「1965年体制形骸化」に突き進む韓国、その深層とは

政治・外交

韓国人の頭の中には、「10年も経てば山河も変わる」という考え方が根強く浸透している。もしそうだとすれば、自然より気まぐれな世の中の動きの中で、戦後日韓関係が変わってくることを嘆く必要はないかもしれない。日韓国交正常化から50年が経った今、「戦後」という一時期に形成され、通用されてきた日韓関係の「パラダイム」が根本から揺らいている。その乱れを象徴するような二つの風景を観照してみようとおもう。

戦後日韓協力の象徴だった浦項総合製鉄(POSCO)の変質——風景1

去る6月8日、韓国国務総理直轄の「対日抗争期委員会」(略称)は「日帝強制動員被害者支援財団」(略称、被害者支援財団)という新しい組織の発足を発表した。この財団の主な活動は、日本の“戦犯企業”を対象とする訴訟と、「徴用工被害者」への補償である。その発表の中でさらに注目すべきことは、韓国大手鉄鋼メーカのPOSCO(元・浦項総合製鉄)が被害者支援財団の立ち上げ資金の半分にあたる30億ウォンを出すということだった。POSCOの理事会は既に2012年3月の時点で被害者支援財団に総額100億ウォンを出資することを決めていた。

POSCOの決定が自発的なものであろうが、「韓国社会の空気」に屈したものであろうが、この企業の誕生物語を詳しく知る人々にとっては随分と驚くべきことである。POSCOは戦後日韓協力のマスコット的な存在であったからだ。

社名を変える前の浦項総合製鉄は1968年に正式的に創立したが、その種が蒔(ま)かれたのは日韓正常化の前の1964年春だった。その時、後に浦項総合製鉄の創立者になる朴泰俊は、朴正煕大統領(当時)の指示で日韓正常化交渉を手伝うために東京に来ていた。

陸軍少将あがりで当時「浪人」だった朴泰俊は永田町での政治交渉に参加する一方で、個人的な幸運に恵まれることになった。偶然に知り合った陽明学者、安岡正篤に気に入られたのである。朴泰俊の「沈着重厚さ」を評価した安岡は八幡製鉄の当時の社長、稲山嘉寛を紹介した。これをきっかけに、八幡製鉄(そして富士製鉄と合併後の新日本製鉄)が浦項総合製鉄の発展に決定的貢献をしたことは世によく知られている。

日本からの資金で実現した「1丁目1番地」企業

浦項総合製鉄は日本財界の全幅の支持をえるだけに留まらず、日韓基本条約の産物であった「請求権資金」の最大の受恵者でもあった。いわゆる「無償3億+有償2億」という「請求権資金5億ドル」の中の24%にあたる1億2000万ドルが導入されたのである。

これは、資材輸入の決済のために韓国外換銀行に預けられた1億3000万ドルを除き、特定の企業に配分された金額としては最大であった。要するに、浦項総合製鉄は日本からの請求権資金で実現された韓国産業近代化の「1丁目1番地」であり、それに協力した日本財界にとっても記念碑といえる存在なのである。

このような成り立ちの浦項総合製鉄=POSCOが、日系企業を狙った訴訟を支援する運動に資金を出すという出来事は、日韓関係を大事にする人々にとって理解に苦しむことであろうし、さらにそれを通り越して、ある種の「歴史の悪戯」と受け取るかもしれない。人によっては、朴泰俊が生きていたらと偲(しの)ぶかもしれない。ちなみに、POSCO理事会の出資決定があったのは、朴泰俊が死んだ2011年12月12日から3か月後のことだった。

1965年体制の形骸化

しかし、一歩下がって、「十年ひと昔」と割り切って、感情移入なしに日韓関係50年間の流れを眺望すると、あるジグソー・パズルが見えてくる。私は、その絵の名を「1965年体制の形骸化」と呼ぼうと思う。

韓国外交部北米局長などつとめたエリート外交官出身の国会議員が、国会で「1965年とは異なり、韓国は国力も大きく伸ばしたので1965年の韓日条約だけでは(韓日関係を)管理することができない」と発言をするのをみて、私は「1965年体制の形骸化」は空論ではないと実感した。

現に、1965年体制を冷戦がもたらした「不自然もしくは不当」なものとして再解釈する議論が韓国で旺盛に行われている。その中で注目を集める学者の一人である法学者キム・チャンロク(金昌祿)は、1965年体制を「日帝の韓半島支配という核心的問題を粗末に縫い合わせたもの」であり、それゆえ「問題がはみ出す度に亀裂が生じる運命」をもつと裁いた。

日韓基本条約にくさびを打ち込んだ2つの判決——風景2

彼によると、1965年体制はその寿命が尽きる前に韓国の法曹界によって二つの決定打を打たれたという。ひとつは2011年8月30日の憲法裁判所の判決で、もうひとつは2012年5月24日の大法院(日本の最高裁判所に当たる)の判決である。

まず、憲法裁判所は、従軍慰安婦が韓国政府の外交通商部長官を被請求人として提起した「憲法訴願」事件において、被請求人が韓日間の紛争解決に関する手続きに沿って解決しない「不作為」は、「違憲」であることと判決した。言い換えれば、韓国政府は憲法裁判所に叱られ、従軍慰安婦のための補償の問題に努めなければならなくなったのである。

憲法裁判所の判決よりもっと重いのは、2012年の大法院の判決である。その年の5月24日、大法院は1995年と1997年にそれぞれ三菱重工業と新日本製鉄を対して太平洋戦争徴用工被害者たちが提起した損害賠償及び賃金支給を求める訴訟に終止符を打った。韓国人原告らは日本での裁判に負けた末、訴訟を韓国に持ち来て釜山とソウルで戦った。しかし、両件とも一審と二審で敗訴した。

その揚げ句、大法院に上告、大法院は釜山とソウルの高等法院の判決を破棄して差し戻したのである。その判決の要旨は、日本帝国による韓半島の支配は「不法的強占」であり、「不法的な支配による法律関係」は「大韓民国の憲法精神と両立できない」ということであった。この差し戻しによる再裁判で被告の三菱重工と新日本製鉄(2012年12月より新日鉄住金)は敗訴し、大法院に上告した状態である。

もはや歴史問題の範囲を超えた

2012年の大法院判決を韓国社会は、「大韓民国司法主権の回復」とか「国民の恨みを解けてくれた判決」と称賛した。だが、この判決は日韓関係という観点からみると「パンドラの箱」を開けたようなものといえる。日韓間のあらゆる「歴史的葛藤」は基本的に過ぎ去った事案が対象である。しかし、現役の日本企業に賠償を求める訴訟は現在と未来の事案である。

実際に、太平洋戦争でなんらかの形で朝鮮からの徴用工を雇った全ての日系企業をリストアップして訴訟を起こす動きが見えてきた。さらに、韓国での勝訴を活用して米国法廷でもっと大規模な賠償を引き出そうという動きもある。去る6月6日にはフィラデルフィアに所在する法律事務所Kohn Swift & Grafの代表弁護士で、「戦犯裁判」で有名なロバート・スウィフト(Robert Swift)が、ソウルで「太平洋戦争犠牲者遺族会」と協力するということを発表することまであった。

「憲法精神、善良な風俗にそぐわず」という韓国の情と論理

人類の歴史には国家の間の戦争やコンフリクトがあり、その過程で勝者と敗者が出てくる。その勝者と敗者が未来に向けて対立関係を清算する取り決めを結ぶと、その取り決めを守るということ(pacta sunt servanda)は国際法および国際秩序の根幹である。

無論、それには例外がある。一つは、その取り決めを結んだ当事者たちが予測できなかった要因による「事情変更」があり、取り決めを守るのが元来の精神にむしろ反する場合(rebus sic stantibus)である。しかし、韓国大法院の判決はこれに当てはまらない。残る理屈は、「強行規範」(jus cogens)である。これは、国際法上、複数の国家による合意でも排除することの許されない「高次の規範」のことである。韓国大法院の判決にこの原則が適用されたことの法的妥当性を是非する能力は私にはない。

しかし、一つはっきりしたのは、韓国大法院が、韓国人徴用工たちの日本での敗訴確定判決を承認することは「大韓民国の善良な風俗、もしくは、その他の社会秩序」にふさわしくないと明言したことである。すなわち、昔の日本企業の強制的行為は、韓国が理解する常識的な「強行規範」に合致しないということである。

盧武鉉(ノムヒョン)時代の判事が主導

韓国大法院判決の法的理屈とは離れて、その判決には腑に落ちない面がある。私は、それを「全員合意体判決」制度を適用しなかったことから感じ取る。大法官14名で構成される大法院では、社会的波及が大きい事案や大法院の既存判決をひっくり返す必要があるときは14名の「全員合意体判決」形式をとる。これによる判決は韓国司法の総意を意味し、政治的意味合いも大きい。

では、戦後アジア経済を構築した日韓の間柄からみて、複数の日系企業を被告とする判決を3名の判事が裁く通常案件の扱いをしたのは妥当なものだったのか。結果として、当件は第1裁判部に回され、主審判事キム・ヌンファン(金能煥)の主導で例の判決が出たのである。その判決が全員合意によるものではないということは、逆に、韓国司法の総意ではないということと解釈できる。

ちなみに、金能煥を大法院判事に推薦・任命したのは、盧武鉉大統領であった。二人は司法試験合格同期だった。また、大法院判事の任期を終えた同氏は、ソウルで自らコンビニエンス・ストア経営に携わった後、大手法律事務所に就職した

かつて、「十年ひと昔」という言葉は、壁で埃(ほこり)を集める古い時計のようなものに対する表現と感じていた。しかし、同じく「十年ひと昔」ではあるが、昨今の日韓関係の豹変を前にした時、私は肝胆に寒さを感じることを禁じ得ないのである。

 

カバー写真=勲一等旭日大綬章を贈られる韓日議員連盟会長だった朴泰俊・浦項総合製鉄名誉会長(提供・時事)

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