「国民の生活が第一」というのは本当ですか?

細谷 雄一【Profile】

[2012.07.12] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

7月2日午後12時30分、民主党の山岡賢次衆議院議員(前国家公安委員長)が、野田佳彦政権の消費税増税の決断に反発して、同党所属国会議員50名の離党届を党執行部に提出した。そしてその日の夕方、この「反乱」を率いる小沢一郎元代表が記者会見で、民主党を離脱する自らの意向を示した。そこでは、「増税の前にやるべきことがある」として、消費税増税を決断した野田首相を批判した。小沢元代表は、民主党への政権交代をもたらした2009年総選挙のマニフェストに掲げた「国民の生活が第一」の理念の重要性を説いた。そして、小沢氏ら民主党を離党した議員は、衆議院と参議院で新会派を組んで、その会派名を「国民の生活が第一」という異例の長さの名前に変えた。

「選挙が第一」ではないか

しかし、小沢元代表は本当に「国民の生活が第一」だと考えているのだろうか。その動機に対して、多様な批判が沸き起こっている。民主党の前原誠司政調会長は消費税増税に反対して離党に向かう小沢元代表の動きを見て、「『反増税・反原発』というだけで選挙に勝てるというのであれば国民をばかにしている」と強く批判した。また、玄葉光一郎外相も「補助金の一括交付金化で大変な額の財源が出るということでマニフェストを作ったが(※1)、それはあり得ないことははっきりしている。できないことが分かっているにもかかわらず、できるということは誠にもって不誠実だ」と述べている。さらに自由民主党の麻生太郎元首相は、「国民の生活が第一という新会派だそうだが、『選挙が第一の党』という政党名の方が現実的ではないか」と皮肉った。いずれも適切な批判といえる。

小沢元代表の離党の動きに賛同した議員は、一部の小沢氏の側近議員を除けば、当選1回で選挙基盤の弱い議員ばかりである。おそらく次の総選挙では、造反議員の大半が議席を失うであろう。小沢氏はそのような議員の不安をあおるかのように、「総選挙が間近に迫っている」という言葉を繰り返した。選挙基盤の弱い議員の多くは、おそらく小沢氏が選挙に勝利するための「魔術」と「資金」を豊富に持っているという幻想に取りつかれているかのようである。そのような「魔術」は、すでに小沢氏にはないし、これまでもあったとは思えない。

確かに小沢氏は、田中角栄や竹下登の下で、選挙に勝利するための戦術を学び、それを若手議員に教育していった。そのようなことができるベテラン議員は、民主党には限られている。しかし、2009年の総選挙で民主党が躍進したのは、幹事長であった小沢氏の「魔術」によるものではなかった。むしろ、自民党の長期政権に対する倦怠感と批判からであった。実際に、その時点で民主党の支持率は必ずしも高くはなかった。読売新聞と早稲田大学の共同世論調査では、2009年2月の時点では自民党の支持率が33.7%であるのに対して、民主党支持率は23.1%である。他方で、2009年6月の時点で、自民党に失望していると答えた数値は、73%である。(※2)

小沢氏らに厳しい世論

現在においても、小沢氏らの行動への世論の評価は厳しい。実際、小沢新党に期待しないと答えたのは、産経新聞の世論調査(6月30日、7月1日)では86.7%、毎日新聞の調査(6月27日、28日)では71%である。これらを考慮すれば、選挙に不安を感じる議員が小沢氏の行動に従って離党の行動に出ることが非合理的であることが分かる。離党して新党に加わることで、むしろ次の選挙で議席を失う可能性が高まったはずだ。そのような動きに、被災地の人々も怒りを示している。岩手県陸前高田市の仮設住宅に暮らす70代女性は、「小沢氏は被災地を顧みたことはない。結局、見ているのは自分の周辺ばかり。被災地とは関係のない人」と批判している(産経新聞、2012年7月3日)。細野豪志環境相のように福島第一原子力発電所や被災地に繰り返し足を運ぶ野田政権の閣僚や幹部とは対称的に、小沢氏は地元である岩手を含めて被災地にあまり頻繁には訪れていない。反発があるのも当然だ。本当に、「国民の生活が第一」だと考えているのだろうか。

結局、小沢氏は、「国民の生活」からあまりにも遠い人となってしまった。永田町での議員生活が40年を超えて、一般の生活者の感覚を期待する方が無理であろう。対照的に、ギリシャのような財政破綻を回避するために努力を重ねて、日本国民の生活を守るための方策を考え、批判を覚悟して財政健全化の努力をする野田佳彦首相こそが、「国民の生活」を真剣に考えているのだと思う。どの政治家が本当に「国民の生活が第一」と考えているのか。これからはそれを判断する国民の真価が問われる。

(2012年7月6日 記)

(※1)^ (編集部注)民主党は2009年総選挙に向けて発表したマニフェストにおいて、国が使途を定める「ひもつき補助金」を廃止し、「地方が自由に使える一括交付金」へと改めることで、「効率的に財源を活用できるようになるとともに補助金申請が不要になるため、補助金に関わる経費と人件費を削減」できることや、「国の過剰な基準を強制せず、地域の実情に合った基準を認めることで、低コストで質の高い行政サービスを可能にする」と謳っており、このような経費削減で、庁費や補助金などの予算55.1兆円から、6.1兆円の財源が捻出可能だとしていた。

(※2)^ 田中愛治、河野勝、日野愛郎、飯田健、読売新聞世論調査部『2009年、なぜ政権交代だったのか』(勁草書房/2009年)

  • [2012.07.12]

nippon.com編集企画委員。慶應義塾大学法学部教授。1971年千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。2000年慶大大学院政治学専攻博士課程修了。北海道大学法学部、慶大法学部などの専任講師を経て2006年慶大法学部助教授。2011年から現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交——戦後ヨーロッパの形成、1945-51年』(創文社/2001年/サントリー学芸賞受賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房/2005年)、『倫理的な戦争——トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会/2009年/読売・吉野作造賞受賞)など。

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