「ねじれ現象」解消への期待と不安

渡邊 啓貴【Profile】

[2013.08.08] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 |

第23回参議院選挙は自民党の大勝で終わった。

2012年末の衆議院選挙の結果、成立した自民党安倍内閣は、「決められない政治」と決別するために、参議院選挙で勝利し、「ねじれ現象」を解消することを悲願としていた。つまり衆参両院で与党が過半数を制し、案件を容易に処理して政治を進めることである。その意味では、政治の停滞解消のための第一条件は整ったことになる。「ねじれ現象」が解消され、アベノミクスが評価される中、英断によって「日本を取り戻す」ことができるのか。これからが真の意味での正念場となる。

しかし「ねじれ現象」の解決が日本の政治の根本的な改善に結びつくのであろうか。当面の政局の展開に期待は持てるであろうが、中・長期的に考えた場合、日本政治の実態とその方向性はこれでよいのであろうか。

フランスで起きたねじれ現象、“保革共存”

まず「ねじれ現象」は日本特有のことではない。たとえば、フランスでも「コアビタシオン」(保革共存)という形で「ねじれ現象」が起こったことがある。

フランスの第五共和制の憲法では、当初大統領の任期は7年で、国民議会(下院・衆議院に相当)議員の任期が5年であったため、大統領の任期期間中に必ず一度は議会選挙が行われた。大統領の政策が成果を上げられず、支持率が落ちたときには、有権者は当然大統領の所属する政権与党を忌避する。つまり野党が議会では多数派を占めることになる。

もちろん、フランスの大統領は強大な権限を付与されており、議会が反対しても国民投票などに訴えて議会の決議を無効にできる。しかし、現実的には大統領にとって大きな賭けとなる。大統領権限を乱用するならば、大統領に対する不信は募り、結局、政局は混乱する。したがって、現実には大統領は議会の多数派に組閣指名することになる。そこで内政は議会の多数派に依拠した政府が、外交は大統領が主導権を握るという不文律が出来上がった。

1986年ミッテラン社会党大統領の時代に、国民議会で多数となった保守派RPR(旧ドゴール派、共和国連合)代表のシラク首相とのコアビタシオン、つまり「ねじれ現象」が初めて現実となった。これは88年の大統領選挙まで続き、その後93〜95年、97〜2002年まで都合3回のコアビタシオンが行われた。

政権交代が定期的に行われるという前提

大統領と首相の信頼関係がうまく機能しているときは、適度の対立と論争で政治は活気を呈してよいのだが、両者の関係が悪化すると政治は膠着状態に陥った。そこでフランスでは2002年の大統領選挙から大統領の任期を5年に短縮し、大統領選挙とほぼ同じ時期(大統領選挙の翌月)に国民議会選挙を行うことになった。「決める政治」を制度的に担保するためである。この制度変更は今のところフランス国民に受け入れられており、昨年もオランド社会党大統領が誕生すると同時に、国民議会でも左派が過半数を占める体制となった。

その意味では、衆参両院で自公両党が多数派となった今回の参院選挙は、先進各国で安定多数派を形成することが難しくなっている時代だけに大いに期待をもってよいことであろう。

しかし気になることが幾つかある。フランスのコアビタシオンの二回は社会党の大統領の下であり、あとの一回は保守派の大統領の下での「ねじれ現象」である。「ねじれ現象」は左右両派いずれの大統領の時代にも起こっている。つまり、その背景には政権交代がある程度定期的に実現するという前提がある。

少数派排除であってはならない“決める政治”

3年前に民主党政権が成立したとき、日本では戦後初めての本格的な政権交代であり、政権交代可能な二大政党制の誕生と喜んだのではなかったか。ようやく日本も欧米流の政党政治が実現したと思われたのではなかっただろうか。

しかし政権運営に慣れない民主党政権は内外の政策で失政を重ね、失墜した。しかも今回の選挙では第四党にまで転落し、野党を糾合する核となる政治勢力が消えてしまったように見える。問題はそこにある。マスメディア・有識者は二大政党制の育成という観点から民主党政権に対応してきたであろうか。政権成立後しばらくして、不慣れな政権運営がもたらしたほころびを非難する声が各方面で広がり、それは3年間トーンを上げ続けていくばかりであった。自分たちで選んだ政権の落ち度に対する批判が、この2年以上のマスメディアの論調ではなかったか。

今回の選挙では、公明党と連立を組むものの、自民党の“一党体制”の様相が強まっているのが現実である。政治の成熟と政権交代可能な政党政治の育成の道は、いったん後退したように見える。そして歴史が繰り返してきたように、日本社会は単一民族の“村社会”の発想が強い土壌のなかで一党支配の傾向を持つ。

多数派による「決める政治」が「安定」の名の下に少数者の自由を押さえ込むものであってはならない。日本は果たして旧態依然たる政治体質から成長しているのであろうか。それとも逆戻りしているのであろうか。

日本政治の近代化と発展のために、今回の自公の勝利が長かった日本政治の混迷を打開することに期待すると同時に、民主党をはじめとする野党の復活の目を摘んでしまうものにならなければよい、と心から願う。

(2013年7月25日 記)

この記事につけられたタグ:
  • [2013.08.08]

nippon.com分科会委員。東京外国語大学国際関係研究所所長。1978年東京外大フランス語学科卒、80年同大大学院地域文化研究科修了、83年慶大大学院法学研究科博士課程修了、88年パリ第一大学大学院博士課程修了、99年から東京外大教授。2008~10年在仏日本大使館公使(広報・文化担当)。『Cahiers du Japon』『外交』各誌の編集委員長を歴任。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房、1990年=渋沢・クローデル賞受賞)、『フランス現代史』(中央公論新書、1998年)、『ポスト帝国』(駿河台出版、2006年)、『米欧関係の協調と対立』(有斐閣、2008年)、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店、2013年)、『シャルル・ドゴール』(慶応義塾大学出版会、2013年)、『現代フランス—栄光の時代の終焉、欧州への活路』(岩波書店、2015年)、『アジア共同体を考える』(編著、芦書房、2015年)など多数。

関連記事
その他のコラム

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告