チャンドラ・ボース復権に込めたインド・モディ新政権のサイン

ペマ・ギャルポ【Profile】

[2014.07.10] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 |

世界最大の民主主義国家、インドの総選挙が行われ、大方の予想通りインド人民党(Bharatiya Janata Party=BJP)が圧勝で単独過半数を獲得した。新政権としては、人民の力党(Lok Jan Shakti Party)、シロマニ・アカリ・ダル(Shiromani Akali Dal)党、シブ・セナ(Shiv Sena)党、テルグ・デサム(Telugu Desam)党を含む、国民民主連合政権が誕生した。

今回の選挙の目玉は、最初からBJPから首相候補指名を受け、いち早く注目を集めたナレンドラ・モディ氏の圧倒的人気にあったと言える。グジャラート州で奇跡的な経済発展を成し遂げた成果を評価した財界と、伸び悩んでいる最近のインド経済の救済主として中間層からの期待が大きい上、最近は傲慢に振る舞い暴走する中国に対抗するために強いリーダーを求める傾向があった。このため国内外両方から、モディ新首相に大きな期待と注目が集まっている。彼はそれにどう応えようとしているのか。彼の言動を解読し、新首相の人物と政策を理解する試みをしたいと思う。

安全保障で妥協はしない

モディ氏は州首相時代から、彼を支えて来た信頼度の高い優秀な者たちを中心に、しっかりした側近グループを維持しつつ、安全保障と外交に関して多大な影響力を持つ国家安全担当補佐官に、アジット・ドヴァル(Ajit Doval)氏を任命した。これはモディ新首相の最初の人事であり、彼の外交・防衛の政策の方向性を示す意味で大変重要な人事であったため、各方面から注目された。

前政権からの登用は駐日次席大使、駐中国大使、外務次官等を歴任していたシブ・シャンカル・メノン(Shiv Shankar Menon)氏をはじめ、元事務次官や現職のベテラン外交官、元官房長官、元情報・諜報のトップ達、5、6人の名前が噂されていた。そしてモディ氏は最終的に元情報局長のドヴァル氏を政権の要のポストに配置することで、法治国家の安全保障に関しては頑固一徹の姿勢を示した。

69歳のドヴァル氏は6年間の駐パキスタンのインド高等弁務官勤務の経験や対テロ問題で、これまで数多くの交渉の中心的役割を果たしてきた。パキスタンとテロ対策通であり、タカ派的でタフな交渉役として定評のある人物である。彼は国内でもミゾラム(Mizoram)、パンジャブ(Punjab)、ジャンムー・カシミール(Jammu and Kashmir)などのテロ鎮圧の指揮を執ったことで国民的英雄になった人物だ。国家の安全保障に関しては一貫して強硬派としてぶれなかったことが、モディ新首相の白羽の矢に当ったのである。つまりモディ首相は国内外に対して、自分は安全保障に関しては安易な妥協はしないが解決に向けて積極的に対処していく、と言う強い決意を表したのである。このメッセージは、特にパキスタンと中国のリーダー達には十分伝わったと思う。

強いリーダーへの布石

このようにモディ首相は、自分の側近グループにドヴァル氏を迎える事でしっかりしたチームの土台を固めた後、閣僚の人選に入った。ここでも彼はさまざまな慣習や慣例を破って自ら強いリーダーシップを発揮していく姿勢に加え、自分は単なる原理主義的民族主義者、ヒンズー至上主義者ではなく、理性的な現実主義者であることをアピールした。

BJPには、少年期からインド独立運動に加え半世紀以上も政治活動に身を投じてきた長老が何人もいる。彼等は口達者で頭脳明晰、身体も丈夫、やる気も十分だったが、今回は閣内には迎えられなかった。このなかで元首相のバジパイ氏は車椅子の生活を送っており、さすがに健康的に閣僚の激務に耐えられる状況にない。しかし、首相以外ほとんどの主要閣僚を経験している元副首相のアドバニ氏は、84歳を過ぎても高投票率を獲得し健在ぶりを発揮していた。モディ氏はモディ色の新内閣を発足され、長老たちを政権の中枢からはずすことで、新時代が到来したこと、そして自分が名実共にリーダーであることを印象づけているように思う。

「小さな政府、大きな機能」をアピール

次に、閣僚の顔ぶれが意味することを考察してみたい。まず閣僚の人数を前政権より4割近く縮小することで「小さい政府、大きな機能」で成果主義、経済的な無駄のない政府をモディ政権の性質としてアピールしている。

インドの内閣でB4(Big4)主要閣僚は内務大臣、外務大臣、国防大臣、大蔵大臣である。内務大臣には当時のBJP総裁ラジナット・シン(Rajnath Singh)氏を起用した。彼は総裁として、当時のモディ氏のグジャラート首相としての行政手腕を評価し、党の首相候補として認め、当選後も組閣を自由にさせた。その当選答礼的な意味もあっての起用だ。

外務大臣に任命したシュスマ・スワラジ(Sushma Swaraj)女史は、上院下院において長年の議員生活の経験とBJP野党時代、同党と連立を組む国民民主連合(National Democratic Alliance)の議員団長として指導力を発揮してきた。彼女は史上最年少で州大臣となり、上下両院議員も三期ずつ勤めた大ベテランの政治家である。女史はモディ氏の首相候補指名に関しては消極的な立場を取っていたが、モディ新首相は挙党、協調、国益優先の内閣を実現するため、今回、スワラジ外務大臣には印僑担当相も兼務させている。モディ経済政策と景気回復のため、インドの経済発展そのものにとっても、印僑は極めて重要である。

B4は国家安全委員会の構成員であり、スワラジ外務大臣はインディラ・ガンディ首相以来、史上二番目の女性主要閣僚である。モディ首相はスワラジ女史の他、5人の女性を閣議内大臣(連邦大臣とも言う)に任命した。これは連邦大臣の25%を占めることになる。最年長のヘプトュ−ラ(Heptulla)女史は少数民族担当相で閣内唯一のイスラム教徒である。あと最年少の38歳、元女優のシンムリティ・イラニ(Smriti Irani)女史が人材開発大臣(日本でいう文部大臣)兼水資源とガンジス川清掃清浄浄化再生担当大臣(water resources,river developments,Ganga rejuvenation)に任命されたように、有名で話題性の高い実力者の女性大臣の起用はメディアの注目度も高く、庶民的な内閣のイメージ作りにも十分配慮し、バランスを重視する、各方面に配慮した人事を行っている。

国内融和へのバランス配慮人事

BJPは単独でも政権を担当出来る議席を確保できているが、予定通り各政党連立パートナーからも人材を導入、起用することで彼の“調和の精神”を表した。

今回18名の当選者を出したシブ・セナ党の実力者アナント・ギーテ(Anant Geete)氏を重工業・公共事業大臣に、16議席を手にしたテルグ・デサム党からはアショカ・ジ・ラジュ(Ashok G. Raju)氏を民間航空大臣に迎えた。諸党からは6議席を取った人民の力党の党首ラムビラス・パスワン(Ramvilas Paswan)氏を食糧・消費大臣に任命した。

4議席を獲得したシロマニ・アカリ・ダル党からは、パンジャブ州副首相夫人のハリシマット・カウル・バダル(Harismat Kaur Badal)女史を食糧生産工業大臣に起用。たった2議席しか取っていないラシュトリヤ・ロク・サマタ(Rashtriya Lok Samata)党のペンドラ・クシュワハ(Upendra Kushwaha)氏を閣議外大臣として地方開発、飲料水などの担当相に任命した。つまりBJPが圧倒的な議席を手にしたにも関わらず、モディ氏は謙虚に連合の仲間達と勝利を分かち合い、調和の政治を目指す調停能力をも明確にアピールしているように読み取れる。

もう一つ注目すべきことは、日本や中国に多く、インドでも問題視されている、世襲の入閣者がたった2人であることだ。

女性への配慮の他、諸部族・少数民族からも6人入閣させた。内3人はダーリット(不可触民)である。学歴も初等科卒業から博士までさまざまであるが、連邦大臣23中7人が弁護士出身である。財力も公開させた。平均的には中流層の上位に位置する位で、出身地方もかなり配慮したバランスの取れたものである。平均年齢59.6歳。経験、実力、体力ともに充実した内閣であることを示している。

中国・パキスタンへの強い姿勢

モディ首相の外交と防衛に関するシグナルは何か。モディ氏はパキスタンと中国、そして日本が“重要”だと発言している。その“重要”の意味がそれぞれ違う事に気づくことが肝要である。中国とパキスタンに対しては、真剣に対応するが強気姿勢で臨む体制をはっきり打ち出している。

就任式典に南アジア地域連合の首脳を招待することで地域内における存在感を示すと同時に、パキスタンのシャリフ大統領との初顔合わせを、自分にとって有利な環境での対談に誘導した。懸案から逃げるのではなく、率直解決を望んでいると直接伝えることで、シャリフ大統領に「(両国関係において)モディ政権の誕生は、大事な時期、大事な機会である」と言わせた。

この就任式典はアメリカの大統領就任式に匹敵する壮大さで世界中の注目を浴びた。特にパキスタンとの首脳会議の実現は、南アジア地域全体の安全と発展にとって重要な課題を解決するためには、安定政権と強いリーダシップが必要だというメッセージを国内外に送った。

中国に関しては政治的には強く、経済的には柔軟性を持った現実路線を模索している姿を打ち出している。選挙運動中にはベナラスで、中国の「拡張主義的体質」を鋭く批判した。また、半世紀以上インドにあるチベット亡命政府の首相他閣僚が就任式に招待された。当然中国当局も気がついていないはずがないが、特に強い抗議はなかったようだ。選挙遊説中の「拡張主義」発言に関して、中国の報道官は「あれは選挙中の発言だ」として事を荒立てず、むしろ州首相が4回も訪中した事実を重視する姿勢を示した。

注目すべき事は、前陸軍参謀総長のシン(V.K.Singh)将軍を外務国務大臣印僑担当兼務北西地域開発独立担当大臣に任命したことだ。シン前陸軍参謀総長はインドの軍の近代化、軍事力強化と、中国の危うさを唱え続けて来た人物である。中国はインドの北西地域を自分の領土であると主張し、中国はこの地域の住民は自国民であるとして、インドのパスポートでの出入国を認めない方針をとって来た。印中関係の争点の一つである。

インドのメディアによると、モディ首相はこの地域選出の議員を国防省のナンバー2に任命した。これは中国に対してチベット問題や国境問題に関して安易な妥協はしないという意味だが、一方においては中国の国家主席並びに首相を招待するなどして、建設的対話と経済交流に意欲を示している。パキスタンと中国に対しての“重要”の意味は緊張と相互不信を背景にしたものである。

チャンドラ・ボース復権が意味するもの

日本に対しては、いろいろな場面で日本と安倍政権に好意的な発言を繰り返し、称賛、敬服している。モディ氏は選挙中、インド独立のリーダー、チャンドラ・ボースに国として文民の最高の勲章を贈ると言明した。ネルー以来インドの歴代首相は日本と友好関係を保ってきた。特に戦後日本の主権回復と国際社会への復帰にとても前向に協力してきた。アメリカを初め多くの国々から招待受けた中で日本を優先的に訪問先にする姿勢を示したのも、単に経済的な理由ではなく、地政学的、精神的にも、日本との関係者を優先している証である。

モディ首相は自分のリーダーとしての立場を明確にし、国会議員の自覚を求め、気運と緊張を煽っている。日本でも安倍政権誕生で国民の気運が前向きになったように、モディムードがインド国民に自信と期待感をもたらしている。その原動力は、リーダーの前向きな言動にあると思う。

カバー写真=ナレンドラ・モディ・インド新首相(写真提供・AFP/時事)

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  • [2014.07.10]

政治学者、桐蔭横浜大学教授。1953年チベット・カム地方ニヤロン(現・中華人民共和国四川省)生まれ、59年にダライ・ラマ14世に従いインドに亡命、65年訪日。亜細亜大学法学部卒業、上智大学大学院中退、東京外国語大学アジア・アフリカ研究所修了。ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表、チベット文化研究所所長、拓殖大学海外事情研究所客員教授、ブータン王国首相顧問など歴任。

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