東京国際映画祭で見えた日本映画“成功の公式”
脚色の国・日本で映画産業の希望が灯る

アラストゥルエイ・チャビ【Profile】

[2013.10.28] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

日本では毎年秋に、東京国際映画祭(TIFF)が開催され、日本の映画関係者はもとより、世界各国から多くの映画監督や専門家などが集まる。日本で最も重要な国際的な映画祭であり(日本で唯一、国際映画製作者連盟=FIAPFから公認されている)、アジア全体でも有数の映画祭といえるだろう。第1回が開催されたのが1985年。コンペティション部門グランプリを受賞したのは相米慎二監督による『台風クラブ』だった。その後、田壮壮監督『青い凧』(1993年作)、アレハンドロ・アメナバル監督『オープン・ユア・アイズ』(1997年作)、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督『アモーレス・ペロス』(2000年作)など、作風は大きく異なるものの、注目に値する監督の作品がグランプリを受賞。選考基準の高さを示してきた。

第26回東京国際映画祭(2013年)にて。有名な「グリーンカーペット」の上では世界的な映画界の巨匠たちが日本の男優・女優と親しく集った。

賞などというものは結局、予想された結果に落ち着くことも多く、映画祭で面白いのは、しばしば舞台裏での出来事だったりする。大きな商業ベースには乗らなかったものの間違いなく興味を引く作品であったり、自らの作品を紹介するために馳せ参じる監督、原作者、脚本家、俳優であったり。会場の近くでは、自分はこんな風に作品を理解したなどと映画を熱く語る会話も聞こえてきて、実に面白い。

他の国と比較すると、日本人は平均的にあまり映画を見に行かないといえるだろう。普通の日本人は忙しすぎて仕事が終わるのが遅く、平日に映画を見に行けないのも大きいが、もうひとつ、日本では映画の料金がかなり高いのも客足を遠ざける要因になっている。映画を見るとなれば、2時間を無駄にしたくないし、何よりも2,000円分を奪われたという気にならないように、かなり厳しい目で映画を選ぶことになる。

興味深いことに、日本人もある意味で他の先進国の人とかなり似ていることが分かった。要するに、分かりやすい映画を好むし、映画のクオリティにあまり文句も言わない。ただ、気づかなければならないのが、日本とアメリカではその「分かりやすい」の意味するところが違うということだ。

邦画には日常的なストーリーが欠かせない

アメリカでは、ロマンティック・コメディー、スーパーヒーロー、恐怖映画のリメークや決まったフォーマット、ルールの飽くなき繰り返しで映画収入を稼ぎ出している。一方、日本では、日常、生活、習慣に関わる話が求められる。日本の映画業界は、邦画は作品の質と深さという点でアメリカ作品とは異なると自認している。だが、結局は、大衆受けするタイプの映画を追求し、観客に受け入れられやすい“型”を最大限利用するという点では同じ戦略をたどっている。

特徴的なのは、作品の9割近くが小説やマンガなどを脚色していることだ。ファンタジーやSF作品であったとしても、その作品の世界観や登場人物の本質を表現するには日本的なものが欠かせない。観客がより身近に感じるものをスクリーンに映し出すためには、多くの人がすでに別の形で触れて気に入った作品を脚色するのがベストの方法になる。

大成功をおさめた『おくりびと』(2008年)のような作品も、クレジットにはないが『納棺夫日記』が原案になったといわれている。日本人は“映画化”というパターンに慣れてしまっているので、ある本がよく売れるとすぐ、いつテレビドラマ化や映画化されるのかと気にし始めるのである。

リメークもある。アメリカより頻度は少ないものの、その手法はもっと大胆である。『男はつらいよ』シリーズのほとんどを監督した山田洋次を思い出せば十分であろう。同監督は、この他に『東京家族』という作品も作っているが、これはまさに小津安二郎監督の『東京物語』のリメーク以外の何物でもない。作品自体はとても面白く、よくできた映画となっている。しかし、世界の批評家たちは、例えばスピルバーグが『市民ケーン』のリメークを作ることを許すだろうか。

アジア映画は危機に瀕する映画産業の希望となるか!?

映画産業が衰退の兆しを見せる中、日本では面白い映画が作られている。日本以外のアジアでも、世界的に見て前衛的だったり賞賛に値するような作品がいくつも作られている。ただ、世界の批評家が途方に暮れるのは、多くの場合、作り手との文化の違いによるものであって、作品自体が芸術的妥当性を欠いているわけではないのである。

例えば沖田修一の作品なども、もっと注目されてもいいのではないか。同監督は2009年の作品『南極料理人』(これもまた、西村淳のエッセイに基づくものだが)で観客を笑わせ、2011年には山村にゾンビの映画を撮影に行く撮影隊の物語『キツツキと雨』で再度ブレイク。『キツツキと雨』は監督自らが書き下ろした作品であり、2011年の第24回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。

東京国際映画祭では、日本作品、外国作品を問わず多くの興味深い映画を文句なしに楽しむことができた。週末の夜、間違いなく想像力を掻き立てられた。

(2013年10月17日、原文スペイン語)

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  • [2013.10.28]

バスク公立大学英語研究科卒業。2000年に初来日し、複数の学校でスペイン語を教える。2002年、スペインに戻り、 映画監督ティニエブラス・ゴンサレスの下で脚本家、翻訳者、また、ティニエブラス・フィルム社国際映画祭担当として働く。ウルグアイ、コスタ・リカ滞在を経て再来日し定住、現在に至る。東京外国語大学で、スペイン語の他、スペイン語での映画製作の授業も受け持つ。同時にシナリオ・ライター、各種翻訳にも携わる。

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