記憶と民主の火は消えず——天安門事件25周年

信太 謙三【Profile】

[2014.06.04] 他の言語で読む : ENGLISH |

今も変わらぬ中国共産党・政府の危機感

中国の民主化運動を武力弾圧して流血の大惨事となった1989年の天安門事件から2014年6月4日でちょうど25周年。中国共産党・政府は事件の再発を恐れ、民主活動家の監視を強化し、例年にもまして、天安門広場とその周辺地域の警備を強化しているという。インターネットの普及で、一般市民も指導者や幹部の腐敗問題、スキャンダル、貧富の格差拡大などを容易に知るようになり、党と政府に対する批判や民主化を求める声が高まっているからだ。

中国共産党・政府もこうした状況を把握しており、習近平国家主席は、2012年11月の党総書記就任直後の政治局集団学習会で「近年、一部の国家では、長期にわたって積み上がった矛盾が庶民の恨みを招き、社会が動揺し、政権が倒された」と指摘。「物は必ず先に腐敗し、その後、虫が発生する。大量の事実がわれわれに告げている。腐敗問題はますます激しくなっており、(このままでは)最終的に必ず党を滅ぼし、国家を滅ぼす」とまで語っている。現状に対する党と政府の危機感は強い。これが天安門事件再発への恐怖につながっている。

次々に姿を消す当事者たち

光陰矢のごとし。事件当時、20歳前後だった学生は今や40歳台で、事件を知らない若い世代が増え、当時の党と政府の指導者たちは次々とこの世や政治の表舞台から去っていった。武力弾圧を最終的に決めた最高実力者、鄧小平氏は8年後の1997年に死去。鄧氏を支持した長老の陳雲(中央顧問委員会主任)、王震(国家副主席)、薄一波(元副首相)、彭真(元全国人民代表大会常務委員長)、楊尚昆(国家主席)、李先念(元国家主席)の各氏は既にこの世におらず、事件によって上海市のトップから中央の最高指導者となった江沢民氏や首相だった李鵬氏は引退。武力弾圧に抵抗して総書記を辞任させられた趙紫陽氏は、軟禁生活を強いられながらも、最後まで自らの誤りを認めず、2005年に死去した。

中国共産党・政府関係者はいずれも、天安門事件に対する評価を問われると、「既に定まったことだ」と述べ、多くを語ろうとしない。だが、党と政府としての事件の評価はこの四半世紀で徐々に変わってきている。事件の直後は、殺気立った空気の中で、民主化を求めた学生や市民らの行為を「反革命暴乱」と断定。その後、この評価を取り下げたというわけではないが、事件を表現する言葉が「動乱」となり、現在は、「政治的風波」が用いられるようになっている。事件を「反革命暴乱」だと言い続け、学生や市民らが求めた民主化の要求を完全に切り捨ててしまうことができなくなってきているからだ。

ネットユーザーは既に6億人を突破

中国経済は、天安門事件の影響で一時停滞したものの、その後、回復。長期にわたって高度成長を続け、中国は今や、国内総生産(GDP)で日本を抜き去り、米国に次ぐ世界第2位の経済大国となっている。もちろん、この恩恵を受けられない人々も少なくない。が、中国の庶民の暮らしは確実に改善されてきており、中国ネットワークインフォメーションセンター(中国名・中国互連網絡信息中心=CNNIC)によると、同国のインターネット利用者は昨年末時点で6億1758万人に達したという。

すなわち、庶民の生活に余裕が生まれ、さまざまな情報をすばやく伝えるインターネットが急速に普及。この結果、多くの人たちの目が党や政府の指導者・幹部の腐敗に向かい、当局の監視の目をかいくぐって批判の声を上げられるようになってきたということだ。この中で、2008年12月9日、中国共産党の一党独裁を糾弾し、民主と自由、人権の尊重などを求めた「08憲章」なるものがネット上で突然流れ、大騒ぎとなった。

この「08憲章」には中国の著名な作家や学者、弁護士、記者など303人が署名。しかも、その後、ネット上で署名に加わる知識人が大幅に増え、「知識人の反乱」だと、党と政府を慌てさせた。発起人とされる作家、劉暁波氏はその後、逮捕され、2010年に「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年・政治権利剥奪2年の判決を受け、投獄されたが、ノーベル平和賞を受賞した。

中国を1966年から10年間にわたって大混乱に陥れた毛沢東主席の文化大革命時代では、とても考えられないことで、中国社会の中に民主化を当然視する考え方が広がり、国際社会もそれを支援する時代となってきたということだ。

強まる天安門事件の再評価

この中で、天安門事件の再評価を求める機運は、強まることがあっても、弱まることはない。6月4日には香港で毎年、中国の民主化や天安門事件の再評価を求めるデモが行われており、中国国内でも新しい民主活動家が次々にでてきている。これに対し、党と政府は警察力をフルに使って取り締まりを続けているが、根本的な解決には至っていない。中国民主化の松明(たいまつ)は天安門事件後も引き継がれている。

カバー写真=事件の現場となった中国・北京の天安門広場(2012年6月4日撮影、写真提供・ロイター/アフロ)

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  • [2014.06.04]

ジャーナリスト(中国問題専門家)、元東洋大学社会学部教授、公益財団法人新聞通信調査会評議員、ニッポンドットコム理事。1948年静岡県生まれ。73年早稲田大学第一文学部卒業、時事通信社入社。香港特派員、北京特派員、北京支局長、解説委員、上海支局長などを歴任。優れた中国報道によって96年度ボーン・上田国際記者賞を受賞。著書に『巨竜のかたち 甦る大中華の遺伝子』(時事通信社)、『中国ビジネス 光と闇』(平凡社)などがある。

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