鈴虫寺にスニーカーをはいた地蔵様

アレクサンドル・メシェリャコフ【Profile】

[2014.04.17] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL | العربية | Русский |

京都の嵐山に「鈴虫寺」(正式名称は妙徳山 華厳寺)の名で親しまれている寺院がある。私はこの寺がとても気に入っており、祈りに詣(もう)でる歳月を重ねてきた。冬ともなれば、境内の木々や寺の屋根が新雪に覆われ、えも言われぬ美しさとなる。

鈴虫の美しい音色とともに聞く説法

鈴虫寺の人気は高く、拝観する人々の行列が絶えぬほどだ。列に並び、大勢の参拝者と一緒に畳敷きの書院に入ると、机の上に鈴虫がいっぱい入った透明のプレクシグラスの箱が置かれており、涼やかな音色を響き渡らせている。

普通、鈴虫は秋にその音を聞かせるが、ここ鈴虫寺では四季を通じて聞くことができる。モンスーン気候の影響で、桜の開花、梅雨、台風といった自然現象がほぼ暦通りに規則正しく訪れる日本で、虫たちが自然に奏でる声を通年で聞くことは珍しい。何でも、先代の住職が鈴虫の飼育法を研究し、毎日孵化(ふか)させることに成功したのだという。

日本人が「鈴の虫」と呼んだのも納得がいく美しい音色は、幾度となく詩歌に登場し、かの紫式部が著した長編小説「源氏物語」の中でも、ヒロインの一人に「おほかたの 秋をば憂しと 知りにしを ふり捨てがたき すず蟲の声」と歌わせている。心の奥底から癒される音色に耳を傾けていると、鈴虫寺の名物「鈴虫説法」が始まる。鈴虫寺では、拝観する前に必ず説法を聞くことになっているのだ。

訪ね歩いて願いをかなえる地蔵様

鈴虫寺でもうひとつ人気が高いのは地蔵菩薩だ。住職によれば、必ず願い事をかなえてくれる霊験あらたかなお地蔵様で、地蔵尊としては珍しく素足ではなく、わらじを履いている。苦しんでいる人々のところへ、このお地蔵様が訪ね歩いていくからなのだという。

しかし奇跡はすぐさま起こるとは限らない。お地蔵様の功徳を信じていれば、いつか願いが成就するので、もし、願いがかなう前に居住地を変更する場合は、すぐに寺に引っ越し先の住所を知らせなくてはならない。お地蔵様がたどり着けなくなってしまうからだ。

周りの日本人は気にならなかったようだが、私はこの話に驚いた。私の思考にはキリスト教的な摂理が深く根を下ろしている。神は全知全能で、その目は全てを見抜いている。何人も神から隠れることはできない。神はいつも貴方を見ているので、罪を犯せば、他人に気づかれなくても、神は全てわかっているし、貴方が行った善行についても、すぐに神の知るところとなる。

人間味あふれる神様に捧げられたスニーカー

一方、日本の神には別の力や意思があるようだ。神道は多神教であり、パンテオンに入る神を数えたらきりがない。神々は土着的な性格を持ち、その力の及ぶ地域は限定されている。日本においては仏教もかなり神道の影響を受けているため、多くの仏は神道の神々の性格を受け継いでいる。日本の神々はより人間に近く、理解しやすい存在だ。もちろん、神であるがゆえ人間よりも力を持っているが、キリスト教の神と比べると、日本の神様の神々しさは控えめだ。むしろ、慈愛や人間味に比重が置かれていると言えよう。

鈴虫寺では、お地蔵様にわらじをお供えする参拝客もいる。なぜなら人々の願いをかなえるために、お地蔵様は方々に出向いていくので、あっという間にわらじを履きつぶしてしまうのだとか。しかし昨今では、地蔵菩薩の周りに、普段街で履くような靴や歩きやすいスニーカーが掛けられているのを見かける。きっとお地蔵様は、人間のように感謝の気持ちを込めて使っていることだろう。

(原文ロシア語)

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  • [2014.04.17]

歴史学者、日本学研究者、文学者。1951年ロシア生まれ。1973年モスクワ大学アジアアフリカ諸国大学(ISSA )卒業。1979年修士号、1991年に歴史学博士号を取得。修士号取得後、1979年より20年間わたりロシア科学アカデミー 東洋学研究所に勤務。2002年より上級研究員。その後、ロシア国立人文大学東洋文化古典古代研究所教授として教鞭を取る。ロシア日本研究者協会会長(2003年12月~2008年3月)、および学術論文雑誌「日本-筆と刀の道」の編集長を歴任。学術論文雑誌「東洋コレクション」の編集会会員。約300点に及ぶ著書があり、「明治天皇と当時の日本」で2012年人文科学部門における啓蒙家賞を受賞。学術書の他、詩集(3冊)と散文作品(3冊)を出版。翻訳家として、紫式部、石原慎太郎、川端康成等数多くのロシア語翻訳を手掛ける。

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