軋轢生む習主席のトップダウン外交——米中対話も成果なし

信太 謙三【Profile】

[2014.07.17]

中国では「中華民族の偉大なる復興」を掲げる習近平国家主席への権力集中が急速に進み、対外政策にも反映。その高圧的な対応が周辺諸国との間で軋轢(あつれき)を生んでいる。北京で開かれた第6回米中戦略経済対話もそれが災いしてほとんど成果なく終わった。

中国人ハッカー問題では話し合いにも入れず

米中戦略経済対話は今回、7月9日と10日の2日間、北京の釣魚台国賓館で開かれ、米国からはケリー国務長官とルー財務長官、中国からは楊潔篪(ようけっち)国務委員と汪洋副首相らが出席。習主席が開幕の挨拶を行い、北朝鮮、核拡散、人民元、投資協定、民主と人権、政治の透明性、周辺諸国問題などが取り上げられた。しかし、会議では双方が自らの主張を一方的にまくしたてる場面が少なくなく、ケリー長官は会議終了後の記者会見で「気候変動での協力、核兵器の拡散防止、海上事故発生の機会減少などで合意をみた」としながらも、「(米中間に)深刻な意見の相違がそのまま残った」ことを認めた。

また、報道によると、南シナ海や東シナ海で起きているベトナムやフィリピン、日本などとの軋轢については、中国側は「主権の問題で(第三国は)介入すべきではない」として譲らず、米国側は「地域の平和と安定を犠牲にして領土問題を解決するというやり方は絶対に受けいれられない」と激しく反論。米国の政府機関などに進入してくる中国人ハッカーの問題では、中国側は米国がハッカー行為で中国軍関係者5人を訴追したことを理由に、話し合いに入ろうともしなかったという。

米国、中国の“大国”気どる不遜な態度に辟易

今回の米中戦略経済対話がこうした不毛な結果に終わった最大の理由は米国側を辟易(へきえき)させた中国側の不遜な“大国”気どりにあったとされる。それを最もよく表していたのが習主席の発言で、同主席は冒頭の挨拶の中で米中対話の重要性を強調したものの、「中国 と米国が対抗すれば、それは両国と世界にとって必ず災難になる」と指摘。自国の軍事力を暗に誇示して米国を威嚇すると共に、「太平洋は広く、中米二つの大国がともに発展していける余地がある」との持論を展開。太平洋の東西二分割を想定しているような「新しい型の大国関係」の樹立を呼びかけた。

これに対し、ケリー長官は「(米国に)中国を封じ込めようとする意図はない」と前置きし、「(新しい型の大国関係は)言葉ではなく、行動によって、われわれが共に行う選択によって定義されるものだ」と反論し、これで会議の雰囲気がいっきに悪化してしまったという。

習主席の独裁で硬直化する中国の対外政策

中国は習政権になって一段と強気になり、周辺諸国に対しても高圧的にでてきている。同国の対外政策は従来、改革開放を主導した鄧小平氏(故人)の指示で、「韜光養晦(とうこうようかい=光を韜〈つつ〉み、養い、晦〈かく〉す)」、即ち、「才能を隠し、力を養い、相手を油断させて対応していく」との大方針にそって進められてきた。外部から人材や資本、技術を導入し、中国経済を発展させていくためには、対外的に腰を低くし、柔軟に対応していかなければならなかったからだ。この結果、中国は長期にわたる高度経済成長を実現した。

しかし、習主席はトップに立つと、「中国の夢」という言葉を繰り返し、ナショナリズムを煽り、「中華民族の偉大なる復興」を目指して走り出した。中国共産党の威信が指導者や幹部の腐敗で低下する中、ナショナリズムで人民を団結させ、党の指導の下で強大な国家を建設し、党の威信回復を図ろうとしているためだ。

この中で、中国の軍事力、特に海軍力の強化が一段と進み、中国海軍は今や、九州、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオを結ぶ“第一列島線”を事実上突破し、西太平洋に頻繁に出入りし、米国に揺さぶりをかけるまでになっている。

また、東シナ海や南シナ海では軍事力をちらつかせて周辺諸国を威圧。日本が実行支配する東シナ海の尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺海域では、中国の船舶や航空機が日本の領海・領空を頻繁に侵犯。中国とベトナムが領有権を争う南シナ海の西沙(英語名・パラセル)諸島近くでは、中国側が一方的に石油資源の掘削を始めたり、中国漁船がベトナム漁船にぶつかって沈没させたりもしている。

習主席のトップダウンで霞む中国外務省

ただ、ベトナムとの関係では、李克強首相が昨年10月にハノイを訪問し、ベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長と会談。双方が領有権を主張する海域での石油資源については、「共同開発」が決まった。中国とベトナムの政府が長期にわたる話し合いによって積み上げた結果だったのだが、この方針が一年もたたないうちにひっくり返ってしまったわけだ。

李首相の面子はまるつぶれで、中国外務省はベトナムとの関係修復に必死になっている。が、中国外交の重要決定事項は、外務省ではなく、習主席が側近の党中央政策研究室主任の王滬寧氏に意見を求め、自ら決めているという情報がある。こうしたトップダウン方式は外交だけではなく、政治、経済、軍事などにも及んでおり、中国の統治システムはその方向で改変が進んでいる。

中国は共産党による“一党独裁”の社会主義国家であり、党のトップである総書記になれば、国家主席と中央軍事委員会主席のポストも兼務する。これが一般的で、習氏もこれに倣っているわけだが、実際の政策運営のスタイルは、指導者の性格によって、大きく異なる。習主席の前任者である胡錦濤氏は“集団指導体制”をよしとし、最高指導部ともいうべき「党中央政治局常務委員会」でも、担当業務をしっかりと分け、外交を含む重要問題では「多数決」を採用していたという。

権限は2つの「指導小組」で習主席に集中

だが、習政権では、これが一変。胡政権時代は温家宝首相(当時)が経済と外交をリードしてきたが、習主席は経済分野でも強い指揮権をもつ「全面的な改革を深化させるための中央指導小組」を設立し、自ら「組長」に就任。李首相は、劉雲山、張高麗の両政治局常務委員と共に「副組長」となり、同指導小組で決まった経済政策の大方針を受け、配下の各省庁を動かすだけになってしまった。

それだけではない。習氏はこれと共に、強大な権限を与えられた「中央国家安全委員会(CNSC)」を立ち上げて「主席」に座り、李首相はここでも全国人民代表大会の張徳江常務委員長と共に「副主席」に就任。習主席の意向を受け、外務省を含む政府の各機関を動かす形となっている。このため、中国のありとあらゆる政策に習主席の意向が色濃く反映。決断は速いが、柔軟さに欠け硬直化し、状況を悪化させるといったマイナス面もでている。中国がますますやっかいな存在になってきた。

カバー写真=米中戦略経済対話での習近平・中国国家主席(右)とケリー・米国務長官(提供・ロイター/アフロ)

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  • [2014.07.17]

ジャーナリスト(中国問題専門家)、元東洋大学社会学部教授、公益財団法人新聞通信調査会評議員、ニッポンドットコム理事。1948年静岡県生まれ。73年早稲田大学第一文学部卒業、時事通信社入社。香港特派員、北京特派員、北京支局長、解説委員、上海支局長などを歴任。優れた中国報道によって96年度ボーン・上田国際記者賞を受賞。著書に『巨竜のかたち 甦る大中華の遺伝子』(時事通信社)、『中国ビジネス 光と闇』(平凡社)などがある。

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