テロの不安の中で平和裏に進むソチ五輪
ソチ五輪レポート①

矢内 由美子【Profile】

[2014.02.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | العربية |

ソチ五輪が開幕してから1週間。テロの脅威や性的少数者への差別問題がクローズアップされ、安全面が案じられた中、大会はここまで極めて穏やかに進んでいる印象だ。開幕から約1週間のソチをレポートする。

東京ディズニーランドに似ている五輪会場

 ソチ五輪のメーン会場である五輪公園は、東京ディズニーランドを思い浮かべると全体像をイメージしやすい。五輪公園には開閉会式場をはじめ、大小2つのアイスホッケーリンク、スピードスケートリンク、フィギュアスケートとショートトラックが併用するリンク、カーリングセンターがある。このほか練習用のリンクや、表彰式を行うエリア、そして情報発信拠点であるメディアセンターがある(スキーやソリ競技などが行われる山岳エリアはソチ市内から約50キロの場所にある)。

五輪公園は選手村から自転車移動にちょうど良い距離にある。

五輪公園は上から見るといびつながら円形になっており、最も遠い場所に行くにも歩いて30分程度。頑張ればぐるりと一周することも可能だ。実際、ランニングをしている選手や関係者の姿をちらほらと見かけることがある。国によっては自転車を持ち込んでいる選手もいる。五輪公園内はいたってのどかだ。連日15度前後のぽかぽか陽気もあり、朝晩以外は屋外担当のボランティアも寒そうにしていない。

各競技会場では五輪ならではのハイレベルな戦いが繰り広げられ、競技運営に関しては局面ごとの問題はあるにしても、観客の安全を脅かすような大問題は起きていない。安全面が心配されたが、過去に平和裏に終わった大会と比べても何ら変わりはない。

治安のために、チケットのない一般市民の姿なし

ただ、今までの五輪と決定的に違う点が一つある。それは、チケットを持たない一般市民が五輪公園内に一人もいないことだ。

理由は明確だ。観客はチケットの他に、事前にパスポートデータや顔写真を登録。五輪公園内のどの会場に行くにも、必ずこれらを持って鉄道駅にあるチェックゲートを通らないといけないからだ。

ソチの隣町であるアドレルでは土産物屋が軒を並べている

つまり、観戦チケットを持っていない人は、競技会場どころか五輪公園内にも入れない。高い観戦チケットを買えない人々は、いくら近くに住んでいても、五輪公園の雰囲気を味わうことができない。おらが国のヒーローが金メダルを獲っても、メダルセレモニーの様子を遠巻きに見ることすらできないのだ。

これらはすべて、治安対策だ。予算5兆円とも言われる過去最大の資金投入でテロ対策を講じているのはもちろんのこと、大会組織委員会は競技会場を一定の敷地内に集約することで警備をしやすくしている。観客の入口が一カ所しかないのだから、水際作戦は比較的容易だ。

けれどもこれには大きなマイナス要素が潜んでいる。五輪といえば、チケットを持たない地元の市民が雰囲気だけでも楽しもうとする、あるいは、海外からの観客が、試合チケットのない日も会場に足を運ぶということが大会そのものを盛り上げるものだが、今回は残念ながらそれがない。機能的ではあるが物足りないと感じるゆえんである。

目立つ工事中と危険な野犬の姿

メディア用ホテルの中には、宿泊者が続々とチェックインした後にまだ工事を行っている棟もある。

五輪公園外に目を向けると、開幕から1週間もたったのに、いまだに工事中や準備中の場所が多い。メディアが宿泊している新築の団地型ホテルでは、タオルの枚数が不足しており、良くても3日に一度くらいしかタオルを交換してくれない。筆者の部屋には、チェックインから1週間を超えてからようやく石けんやゴミ袋が置かれ(ゴミ箱は今もない)、「Do not disturb」の札も最近やっと届いた。

一方で、宿泊し始めてからわずか1週間だというのに、すでにドアの把手や、シャワーカーテンのバーなどが崩壊している。見れば、明らかな粗悪品だ。

先日は深夜にエレベーター内に1時間閉じ込められるというありがたくない体験もあった。米国のボブスレー選手は開かなくなったシャワールームを怪力で壊して脱出したそうだが、一般人にはそれは無理。ただ、こういうアクシデントに遭遇している人はさほどまれではなく、大概の人が何かしら困ったことに遭っているようだ。

路上でひなたぼっこする野犬たち。

ソチ市内のもう一つの特徴は野犬の多さである。先日は犬同士がとっくみあいのケンカをしている場面があり、片方の犬は足を痛めてしまったようだった。

野犬は、もし人間が噛まれれば狂犬病になる危険性があり、それだけで単純に怖い。一度うっかりして手に食べ物を持って歩いていると、どこからともなくしっぽを振って野犬が近寄ってきた。すぐにバスが来たので助かったが、多少は怖かった。犬の嗅覚を侮ってはいけないとも痛感した。狂犬病の予防接種は受けているが、やはり噛まれたら大ごとだ。

だが、これでも野犬は大幅に減ったという。各競技のテストイベントが行われていた2012—2013シーズンにソチを訪れた関係者の話によると、「今は当時の3分の1程度に減っている」という。

ボランティアの笑顔が変えたロシアのイメージ

ここまでは気になるマイナス点について書いてきたが、良い面としてボランティアの素晴らしさについて触れなければいけないだろう。

観客より多いのではないかと揶揄(やゆ)されるほど大勢いるボランティアだが、彼ら彼女らはいつも笑顔。本人認証、荷物チェック、ボディチェックでも威圧的に行うことがない。温かみのある笑顔は、ややもすれば冷たい印象のあったロシア人のイメージを変えた。やはり、笑顔は平和のベースである。

また、輸送バスはきっちり時間通りにやって来るうえに、経路がわかりやすく、使い勝手が良い。分刻みで動くメディアとしては、これは助かる。五輪車両の専用レーンの設置などが必須だが、東京五輪もコンパクトさを売りにしているという点ではソチ五輪と同じ。渋滞は大会そのものの評価を下げることになるのだから、ぜひスムーズな輸送を徹底して欲しい。

ソチ五輪は折り返しを迎えた。願わくば、テロや事件だけは起きて欲しくない。そして、アスリートたちが自己ベストの力を発揮し、世界が感動を共有できる大会に。これができればソチの評価はしっかりと定まっていくだろう。

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  • [2014.02.18]

スポーツライター。1966年6月23日、北海道生まれ。北海道大学卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、テニス、五輪、サッカーなどを担当。2006年に退社、以後フリーランス。著作は『Jリーグ15年の物語 カズ&ゴンたちの時代』(講談社/2009)、『ザック・ジャパンの流儀』(学研新書/2011)など。

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