ブラジルでつかんだ日本サッカー未来への礎:W杯現地レポート3

社会

あまりにも遠かった“世界一”という目標

コロンビア戦でジャクソン・マルティネスに3点目を決められる。(時事)

日本にとって5大会連続5度目のワールドカップが終わった。

結果は1分け2敗、勝ち点1でグループリーグ敗退という惨憺(さんたん)たるもの。ベスト16まで進んだ前回の南アフリカ大会や02年の日韓大会と比べようもないのはもちろんのこと、本田圭佑(ミラン)、香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)、長友佑都(インテル)といったビッグクラブ所属の選手たちが名を連ねた今回の日本代表にはかつてない期待が懸かっており、だからこその失望も大きかった。

ただ、忘れたくないのは、今回のワールドカップは選手が初めて「世界一を狙う」と公言して臨んだ大会だということだ。

アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は、かつてない高い目標を掲げて乗り込んだブラジルの地で、何を見せ、何を感じ、何をつかんだのだろうか。

かつてない玉砕に呆然自失となった選手たち

1次リーグ敗退に終わり、帰国する日本代表。(時事)

グループリーグ初戦は6月14日のコートジボワール戦だった。日本は本田のワールドカップ通算3得点目となるゴールで先制して勢いにのるかと思われたものの、その後はリードを守ろうという消極的な姿勢に陥り、1-2の逆転負けを喫した。

後半19分と同21分というわずかな時間での2失点が選手に与えた動揺は大きく、結果的には初戦の敗戦が最後まで重くのしかかることになった。

19日のギリシャ戦では10人になった相手を崩せずに0-0のスコアレスドロー。2点差以上での勝利を目指してスタートした24日のコロンビア戦では1-4と玉砕した。

グループリーグ敗退が決まると、選手たちは茫然自失の表情でピッチに立ち尽くしてしまった。長友はピッチに座り込み、しばらく立ち上がれず、インテルの同僚であるグアリンに肩を抱かれ、ようやく我を取り戻した。本田はうつろな目線をさまよわせ、二度、三度と宙に向かって叫んでいた。自分たちへの期待が大きかっただけに、現実を受け容れるのは難しかった。

日本チームに欠けていたのはメンタルと“インテンシティ”

3試合とも展開はそれぞれだったが、共通の課題があった。まずはメンタルの弱さだ。

特に初戦のコートジボワール戦では多くの選手が過緊張の状態に陥っていた。試合後には「自分たちのサッカーをできなかった」という声を多く聞いたが、これは「普段通りの動きができなかった」ということと同意である。

前線から相手にプレッシャーを掛け、高い位置でボールを奪い、豊富な運動量と細かなパスワークで相手を揺さぶり、人数を掛けたコンビネーション攻撃でゴールを陥れる。このスタイルは、やっている選手にとっても見ているファンにとっても楽しいものだ。

ただし、このスタイルは運動量を必要とし、結果的にブラジルでの日本はこの運動量が足りなかった。3試合とも相手チームより走行距離は多かったが、もっと多くなければいけなかったのだ。

ザッケローニ監督がよく口にしてきた「インテンシティ」も足りなかった。この場合の「インテンシティ」とは、強さや迫力を表す。日本は球際やゴール前での強さに欠けていた。

最も期待されながら無得点に終わってしまった香川は「自分自身に負けた。4年に1度の大会で自分たちのサッカーをし、それを出し切るためのメンタリティーや、チームとしての強さが足りなかった」とうなだれた。

個人の状態としては最も良かった長友も「ボールを持ったときの最終的な迫力や精度が足りなかった。選手間の共通意識もなかった。コンディションの問題ではなく、迷いがあった」とガックリ肩を落としていた。

すべてがダメだったわけではない

退任を発表したサッカー日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督。(時事)

ザッケローニ監督は敗退後、「このチームは自分たちのアイデンティティーを持っている。それを持ち続けないといけない」と言ったが、果たして日本は本当に「アイデンティティー」を持っているのだろうか。

当事者である選手の答えは半分「イエス」で、半分「ノー」だろう。

キャプテンの長谷部誠は、「今回は自分たちがこの4年間で積み上げてきたものを出せなかった。けれども、ここでまた新しい道を模索していくのか、今までの方向性を継続していくのか。日本の10年、20年先を見た場合、継続していくのがいいというのが個人的な思いだ」と言い切った。

日本代表最多キャップ数である146試合出場を誇る遠藤保仁は、自身にとって3度目のワールドカップを終え、長谷部に同調する。

「僕は今回のこの結果ですべてがダメだとも思っていない。自分たちはこの4年間、このスタイルを貫き、1歩も2歩も前進した。日本の特徴は、ボールをすばやく回しながら攻撃的にやっていくことで生きる。それは間違いない」

攻撃的サッカーの土台はできた

日本代表はこの4年間でアジアカップを制し、フランス、ベルギーとのアウェイマッチでも勝利を収め、また、最大のライバルである韓国との4度の対戦で3勝1分けという胸のすくような結果を残してきた。

ブラジルで夢破れた悔しさを感じるなら、それは夢を見た証拠でもある。ザックジャパンが世界舞台で見せたのはふがいない姿ばかりだったかもしれない。しかし、選手がそこで感じたのは、敗れてなお、これまで取り組んできたことを軸として継続していきたいという思いである。

本田は「新たな物差しを考えないといけないと思っているが、世界一になるという目標を変えるつもりはない」と顔を上げている。

2005年11月、中村俊輔が所属するスコットランドリーグのセルティックに取材に行ったときのことだ。スタンドには大物ミュージシャンのロッド・スチュワートの姿があった。自らもプレーしていたサッカー通であり、セルティックの「永久指定席」を持っている彼の姿を見つけ、試合後に中村の印象を尋ねると、「中村は良かった。いくつかのいいタックルがあったね」と気さくに答えてくれた。

しかし、実際には中村はタックルをしていなかった。不思議に思い、地元記者に聞くと、「いいタックルをしていたというのは、良かったと言いたいときの常套句なんですよ」と教えてくれた。

ファンが良いと思うプレー、見たいと思うプレーは国によって違う。例えば1対1が好きなドイツでは試合中の1対1の勝敗がすべて数字で出てくる。激しいコンタクトプレーが好きな国もあれば、華麗な技術を何より愛する国もある。

日本が目指すべき方向性は、この4年間に取り組んできた攻撃的スタイルをさらに確固たるものにするということを軸に据えつつ、そのうえで弱点を補い、攻撃のバリエーションを増やしていくということだ。もちろん、勝つためのゲーム・マネジメント力をつけることは必須だ。

選手が高い目標を持ち、その目標をファン・サポーターと共有しながら戦ったからこそ得られた思い。日本サッカーがブラジルでつかんだ未来への遺産である。

タイトル写真=コロンビア戦に敗れ、ピッチを去る日本代表(時事)

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