ブラジルの優勝より平穏な生活を!
ブラジルW杯現地レポート2

矢内 由美子【Profile】

[2014.06.23] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | العربية |

6月12日にワールドカップが開幕してから10日あまりがたった。

ホスト国ブラジルがクロアチアとの開幕戦で白星スタートを切り、ドイツ、アルゼンチンなどの優勝候補も順当に勝ち点を稼いでいる一方で、前回の優勝国であるスペインが2試合終了時点でグループリーグ敗退が決まってしまうという大波乱。そして、日本代表は現在1分け1敗という崖っぷちの状態にある。

出場32カ国の明暗が徐々に浮かび上がってきている中、今回はピッチ外の明暗に目を向けてみた。

称賛された日本人サポーターのゴミ拾い

ギリシャ戦終了後、ゴミを拾うサポーター。(写真提供=時事)

今回のワールドカップでは、日本への応援の多さが目立っている。コートジボワールとの初戦には日本から約7000人のサポーターがやってきたと言われていたが、スタジアムでの日本人サポーター率はもっと高かった。

ブラジルにいる日系人が祖国の応援のために駆けつけたのはもちろん、スタジアムをさらに“日本化”させていた背景には、ブラジル人による応援がある。日本から来たサポーター有志が配った日の丸入りのはちまきをつけて応援するブラジル人が千人単位でいたのだ。

もともと、ブラジルでの日系人は知識階級に属する者が多く、また、圧倒的な勤勉さで尊敬を勝ち得ているが、今回はさらに日本人の株を上げる出来事があった。初戦のコートジボワール戦で逆転負けを喫した日本代表だが、スタジアムで声援を送った日本人サポーターは試合後、率先してゴミ拾いを行い、世界中から称賛された。欧州でも南米でも贔屓(ひいき)のチームが負ければ、サポーターはゴミを投げ散らかして帰ってしまうものだ。

ところが日本人は敗れてもゴミをきちんと拾う。これは第2戦のギリシャ戦でも続けられ、ここでは日本人にブラジル人も混じってゴミ拾いを行ったということが報道された。試合後にサポーター有志がスタジアムを清掃するのは日本代表戦に限ったことではない。Jリーグクラブでも同じような光景がある。日本が誇る“文化”がブラジルにも輸出されたという光景だった。

加速度的に増加する盗難被害数

一方、開幕を数日後に控え、世界各国から多くの観客が続々とブラジル入りしているころから、ブラジルの玄関であるサンパウロは、盗っ人の巣窟と化していた。

サンパウロ・グアルーリョス空港で、開幕戦会場のアレーナ・デ・サンパウロで、あるいは中心街のパウリスタ通りで、被害者が続出した。

レシフェの空港の到着エリアに設置された日本総領事館レシフェ臨時駐在所のブース。(写真提供=著者)

在サンパウロ日本国総領事館は、日本からブラジルへ渡航する人々に対し、メールアドレスの登録を呼びかけ、現地情報を送っているが、開幕前後の被害情報は数も内容も目にするだけで嫌な気分になるものだった。

多くはいわゆる置き引きであり、中には注意不足と思われる例もあったが、単純に日本人の“安全ボケ”が引き起こしたものではないことは明らかだ。被害は日本人に限らず、外国客全般に及んでおり、また、ファンだけではなく海外慣れしているメディア関係者もターゲットになっている。しかも盗難の件数そのものが尋常ではない多さだった。

今大会の12会場中、最も犯罪が多い都市の一つであるレシフェでは、在ブラジル日本大使館員が空港の到着エリアで注意喚起のチラシを配っていた。犯罪が極めて多いことで知られる南アフリカワールドカップでも行われていなかったことだ。

犯人が子供であっても抵抗は命の危機

チラシには「ブラジルは世界的に見ても非常に高い頻度で一般犯罪が発生しています。ほとんどの犯行に拳銃が使用され、少しでも抵抗すると殺害される可能性があります」と書かれていた。

特に危険なのは、意外にも子供であるという。なぜか。

ある日系ブラジル人によると、「マフィア的盗賊団に対しては警察当局が事前に『大会期間中は大人しくしているように』と申し渡し、話はついている」そうだ。ただし、「子供まではコントロールできない」。なるほど、と思った。

レシフェで配られたチラシには、「強盗にあったら、相手が子供であっても絶対に抵抗せず、要求された金品を渡す際はゆっくりと取り出すこと」と書かれていた。

交通機関のストライキで市民の生活は大混乱

2013年6月のコンフェデレーションズカップ期間中に活発に行われた、ワールドカップ反対やバス運賃の無料化などを訴えるデモ行進は、今大会中にもかなりの頻度で行われている。

デモを行うのは、一般市民団体、過激団体が中心だが、ときには同性愛者団体、先住民団体などのデモもある。大学生による抗議集会もあった。

ただし、デモに関しては基本的に各地の警察当局が事前に情報をとりまとめており、各国大使館や領事館に情報として伝えられている。

筆者は2013年のコンフェデレーションズカップの際、幹線道路を封鎖してタイヤを焼き払うなど過激な行動に出るデモ行進に遭遇したことがある。けれども、駆けつけた警察官たちは遠巻きに見ているだけだった。いぶかしく思っているとタイヤが焼け終わったと同時にデモ隊はすみやかに退散した。道路の封鎖は移動に支障を来すが、終わればさほどの影響はない。

むしろデモ以上に困るのはストライキだ。特に開幕前には公共機関従事者のストライキで交通が大混乱していた。ワールドカップ観戦のためにブラジル入りした多くの人々が「どこにも行けない」と音を上げていた。

5月にはレシフェの警察がストライキを起こし、町全体が無法地帯と化したため、奪略行為が野放しに行われたという事例がある。さすがに開幕してからはそういったケースはないが、どうにか最後までこのままいってほしいと願うばかりだ。

大事なことは「ブラジル優勝よりも私たちの暮らし」

ブラジルでは町のあちこちにブラジルのユニホームを売る露天商がいる。ユニホームには決まってネイマールの名前と背番号10がついている。(写真提供=著者)

筆者がブラジル生活の拠点としているのは、日本代表のベースキャンプ地でもあるサンパウロ州イトゥー市。キリンビールやトヨタなど日系企業が多くあり、サンパウロ州の中でも裕福だと言われている都市だ。

ワールドカップが開幕してから最初の日曜日だった6月15日のこと。市内にある大型ショッピングセンターを覗きにいくと、そこは大勢の買い物客で賑わっていた。客の服装や店内で売られているものの品質などを見ると、かなり裕福であることが分かった。

ふと、身ぎれいな中年女性に英語で声を掛けられた。ブラジルでは英語を話す人は少ないので、いろいろと立ち話をした。女性はワールドカップ開催に反対しているのだと力を込めて言った。

「ブラジルは開幕で勝ったけど、私たちは誰も喜んでいないのよ。誰一人としてブラジルが優勝することを望んでいないの。なぜなら、ブラジルが優勝すれば、10月にある大統領選挙で(現職の)ジルマ大統領が再選されてしまう。何がワールドカップでしょう。それより大事なのは私たちの暮らし。経済や教育にもっとお金を掛けるべきなのよ」

市民の生の声、本音の叫びを聞くことができ、有意義な時間だった。ただし、一方ではブラジルの勝利を喜び、優勝を願う人々も大勢いることも知っている。ブラジルの試合があれば仕事は休みになり、試合に熱中する姿がある。これも紛れのない事実だ。

(2014年6月23日 記)
(タイトル写真はコートジボワール対日本戦で声援を送る日系人ら。写真提供=時事)

  • [2014.06.23]

スポーツライター。1966年6月23日、北海道生まれ。北海道大学卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、テニス、五輪、サッカーなどを担当。2006年に退社、以後フリーランス。著作は『Jリーグ15年の物語 カズ&ゴンたちの時代』(講談社/2009)、『ザック・ジャパンの流儀』(学研新書/2011)など。

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