橋下徹ブームが意味するもの

間宮 淳【Profile】

[2011.11.17] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

本当に久しぶりに、我が故郷、大阪が挑戦的な話題で日本中の注目を浴びた。

11月27日に投開票予定の大阪市長選挙に、大阪府知事の橋下徹氏が知事を任期途中で辞任してまで立候補したことだ。執筆時点では、まだ結果は分からないが(※)、しかし、この際勝ち負けはどうでもいい。橋下氏がブームを起こした事実と、その理由にこそ意味があるからだ。

熱狂の理由

大阪市長選挙が告示され、街頭演説する橋下徹氏。

橋下氏が掲げた公約は「大阪都構想」。大阪府の下位にはあるが、府の経済規模の約50%を占め、しかも独立性を保証されている政令市の大阪市を府に統合し、知事の下に大阪という地域を一元的に再編するという主張だ。いってみれば乗っ取り。当然、地元の既成政界の反発はすさまじい。大手メディアまで加わって、橋下氏の家族、親戚のスキャンダルを取り上げる騒ぎになった。しかし橋下氏は、一方で、有権者の熱狂的な支持も巻き起こしたのである。

橋下氏は、いわゆるプロの政治家ではない。本業は弁護士、テレビ番組のコメンテーターとして人気を得て、地元の政財界、メディア関係者の後押しで、2008年1月の大阪府知事選に出馬、当選した。政治的なスタンスはタカ派で自由主義経済的。スパルタ的な財政緊縮策で、府庁職員、府議会の反発と、府民の喝采を得た。その次に打ち出したのが大阪都構想だった。一応、効率化のための広域行政化が謳い文句で、府以上に役人天国となっている大阪市を叩く期待もあるが、将来の地方分権の視野に入れた自立の基盤づくりもにおわせている。

実は日本の地方自治体は「自治体」と言いながら、財政自主権を与えられていない。税源も起債権も制約され、国からの補助で成り立っている。決定権のない自治、責任のない中央集権である。橋下氏も、1年ほど前にインタビューした際、「この国がこれだけ駄目駄目なのは、何事についても責任の所在がはっきりしていないからだと思う。これだけの借金を国が抱えたことも、国か地方かどこの責任かわからない」と語っていた。橋下氏は今の東京が地方を支配する体制に盾を突いた、少なくとも大阪人はそう感じたのである。似たような構想はほかの地方でもあったが、有権者がここまで盛り上がったのは、私が知る限り大阪だけ。そこには大阪ゆえの理由がある。

「大阪ドリーム」

現在の惨状を見る限り信じてはもらえないだろうが、大阪はほんの70年ほど前まで日本経済の中心であった。もともと大阪湾周辺とその後背地域は、古代の大和王権が成立した歴史的な日本の中心地である。古代より王城の地であった奈良、京都の外港にあたるこの地に都市が建設されたのは、16世紀の終わりだが、以降、全国的な物流の中心となり、最大の金融センターであり、資本の集積地であり、製造業の発祥地であり続けた。明治以降、首都が東京になっても、その地位は変わらず、近代化の中で多くの企業がこの地で生まれたのである。

なにより重要なのが、まだ日本が封建的な政治体制にある江戸時代に、近代的な資本主義の風土が、この地で育まれたことである。幕府の直接統治と規制の下にはあったが、ヒトとモノとカネの動きは基本的には自由であり、封建的なヒエラルキーより利益を生み出す者を最上とし、イノベーションを尊ぶ気風が支配していた。1730年には世界で初めての商品先物取引市場である堂島米会所が設立されているというレベルの先進性を持っていた。

成功を求めて人も集まった。裸一貫で行商からのスタートでも、努力と才覚があれば一代で財を成すこともできた。日本人なら誰もが知る「大阪ドリーム」がここにあった。役人より企業人が上。自助自立、独立自尊、「お上さえじゃませえへんだったら何ぼでも儲けたる」精神の町だった。

しかし、1940年前後に成立した戦時経済統制体制により火は消えてしまった。市場機能は取り上げられ、栄光の米市場は閉鎖され、金融も製造業も情報産業も統制下に入った。戦後もこの統制システムは色濃く残り、人も企業も統制の中心、東京に集まっていった。野村、住友、日本生命といった金融コングロマリットも、朝日、毎日といった巨大メディアも東京に軸足を移した。

なにより企業家精神の衰弱が深刻になった。私が知る限り1950年代に、後に流通革命を起こした中内功氏と、今やアジアの常食となったインスタントラーメンの発明者、安藤百福氏を送り出して以来、大阪からイノベーティブな起業家は生まれていない。「大阪ドリーム」は文字通り過去の夢となり、東京による中央集権と経済統制の下、圧殺されていった。

それでもまだ大阪府だけでも経済規模は、スイスやスウェーデン一国に匹敵する大きさがある。その地域がこの体たらくなのである。この構図は現在の日本が活力喪失に至った構図ともいえよう。

覚醒の可能性

貧困家庭に生まれ、自力で今の地位を得、独自に考え、自分の言葉で話す橋下氏は、かつての大阪人を彷彿とさせる。そのことも、大阪人の琴線に触れるのであろう。もちろん橋下氏の政治家としての評価は定まっているわけではない。改革者なのか、デマゴークなのか。デマゴークの可能性は高い。しかし、それはどうでもよいことだ。重要なのは、自分たちが失ったものが何であったのか。橋下氏のパフォーマンスが、大阪人の意識を呼び覚ました、そのことにあるのだ。

(2011年11月7日  記)

写真=産経新聞社

(※)^ 11月27日、開票が行われ、橋下氏が現職の平松邦夫氏を破り、初当選した。

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  • [2011.11.17]

編集者。1959年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東洋経済新報社『金融ビジネス』編集長、中央公論新社『中央公論』編集長、nippon.com編集委員・編集担当理事などを歴任。

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