内政の状況が外政にも深い影響を与えるだけに、この内政問題の動向には注目してもしすぎることはないだろう。

(2016年1月6日 記)

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  • [2016.01.15]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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