60年前を思い出す
吉田茂は短く強い言葉を述べた

谷口 智彦【Profile】

[2011.10.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

吉田茂が60年前の9月8日、サンフランシスコでどう言っていたか短いから全文を引いてみよう。

I am happy that this Japanese-American Security Pact has been concluded this afternoon on the heels of the signing of a Japanese peace treaty this morning.

That treaty gives Japan the key for re-entering the community of nations as a sovereign equal. This pact insures the security of the unarmed and defenceless Japan.

It has always been my conviction that Japan, once she regains liberty and independence, must assume full responsibility of safeguarding that liberty and independence. Unfortunately, we are as yet utterly unprepared for self-defence. We are very glad, therefore, that America, realizing that security of Japan means the security of the Pacific and of the world, consented to provide us the necessary protection by retaining her armed forces in and around Japan temporarily after peace so as to ward off the menace of Communist aggression which is sweeping on at this very moment close to our shores.

Restored to independence, the Japanese people will recover self-confidence as well as pride and patriotism. Our nation is now inspired with fresh vigour and zeal to shoulder their proper share in the responsibilities for the collective security of the Far East. I wish to assure the American delegates here that the government and people of Japan will cooperate gladly and wholeheartedly in the implementation of this pact.

(外務省条約局法規課「平和条約の締結に関する調書VII」より。
原文は英語。筆者による仮訳はこちら)

日米安全保障条約の調印に臨んだ吉田が述べた挨拶である。読むうち頭を垂れたくなる文章だ。

日本の安全は即ち太平洋と世界の安全である、しかるがゆえに、米国は日本の安全にコミットするのだと述べたくだり、条約の意義は60年を経て不変であることがわかる。

自国防衛における「欠如」の連続性

けれども自国の防衛に十全の責任を負い、自信、誇り、愛国心を取り戻した民は極東の安保にしかるべき責務を果たすであろうと述べた日本国総理の決意は、今なお実現したと言い難い。欠如における連続性が、読む者をうなだれさせる。

短い挨拶にことさらな文飾はない。けれどもわずかな行数に、恐らくは総理本人の書き下ろしであろうか、そうでないにしても吉田の心中を正確に代弁できた者の筆であろう、心の揺らぎが滲み出ている。

前半部分はunarmed、defenceless、as yet utterly unpreparedと、期せずして日本の弱さと絶対的な非力を吐露する言葉において目立つ。それが、吉田の見た祖国の実相だ。

けれども自ら恃(たの)むところの強い吉田は、日本は必ずや再起し一人前の責任主体になると宣言しないではいられない。

それを言おうとした後半は一転、用語に力強さが現れる。so as to ward off the menace of Communist aggression which is sweeping on at this very moment close to our shoresの名調子をもって準戦時下宰相ならではの(朝鮮戦争はまだ続いている)引き締まった情勢認識を示した後は、self-confidence、pride and patriotism、fresh vigour and zealと、祖国に躍動的な形容を与えないではいられなかった。

果たしてその後の日本は、吉田が期待したとおりには成熟しなかった。どこかにフリーランチがあるはずだと、むしろ責任を回避した期間が長く続き過ぎた。非力な祖国を背負って精一杯の強がりを言った吉田の心中にあっただろう苦さの実感は、いつしか忘れ去られた。

安保にプレミアムを支払う時代の到来

60年経ち、脅威の淵源はいまや中国にある。米軍基地は三沢から嘉手納まで、グアムすら含め中国短中距離ミサイルの射程にあり脆弱性をさらす。大国角逐の舞台がインド洋から西太平洋へかけての海に移る状況下、在日基地は焦点の海域に決して近いとも言えない。

米軍を我が国が寄るべき保険と頼み続けたいなら、保険料にプレミアムを払わねばならない時代が来た。同時に自衛隊は、本来任務である自国の領土領海防衛はもとより、海上交通の安全に責任を果たすべく広い海に出て働かねばならない。豪州やインドとの協力も重要だ。

吉田が約束したfull responsibility of safeguarding that liberty and independenceを担う日本を、もうそろそろつくらなくてはならない。政治家を志した野田佳彦氏の初志には、それがあったと聞く。野田氏には、60年前、責任を一身に負うべく単身安保条約の署名に臨んだ吉田の孤影に思いを致し、自らの初志をも思い出してほしい。

(2011年9月16日 記)

仮訳^

わたくしのもって欣快とするところ、日米安全保障条約がここにその約をなしました。今朝がたは、我が国講和条約が署名に至りました。うち続いての、締約とあいなったわけであります。

かの講和条約は、日本国にとっての鍵となります。これをもって日本は、対等なる主権国家として、諸国家の社会へ再び参入することを得たのであります。他方本条約は、日本の安全を保障いたします。武装をもたぬ国、防備なき日本国の安全をよく保つものです。

わたくしの一貫して信じてまいりましたところ、ひとたび自由と、そして独立を回復いたしましたあかつき、日本国はその得たるところの自由と独立を保全すべく、十全の責務を担わなくてはなりません。しかしながら不幸なことに、わたくしどもは自衛をなすべくして、未だなお余りにも準備において不足をしておる。ならばこそ、日本の安全は太平洋の、ひいては世界の安全を意味するとの認識をもって、アメリカはわれらへ所要の防備を供することに同意をしてくれた。講和なっての後、暫時の間ではあれ、日本とその周辺に、自国軍事力を維持してくれようとしている。共産主義侵攻の脅威たるや、いましもわれらが磯辺を洗わんとする勢いでありますが、これを許すまいとするものでありまして、わたくしどもはアメリカのかかる判断をもって大いなる喜びとするのであります。

独立を再び我が物とした日本人は、やがて自信を取り戻すでありましょう。誇りと、愛国心とを回復させるのであります。活気と情熱において清新なる気象の覆うところとなった我が国はいまや、極東の集団安保において、その責任をしかるべく分かち担わんとしております。わたくしはここに、アメリカ側代表団諸氏に対して約束をいたしたい。日本政府ならびに日本国民は、本条約履行のため力を注ぐに際し、必ずや喜びをもってする、誠心をもってなすであろうということをであります。

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  • [2011.10.03]

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1957年香川県生まれ。1981年、東京大学法学部卒業。『日経ビジネス』記者、編集委員を経て外務省に入省。外務副報道官、広報文化交流部参事官を務める。米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクール国際研究センター・フルブライト客員研究員、ロンドン外国プレス協会会長、上海国際問題研究所客座研究員、慶應義塾大学特別招聘教授などを歴任。2011年4月から2013年1月までnippon.com編集委員。著書に『通貨燃ゆ 円、元、ドル、ユーロの同時代史』(日本経済新聞社/2005年)など。

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