安倍晋三氏の復活と日本の対外M&A

谷口 智彦【Profile】

[2012.10.05] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

題名に「日本は滅ぶ」という趣旨を含む日本語書籍の点数を、誰かが数えたそうだ。あまりの多さに驚き、それでもまだ日本が存在していることがいっそのこと不思議に思えるとかなんとか、どこかに書いていた。

もはや“国技”と化した自国を悲観する癖のゆえか、日本語空間ではさして議論にならず、そのせいだろう、在京外国特派員たちも多くを伝えようとしないトレンドがある。

歴史的拡大を遂げる日本企業

それは、日本企業の対外M&A(合併・買収)件数が示す趨勢のことだ。いま、このトレンドは史上空前の勢いにある。マクロ指標だけから眺めると、日本経済には確かに楽観を許す材料が乏しい。けれども経済をけん引する企業の活力が、何より外国企業を買う意欲、その力に現れるのだと考えると、違った絵柄が見えてくる。日本がこれほどの「健啖(けんたん)家」だったことは、かつてない。

動因は言うまでもなく円高である。いまの為替相場からすると、どの国のどんな企業も割安に見える。日本貿易振興機構(JETRO)の集計によると、2012年上半期、日本の対米直接投資は162億7200万ドルに達した。年間に換算すると、過去最高だった2008年(446億7400万ドル)に迫る勢いだ。

米国以外の投資先を見ると、記録更新が確実なのは、同時期に17億8500万ドルを記録したベトナム向けであり、78億8000万ドルとなった豪州向けである。オランダや英国向けもピーク時に近い。実のところ、統計が示すのは、日本企業がこの5年余りの間に歴史的拡大を遂げつつある姿だ。

ほのかに地政学的意味合いも漂う。日本は米国の可能性を見限っていない。それどころかそこに多くを託しているというのが一つ。豪州向けは資源への投資が大半を占めようが、豪州から見て日本が頼れる投資元であることは日本自身にとって好都合だ。ベトナムへの関心は、中国への不安と裏腹であろう。

医薬品業界M&Aが安倍総裁実現に一役

個別業界で目立ったのは医薬品部門だった。2011年、武田薬品工業がスイスの製薬大手ナイコメッド社を約124億ドルという巨額で買収したのが有名だが、こんな話もある。

消化器系薬品に強いゼリア新薬工業は2009年9月、スイスのティロッツ社を買収した。その直後、潰瘍性大腸炎とクローン病の効果に定評のあるティロッツ製薬品「アサコール」が、日本で手に入るようになった。

これを服用し、少年時代以来の持病を劇的に改善させたのが安倍晋三氏である。2007年に病から総理大臣の職を辞した同氏に自民党総裁として返り咲きを遂げさせ、再び総理を狙う野心を復活させた裏に、日本の対外M&Aがあった。つまりは、日本企業の活力があったのだと見ることが、あながち不可能ではないわけである。

(2012年9月28日 記)

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  • [2012.10.05]

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1957年香川県生まれ。1981年、東京大学法学部卒業。『日経ビジネス』記者、編集委員を経て外務省に入省。外務副報道官、広報文化交流部参事官を務める。米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクール国際研究センター・フルブライト客員研究員、ロンドン外国プレス協会会長、上海国際問題研究所客座研究員、慶應義塾大学特別招聘教授などを歴任。2011年4月から2013年1月までnippon.com編集委員。著書に『通貨燃ゆ 円、元、ドル、ユーロの同時代史』(日本経済新聞社/2005年)など。

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