歴史と化す小沢氏、歴史をつくる野田首相

政治・外交

小沢一郎氏をめぐる醜聞が週刊誌に現れてから一月余りが経った。小沢氏の妻が書いたという手紙には、2種類の暴露があった。婚外子の存在と、その養育を愛人に押し付けていたというのが1点。政治家としての資格に関わるより深刻な暴露とは、福島第一原発事故に起因する放射能を恐れるあまり、小沢氏は氏自身の選挙区を含み津波で多大の被害を受けた地元の岩手県に赴こうとしなかったばかりか、文字通り逃げ、隠れていたとしたことだ。

時は小沢氏らに不利

小沢一郎氏の妻から後援会関係者に送られたとされる「手紙」を掲載した『週刊文春』2012年6月21日号

 すべからく政治において、事実が認識をつくるのではない。認識こそが事実を生起させる。一度生まれたステレオタイプは、固着力をもつ。それが新たな政治行動をいざなう。

この逆説的定理をもってすると、書簡の内容が事実か否かが重要なのではない。事実だとどれほど信じられたかこそが、小沢なる人の政治生命、またはその余命を決する。この間小沢氏とその事務所はスクープを載せた週刊文春を告訴しなかった。別居中だという小沢氏の妻からも、反論は現れなかった。

これら不作為の集積が必然的に招いた結果として、小沢氏は大方手紙が言うとおりの人なのであろうとする認識は、さもなければ定着しなかったかもしれないところ、広がりを得たと考える。小沢氏1人の威光にぶら下がる新党とその政治基盤が弱い新人議員たちにとって、茨の道は続く。政党交付金の分与を民主党から勝ち取れなかった新党には、資金も足りない。時は彼らに不利である。

民主党を壊して前進する野田首相

小沢氏とその一統を失った野田佳彦首相にとって、事態は事前・事後においてさしたる変化をもたらさなかった。まつろわぬ票の数が増えたのではない。もともと民主党内にあった反対票が顕在化しただけだからだ。

思えば野田政権とは(1)低迷する支持率、(2)国会内基盤の弱さ、(3)党の分裂、(4)官邸を取り巻く脱原発デモ隊の増勢といったあらゆる逆風にもかかわらず、どれひとつとして不人気ならざるもののない政策を着々実行に移しつつある点、近年のどの政権とも似ていない。カリスマの持ち主だった小泉純一郎氏は、「ぶっ壊す」と言った自らの党を結局温存した。野田氏は、あえて壊した上で前進中である。

不人気の策とは原発再稼働や消費税増税に留まらない。数十年来導入すべくしてできずにきた日本版ソーシャルセキュリティ・ナンバー(社会保障番号)を「マイナンバー」と称して導入する法案は、今国会に政府提案として上程中である。脱税や社会福祉制度の悪用を防ぐため必要なのは言うをまたないとして、同法も成立すると、どうだろう、野田政権とはゆうに何世代かの内閣に相当する仕事をしたことにならないか。「一歩一歩の人」との評がある野田氏は、歴史をつくりつつある。小沢氏はというと、こちらは既に歴史である。(2012年7月18日 記)

小沢一郎