湾岸ドバイのマンガ寿司オーナーは無類の日本ファン

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湾岸アラブ首長国連邦の一つドバイは、埼玉県ほどの国土に人口約200万、といっても自国民は1割にも満たない16.8万人しかいない。道で出会う人々の多くは、統計上ドバイ人ではないわけだ。もっともそんなことを気にしているようでは、移民国家で暮らしていけないけれど。

ドバイを「鳥」と「虫」の目で感じる


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この美しき箱庭に人々は暮らす。

ドバイは未来と過去が絶妙に交錯する都市国家だ。ダウンタウンにある地上828メートル、160階の世界一の高層タワー、ブルジュ・ハリファを高速エレベーターで一気に昇り、展望台(AT THE TOP)に立てば、眼下には豆粒のような高層ビル群が砂漠を背にどこまでも広がる。まるで映画のセットか近未来を詰め込んだ箱庭の趣だ。

ちなみに入場料も高い。事前予約で130Dh(1Dhは約26円)。これが当日券ともなると約3倍に跳ね上がる。しかし高いけれど、未来に託すドバイの夢を、さながら鳥の目で見ることができるのでお奨めである。

そしてブルジュ・ハリファを後に、ドバイ・クリークの船着き場からアブラ(渡し船)に地元の人々と一緒に乗り込めば、アラブ人、インド人、パキスタン人、白人、中国人、日本人(私)…がギュウギュウ詰め、昔ながらの港町ドバイが始まる。料金は1Dh。こちらは安すぎる!

ドバイ・クリークの船着き場(写真左)と行き交うアブラの乗客たち(写真右)。

心地よい風に吹かれ、沿岸の風景や行き交うアブラに見とれていると、アッという間に対岸に到着。オールド・スークやインド人街が往時の風情そのままに旅人を誘い込む。今度は虫の目で歩けば、ブルジュ・ハリファの近未来は蜃気楼のように跡形もない。

昔ながらの風情を残すインド人街周辺。

『世界を動かす海賊』(竹田いさみ著)によると、ドバイは海賊の後背地、ソマリアにとって物資調達の生命線で、ドバイ・クリークから大型小型のダウ船を駆使して物資が運ばれて行くそうだ。一部は恐らく海賊たちの糧になるのだろう。

こんな怪しげな話も含めて未来と過去が同居するドバイで今を生きているのが、自国民であれ、移民であれ、ドバイの人々だ。

日本企業は225社(2011年調査)が進出、在留邦人も2267人(同)と湾岸地域最大だ。とはいえビジネスを除くと、日本はまだまだ遠くて遠い国といえる。

“日本愛”が「マンガ寿司」に結実した

オリジナル寿司を前にスルタン氏。

それだけに「世界中で日本が一番好き」と日本にほれ込むレストラン「マンガ寿司」のオーナー、スルタン・アル・バンナさんとの出会いは格別で、私はすっかりうれしくなった。マンガ寿司自体は実はマンガやアニメファンには知られた存在らしいが、スルタンさんのような知日派こそ、両国でもっと知られて欲しい人だ。スルタン・グループを率いる30歳の青年実業家でもある。

 日本との出合いはマンガ。12歳の時に魅せられ、以来、片時も手放したことはない。「つばさ」「一休さん」「どらえもん」「アルプスの少女ハイジ」「ベルサイユのバラ」「あられちゃん」…と現代から古典マンガまでたちまち作品が上る。

 こんな具合だから、父親から「マンガより勉強」と叱られたことは一度ならず。それでも読み続けたのは「好きですから。マンガは本当に素晴らしいです」とサラリと言う。

人生=マンガのようなスルタンさんからは、何だか道を究めた人の落ち着きと清々しささえ伝わってくるから不思議だ。

ウエートレスはシブヤが大好きとか。

アラビア湾に面したジュメイラ・ビーチ公園を臨むビーチパーク・プラザの2階にあるレストランは、5年前にオープン。大好きなマンガと寿司の両方を楽しもうとの狙いだ。

店はシックな黒を基調に、壁には大きなマンガ・キャラクターのイラスト、キャラクターのフィギュアも揃い、ファンならずとも目を奪われそう。もちろんマンガ本(英語)も揃っており、店内はマンガ尽くしだ。

スルタンさんこそ“マンガ文化大使”にふさわしい

寿司メニューがまたビックリ。本来の寿司のほかに、ゴジラやオタク、ヤクザ、ドラゴンボール…などテーブルに出てくるまで楽しみのような、怖いような寿司が並ぶ。例えばヤクザはエビの天ぷらとアボカド、レタスをスモーク・サーモンで巻く。ヤクザの意味はもちろん知っている。しかし、音の響きが「クール(かっこいい)」とか。

寿司以外のメニューも豊富で広島風お好み焼きまである。とにかく日本についての知識・情報は半端でない。旅好きで世界各地を訪れ、行かない国はないほど。それでも「日本は特別です」と泣かせるセリフである。

日本の歴史にも関心が深い。一番好きな時代は?と聞くと、即座に「明治時代です」。

日本が変革を見事に行った時代だと考えるからだ。なかなかの洞察ではないか。マンガを切っ掛けにスルタンさんはさらに深い日本文化や日本文明への探求に乗り出したのかもしれない。

ランチタイムをとうに過ぎた店内には、アラブ人男性や民族衣装の黒いアバヤ姿の女性客がチラホラ。お店が日本とドバイの交流の場になればと、余裕の青年実業家は採算など二の次のようだ。スルタンさんに「マンガ文化大使」を委嘱してはどうだろうか。そんな夢と期待が膨らんだのだった。

(2013年9月27日 記 写真提供=著者)

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