「日韓関係2.0」の新時代に求められること

細谷 雄一【Profile】

[2013.09.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

2013年9月5日夜、ロシア・サンクトペテルブルクで行われていた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の夕食会での立ち話で、安倍晋三首相は韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領と短時間言葉を交わした。朴大統領は2月の就任以来、2012年12月に第2次内閣を発足させた安倍首相と首脳会談を開くことを避け続けてきた。日本の政治家の歴史認識をめぐる失言や麻生太郎副総理の靖国神社参拝などによって首脳会談を行う環境が整っていないというのが、韓国側の認識であった。今回、朴大統領就任から半年以上を経て、ようやく短時間ながらも日韓の首脳が直接接触する機会が訪れた。それほどまでに日韓関係は冷え切っている。

サンクトペテルブルクでドイツのアンゲラ・メルケル首相と会談を行った朴大統領は、「歴史の傷を治そうとする姿勢なしに、傷をえぐっていてばかりいては(和解は)難しいのではないか」と述べて、依然として日本との和解が困難であるという認識を示した。さらに9月6日には、福島第一原子力発電所の汚染水漏れを理由に、韓国政府は福島県など日本の8県の水産物の輸入全面禁止措置を発表した。なぜこれほどまでに、韓国は日本に対して批判的な立場や厳しい姿勢を示すのであろうか。

国交正常化当時とは性質が異なる現在の日韓関係

そのことを考える上でまず、1965年に日韓基本条約を締結して国交を正常化した当時と、それから半世紀近くが経過した現在とでは、本質的に日韓関係の性質が大きく異なっているということを理解しなければならない。1965年には両国間の人々の往来は年間で2万2000人程度にすぎなかった。それが2010年には、500万人を超えている。同じ「日韓関係」といっても、人の交流の量も、それが置かれた国際環境も、そして両国の政治体制の状況も、大きく異なっている。

日韓基本条約締結時には、軍事クーデターで政権を奪取していた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領(朴槿恵大統領の父)が韓国政治を指導していた。東西冷戦の中、開発独裁の権威主義体制下では、日韓関係を構築する上で韓国の国民感情が十分に反映されることはなかった。北朝鮮や、ソビエト連邦、中国といった共産主義の敵国を前にして、最前線に位置していた韓国にとっては、安全保障上も経済的にも、米国や日本との関係が圧倒的に重要であった。また、経済の近代化を進める上でも、日本からの経済支援や投資は不可欠であった。日本でもまた、佐藤栄作政権という自民党一党優位体制の下で、自民党と外務省が主導して外交が進められた。すなわち日本と韓国の双方において、国民世論とは切り離された形で、政府と政府の間で妥協が生み出され、日韓基本条約の締結が実現したのである。

そのような、政府と政府による合意に基づいた1960年代の日韓関係を「日韓関係1.0」と呼ぶならば、現在の日韓関係は国民世論や国民感情に根差した全く新しい日韓関係、すなわち「日韓関係2.0」と呼ぶべきであろう。「1.0」と「2.0」は、性質が根本的に異なる二国間関係である。韓国政治の民主化と、市民社会の成熟によって、韓国の人々は自らの感情をより自由に、そしてより攻撃的に吐露できるようになった。そして、韓国のメディアはそのような国民感情を制御するというよりも、むしろ国民感情に寄り添う姿勢を示そうとする。韓国の政治指導者は、そのような国民感情をもはや無視することはできない。そして韓国の国民世論やメディアの不満や批判の矛先は、韓国政府と日本政府の双方に向かっている。

2013年8月30日、東京でシンポジウム「新しいリーダーシップと平和と繁栄のための日韓関係」(主催=韓国・アジア研究基金、後援=日本財団)が開催された。第1セッション「民主主義と平和」には、筆者のほかに文正仁[ムン・チョンイン]韓国・延世大学教授、吉●宇[キル・チョンウ]韓国・セヌリ党国会議員[●の字は「火(ひへん)」に「正」]、仙谷由人元官房長官、林成浩[イム・ソンホ]韓国・慶煕大学教授が参加し、日韓両国の民主主義が外交に与える影響などについて話し合われた。(写真提供=日本財団)

両国民の交流と理解によって安定した日韓関係構築を

いわば、日本と韓国の両国において民主主義が成熟していったことで、日韓の二国間関係が極めて難しい性質のものとなったのだ。民主主義が外交を難しくするということは、しばしば見られたことである。19世紀にフランスの思想家アレクシス・ド・トクヴィルは、「民主政治は国家の内部の力を増すには好都合である」けれども、「大事業の細部を調整し、計画を見失わず、障害を押して断乎(だんこ)としてその実現を図るということになると、民主政治はこれを容易にはなしえまい」と論じた。というのも、「人民大衆は無知あるいは情念に引きずられること」がときにあるからだ。民主化によって韓国の国民は、従軍慰安婦問題や日本の歴史認識問題などへの対処について、ようやく自国の政治指導者に対して自由に批判を突きつけることができるようになった。現在の日韓関係は、民主主義国同士の関係であるからこそ新しい難しさが生まれている。そのような「日韓関係2.0」の時代に、より成熟し、安定した関係を構築するためには、両国の市民社会が成熟して、健全な相互イメージを確立しなければならない。感情ではなく、理性に基づいて歴史に向かい合い、相互の感情をある程度理解した上で、協調による利益を冷静に実現していくことが求められている。

国民感情が十分に反映されず、政府間の合意のみに基づいた「日韓関係1.0」の時代の日韓関係は、脆弱(ぜいじゃく)なものであった。われわれは、そこに回帰することを求めるのではなくて、国民と国民が交流し理解する、新しい「日韓関係2.0」の時代にふさわしい、より分厚く、多面的で、総合的な日韓関係を構築しなければならない。

(2013年9月7日 記)

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nippon.com編集企画委員。慶應義塾大学法学部教授。1971年千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。2000年慶大大学院政治学専攻博士課程修了。北海道大学法学部、慶大法学部などの専任講師を経て2006年慶大法学部助教授。2011年から現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交——戦後ヨーロッパの形成、1945-51年』(創文社/2001年/サントリー学芸賞受賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房/2005年)、『倫理的な戦争——トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会/2009年/読売・吉野作造賞受賞)など。

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