いまだ見えない2020年東京オリンピック大会のビジョン

サーラ・スヴェン【Profile】

[2013.11.13] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL |

国際オリンピック委員会(IOC)は、2020年夏季オリンピック・パラリンピック大会を東京で開催することを決定した。東京は、不人気だった前回の招致活動とは対照的に、今回は国内の強力な支持を得ることに成功した。この決定に伴って東京五輪の大会組織委員会は、日本全体はもちろんのこと、日本のスポーツ界、日本の納税者、さらには国際社会に対して、きわめて大きな責任を負うこととなる。

日本のソフトパワー強化につなげるチャンス

2020年オリンピックの準備期間そして大会期間中には、世界中の視線が日本に注がれる。五輪組織委員会、政府、メディアはそのことを十分に認識し、日本の評価を損なわないよう努める必要があろう。開催都市選考過程の最終段階で、猪瀬直樹東京都知事のイスラム教国に対する発言が東京の立場を不必要に危うくしたような事態は、厳に慎むべきである。

オリンピック開催は世界におけるその国のイメージに強い影響を及ぼす。2012年にロンドンでオリンピックが開催された結果、英国の人気は世界中で大いに高まった。その一方、中国の人気は2008年の北京五輪以降、下降傾向にある。五輪開催に伴って中国の民主化が進展することへの期待が高まったものの、それは実現しなかった。専門家の間では北京五輪の開催は間違いだったと指摘する声すら多い。2020年に向けて日本は、自国のよい面に注目を集めて国際社会に好印象を与えるような大会運営方針を策定し、日本のソフトパワーを強化する必要があろう。

求められる明確なビジョン

この目標を達成するためには、日本は準備活動の最大の弱点――ビジョンの欠如――を打開しなければならない。東京の招致委員会がIOC総会で行った最終プレゼンテーションはどちらかといえば受け身に回ったものであり、日本での開催という点ばかりが強調され、2020年東京五輪をどのような姿にしたいのか明確に描き切れていなかった。東京が開催都市に選ばれた最大の要因は、若きパラリンピック選手の佐藤真海さんの説得力に富むアピールだったといえよう。

他方、東京招致委員会の主要メンバーは明確なイメージを打ち出せず、主要なビジョンを描き上げることができなかった。ただ単に、東京は優れたインフラを持つ安全な都市であると強調したに過ぎなかった。それが五輪開催の成功に不可欠な要素であるのは確かだが、ビジョンの欠如は東京五輪の開催による日本への評価を低下させる可能性がある。目下のところ組織委員会にとって、「ビジョン」は真に重要な意味をもつ問題とはなっていないようだ。英語版の公式ホームページではナビゲーションバーに「ビジョン」という項目があり、少なくとも国際社会にとってのこの用語の重要性は認識されているようだが、日本語版のサイトには対応する項目は見当たらない。

大きな責任を持つ日本メディアの報道

最近のオリンピックを見ても明らかな通り、国際的、多文化的な方向性を持つ大会が高い評価を受けてきた。2020年東京五輪も、真に国際的かつ多文化的な雰囲気の中で開催される必要がある。ここ数年に見られるマイノリティーに対する示威行動や、ヘイトスピーチの噴出などは、排外主義がいまだに日本社会で大きな問題となっていることを示している。2020年五輪に際し、海外から何千人ものアスリートや数万人ないし数十万人のスポーツファンが日本を訪れることを考慮すると、こうした排外主義はこの先、軽々しく受け止められるべきではない。

しかし残念ながら、日本の政治家はこの問題に関する認識を欠き、行動を渋ってきた。今後数年にわたりかなりの努力が必要とされることは明らかだ。また、「状況はコントロールされている」とくり返すだけでは、日本の抱える問題を解決できないし、対応の緊急性が減るわけでもない。

政治家以上に、多文化的国際主義の空気を醸成する責任を負っているのはメディアであろう。五輪は世界中のアスリートの集まる祭典である。メディアはしばしばその点を見過ごし、五輪を狭い国内的な視点から報じている。2013年9月、「オリンピック史上の名場面集」がテレビのニュース番組で放送されたが、そのうち9割は日本選手中心の場面だった。この種のメディア報道は真の国際的なイベントとしての五輪の成功を危うくするものであり、世界における日本のイメージ改善に五輪開催が寄与することを阻(はば)む可能性がある。

(2013年10月29日記。原文英語)

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  • [2013.11.13]

上智大学准教授、フリードリヒ・エーベルト財団東京事務所日本代表。1968年ドイツ生まれ。マインツ大学、ケルン大学、ボン大学で歴史学、政治学を学ぶ。4年間の金沢大学での留学を経て、1999年ボン大学文学部日本研究科博士号取得。ドイツ日本研究所人文科学研究部部長、東京大学大学院総合文化研究科准教授などを歴任。共編著に『明治初期の日本―ドイツ外交官アイゼンデッヒャー公使の写真帖より』(OAGドイツ東洋文化研究協会・Iudicium/2007年/和独文)『Pan-Asianism: A Documentary History(史料で読むアジア主義)』(Rowman & Littlefield/2011年/英文/2 vols.)など。

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