「決められない政治」からの脱却は可能か

細谷 雄一【Profile】

[2012.01.31] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

野田佳彦首相は、2012年1月24日の衆議院本会議での施政方針演説で、次のように述べた。「『日本再生元年』となるべき本年、私は、何よりも、国政の重要課題を先送りしてきた『決められない政治』を脱却することを目指します」。これは、興味深い発言である。これまでの日本の首相は、施政方針演説で自らの政治目標を語ってきた。しかし野田首相は、政治目標を実現できない政治状況を冷静に見つめ直し、そのような現状を打破することを目指しているのだ。

沈黙の政治から前進する政治へ

これは、現在の日本政治の閉塞状況を考える上で、とても重要な点である。2006年に小泉純一郎首相が首相の座を退いてから、毎年代わる総理を観て日本国民はうんざりしている。なぜ強いリーダーが現れないのか。なぜ重要な政治課題が先送りされてしまうのか。なぜ政治は無力なのか。この5年間に、日本の国際的地位は低下し、国内の産業基盤は弱体化し、そして財政的危機は深刻なレベルにまで到達してしまった。しかしながら、そのような巨大な国家的な危機を目の前にしながらも、政治は沈黙を続け、その無力感に国民は失望を続けてきた。少なくとも、野田首相はそのような「決められない政治」からの脱却を真摯に目指している。実際に、TPP参加、消費税増税、武器輸出三原則の緩和という、自民党政権から続いてきた難しい問題に対して、野田政権は自らの立場を明確にし、世論からの批判を怖れずに前進する決意を示した。それはとても勇気のある態度であった。しかしながらそのような勇気が、必ずしも理想的な政治的成果となる見通しはまだなく、依然として数々の障害がそびえ立つ。

「強い首相」を生み出す制度とは

なぜ「決められない政治」が蔓延したのか。政治学者である待鳥聡史京都大学教授は、これまで日本で広く認識されてきた、「無責任体系」としての政治文化論に基づく「弱い首相」論からは距離を置いて、戦前でも戦後でも「強い首相」が数多く存在した点に注目した(「政治文化と首相のリーダーシップ」『政治的リーダーと文化』筒井清忠編著/千倉書房/2011年)。実際に戦後は戦前よりも首相の平均在任期間が長く、1500日を越える首相在任期間を記録したのは、吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎と少なからず存在する。そして「強い首相」が可能となる理由として、「状況的要因を巧みに利用しながら反対勢力を押さえこみ、長期にわたる在任を可能」とする政治技術の重要性を指摘する。問題なのは、そのような「強い首相」が安定的に生み出されるための「制度的要因による制御」が不十分であったことだという。

小泉首相以降の首相のリーダーシップにおける挫折の理由として、政治文化や首相個人の資質だけではなく、このような制度的制約も視野に入れる必要がある。たとえばそのような制度的制約として考えられるのは、広く捉えるならば、参議院が過剰に権力を有することによる立法過程の停滞や、首相官邸による複数省庁にまたがる事案に関する調整能力、指揮能力の不十分さ、首相独自の政策立案スタッフの少なさ、与野党間の調整機能の欠如、首相官邸や内閣としての広報の機能と予算の限界、民主党や自民党の近代的な組織政党としての意志決定機能の不足、さらには日本のメディアの政治分析力の不足などがそれに含まれる。「強い首相」が生まれやすい制度的要因をさらに強化することで、われわれはより強い政治的リーダーシップを持つことが出来るかもしれない。日本で「強い首相」が生まれるかどうか、首相の資質のみに依存するのでなく、むしろ国民全体であるべき政治制度を設計することも考慮する必要がある。さもなければ、不毛で安易な指導者批判を続けることで、日本国民が自らのデモクラシーを自らの手で崩していくことになりかねないのだ。(2012年1月27日 記)

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nippon.com編集企画委員。慶應義塾大学法学部教授。1971年千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。2000年慶大大学院政治学専攻博士課程修了。北海道大学法学部、慶大法学部などの専任講師を経て2006年慶大法学部助教授。2011年から現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交——戦後ヨーロッパの形成、1945-51年』(創文社/2001年/サントリー学芸賞受賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房/2005年)、『倫理的な戦争——トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会/2009年/読売・吉野作造賞受賞)など。

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