日本は静観を——「意地」と「欲」で迷走するウクライナ情勢

河東 哲夫【Profile】

[2014.07.30] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 | Русский |

東ウクライナでは遂に民間機の撃墜まで起き、298名もの人々が命を失った。そして東ウクライナの住民も、よそ者同士の争いに巻き込まれるのを嫌って、50万人以上がロシア領に避難した。しかしウクライナをめぐる東西対立の一方にいる米国オバマ政権は、この紛争で何を求めているのか、どこまで行くつもりなのか、明確な方針を欠いている。ロシアの方も、好戦派と妥協派がクレムリンで争っていると伝えられる。あえて野球試合に例えると、投手はノーコン、打者はファンが勝手に登場、観客ゼロ、といった乱戦に相当するだろう。

ウクライナの混乱、ソ連崩壊後の揺り戻し

このようになったのは、ウクライナのヤヌコーヴィチ前大統領が財政支援を引き出すためにEUと連合協約を結ぼうとしたものの、プーチン・ロシア大統領から猛烈な反発と同時に融資供与という餌を差し出されるや、この協約をあっさりと捨ててしまったことに発する。かねて米国NGOなどが養ってきたウクライナの「民主主義」勢力は反ヤヌコーヴィチ運動を盛り上げ、それに全国の不満青年分子が糾合してキエフで無政府状態を演出、ヤヌコーヴィチを追い出してしまった。これを米国による対露攻勢と認識したプーチン大統領は、それからわずか3週間あまりでクリミアを併合し、ロシア海軍の基地セヴァストーポリという最低限の足場を守ったのである。

端的に言うなら、米国の一部勢力はウクライナをEUやNATOに組み入れて、冷戦におけるソ連の「敗戦」を決定的なものにせんとし——オバマ大統領の意志ではない——、できるならロシアにおいても「レジーム・チェンジ」で民主化を実現したいと考えている。

他方、プーチン・ロシアの方は、冷戦での敗戦はオウン・ゴールだと思っていて、敗戦意識はもう消えている。リーマン・ブラザース金融危機で米国は弱体化したと思い込み、自分の勢力圏・商圏を囲い込んで「ユーラシア連合」を作る好機と考えている。そのためには旧ソ連内でロシア共和国に次ぐ勢力を持っていたウクライナを是非確保しておきたい。今のウクライナは、ソ連崩壊という大地震の後の、いわば揺り戻し、米露の意地の張り合いの場になっているのである。

本気では手を出せず、手を出す気もない米露

しかし米露は、双方とも足元が定まらない。オバマ大統領は海外への武力介入を極力避けようとしているが、スーザン・ライス補佐官やヌランド国務省次官補(欧州担当)たちが「民主主義の拡大」路線を相変わらず追及しており、両者の間で捩じれを生じている。そのため米国はウクライナ政府を反露でけしかけておきながら、十分な支援ができないでいるのである。

他方、ロシアは東ウクライナを併合する気はなく、軍事介入する勇気もない。東ウクライナ住民の多くはロシア語を母語としているといっても、ロシアへの併合は望んでいないし、ウクライナの政治・経済を握る財閥は東ウクライナを根拠地としていて、ウクライナ政府はこれをロシアには渡すまい。ロシアにとっても、あえてこれを併合すれば、人口1500万人余の年金・給与(公務員・準公務員が多い)負担を抱え込み、ロシア財政は破綻する。そして東ウクライナに軍事介入をすれば、西側による制裁は強烈なものとなり、昨年の成長率は1.3%に落ち停滞を強めるロシア経済を、更に沈み込ませることとなるだろう。ロシアが積極的でない背景には、このような事情がある

だからロシアは、東ウクライナを非武装地帯にして、NATO軍がロシア国境までは押し寄せない体制を確保する、ということで手を打ちたい。しかし米国やウクライナ政府は、そこまで譲ろうとはしない。だからロシアは武力で東ウクライナに拠点を確保し、それを西側との取り引き材料とするしかないのである。ところが、ロシアから東ウクライナに入り込んだ武装勢力はクレムリンの意向の通り動くわけではない。中心勢力はロシア軍諜報機関のGRUだと言われているが、その他にも騒ぐ場を求めてやってきたロシアの国家主義的「スキンヘッド」の青年達が混ざっている。この烏合の衆の指揮系統は一本化されておらず、バラバラの状態である。

まとまる見込みのないウクライナ、丸抱えする気のないEU

そしてウクライナ政府も、まとまっていない。南部を抑えるコロメイスキー(財閥の一人)は反露であるが、ポロシェンコ・現ウクライナ大統領には従わず、私兵を抱えて独自の動きを示しがちである。最大の財閥・アフメトフは、東ウクライナでの利権を守るため、ロシアとの裏取引を続けていることだろう。ヤヌコーヴィチに反対してキエフに蝟(い)集した不満青年たちはまだキエフで無聊をかこっており、機会があれば今度はポロシェンコ大統領に反抗して騒ぎを起こすことだろう。

ウクライナ政府は東ウクライナから親露分子を駆逐したいが、ウクライナ軍は弱体な上、EUはもちろん、米国も、ウクライナ政府に対して本格的軍事支援をしてくれるわけではない。他方、ウクライナの諜報機関にはロシア分子が以前から入り込んでおり、ウクライナ政府、米国としても完全に信を置けるわけではない。

EUの老舗諸国は、ウクライナ問題に本気で取り組む気はない。彼らは、ウクライナがEU寄りの西部と、ロシア寄りの東部に分裂していて、EUやNATO加盟で一丸になることはあり得ないことをよく知っているし、依存体質が強く腐敗したウクライナを丸抱えする負担にも尻込みしているのである。ウクライナとの連合協約を熱心に推進したのは、ポーランドやリトアニアなど新しいEU加盟国で、彼らはロシアの復活を怖れるがゆえに、ウクライナを緩衝地帯として確保したいのであろう。

プーチン辞任もあり得る事態収拾への道

このような、「意地」と「欲」が作り出す、住民の生命と生活に対して無責任な惰性構造の中で、事態を動かし得るのはロシアだろう。いくつかの可能性が考えられる。その一つが、プーチンが身を引くこと(辞任)、あるいは引かされることである。クリミア併合でロシア国民の喝采を得たプーチンだが、東ウクライナでの煮え切らない対応は、その支持を引き下げるだろうからである。

しかし、プーチンが代わったところで、後任は急に妥協するわけにもいくまい。ロシアは、米国が思っているような「独裁国」ではなく、政府からの恩恵を期待する大衆が皇帝=大統領を担ぐポピュリズム政体、一大利益共同体なので、指導者は大衆の気分、軍、諜報機関の意向を無視できないのである。

したがってあり得るシナリオは、シリア、イラン、あるいはアフガニスタンでロシアが何かを譲るか、米国に貢献をして、それを取り引き材料に東ウクライナの非武装地帯化を確保する、というようなものであろう。シリアではもう材料はあるまいが、イランではロシアからの核燃料供給を抑制することで、イランの核開発を止めることができる。アフガニスタンでは、北部タジク族への支援を強化することで、タリバン復活への抑えとなることができる。

日本は“洞ヶ峠”でしばし静観を

このような情勢では、日本はしばらく静観を決め込むしかない。日本には、ロシアを庇ったり、逃げ道を用意してやれるだけの力はない。それなのにプーチンにゴマをすって歓心を買おうとすれば、日本の品位を下げるだけで、日露関係にはむしろマイナスとなろう。今は、洞ヶ峠を決め込むのがよい。プーチンの訪日についても、今からどうこう言う必要はない。「適当な時期を調整中である」と言っていればいいのであるし、ロシアも藪をつついて蛇を出す——つまり、時期設定を焦って日本側から訪問延期を明示的に言われてしまう——ような野暮はしないだろう。

そして対露制裁は、EUの出方に合わせれば良い。EUがロシアの石油・ガス輸入を断念することはあるまい。ただし、エネルギー開発関連技術の輸出は、制裁対象となる。日本からのLNGプラント輸出商談はしばらく棚上げとなる。

注目はやはり中国の出方

いうまでもなく、日本はロシアを、対中関係との絡みでも見ていく必要がある。その意味で、夏恒例の北載河避暑地での中国要人たちの談合の結果、どのような対日・対米・対露政策が打ち出されるか、大いに注目されるところである。

ロシアとの関係では、中国が「大シルクロード構想」をどのように、どこまで進めていくつもりかが、一つの焦点となる。今のロシアにとって、頼りになる相手は中国しかいないのだが、中国がそれを好いことにロシアの金城湯池である中央アジア、コーカサス諸国にまで「大シルクロード構想」という投網を投げかけたりすると、ロシアとの間で摩擦が生ずることになるだろうからである。

カバー写真=マレーシア航空機撃墜現場(提供・AP/アフロ)

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  • [2014.07.30]

ウェブサイト「Japan and World Trends」代表。1947年東京生まれ。1970年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。ハーバード大学大学院ソ連研究センター、モスクワ大学文学部への留学を経て、東欧課長、在ロシア大使館公使、在ウズベキスタン・タジキスタン特命全権大使などを歴任。退官後は東京大学および早稲田大学の客員教授、東京財団上席研究員などを務める。著書に『ロシアにかける橋―モスクワ広報・文化交流ノート』(かまくら春秋社、2006年)、『意味の解体する世界へ』(草思社、2004年)など。(プロフィール写真=国際交流基金・高木氏撮影)

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