ウェブ世界の新たなパラダイムを「飼いならす」ために

クロサカ タツヤ【Profile】

[2014.10.31] 他の言語で読む : ENGLISH |

GoPro、「ドローン」が劇的に変えたネット経由の共有体験

立って歩くことも困難そうな断崖絶壁をマウンテンバイクで走り回ったり、サーフィンの最中にアザラシの赤ちゃんがサーフボードの上へ乗ろうとしたり―。GoPro社の製品をはじめ、アウトドアでも気軽に使える高精細動画カメラは、私たちの「動画体験」を大きく変えた。

小型のラジコンヘリコプター「ドローン」も同様だ。据え付けられたカメラで撮影されたダイナミックな空撮は、香港の民主化デモや、火山の噴火口などを映し出した。見たことがない映像という以上に、私たちの認識を改めさせるインパクトが、そこにはある。

プロのみならず、アマチュアが自分の趣味の世界を自由に撮影し、それをYouTubeやfacebookなどに投稿。SNSや「バイラルメディア」(伝染しやすいメディア=短期間で爆発的なトラフィックを集めることを目的としたブログメディア)の力を借りて、あっという間に世界中の人が楽しめる。そんな世界が、ここ数年で急速に一般化した。

さまざまな要素が複合した結果ではあるが、それらを貫くキーワードがある。「個人」と「フリー」だ。

多くの人の手に届くような価格で、GoProやドローンのような機材が提供された。従来はプロの技術でコストを費やさなければできなかった映像を、能力あるアマチュア、つまり「個人」が手軽かつ高品質に撮影することができるようになった。

編集もオンラインで簡単に行えるし、BGM等の素材もネットですぐに入手できる。それを配信するプラットフォームも、集客や視聴のための媒体も、すべて個人が簡単に利用できる。それらはすべて「フリー」だ。

予告されたパラダイムの台頭―「楽しい」「便利」「高品質」へ

インターネットが本格的に普及を始めてから20年。今ではさまざまなデジタル機器がインターネットを空気のように受け入れるようになった。もはやあらゆる出来事は誰か(個人)が記録し、その情報へ誰しも(個人)が容易にアクセスできる、そんな状況に近づきつつある。 

こうした新たなパラダイムの台頭は、以前から予見されていた。梅田望夫氏が2006年に著したベストセラー『ウェブ進化論』では、デバイスや通信環境のディテールこそ多少の違いはあるものの、「チープ革命」や「総表現社会」という言葉で、今日の状況が示されている。

そしてそれらは、まだ始まったばかりでもある。カメラ技術はスマートフォンやタブレットの進化とともに、今後ますます小型で高精細、なおかつ簡便化が進むようになるだろう。またドローンは、すでにアマゾンが商品の「空輸」に向けて研究開発を進めていることからも分かるように、用途は多様化・細分化していくはずだ。新たなサービスアイディアの台頭により、既存サービスの代替も含め、さらに新たな市場が切り拓かれる。

高度なデバイスやサービスが、事業者のみならず個人でも簡単に使える―こうした大衆化には、それを強烈に促進する背景もある。日本を筆頭に、先進国では高齢化が進んでおり、生産力と消費力の確保が急務だ。一方、新興国もすでに成長の壁に直面し始めている。こうした環境下で事業の効率化や付加価値の向上を目指す際に、「楽しい」「便利」「高品質」という、消費者にとって理解しやすい方にさまざまなサービスが向かい始めるのは、自明とさえいえる。

「主役」に慣れていない消費者の戸惑い

消費者にとって理解しやすいものが評価される市場において、ニーズを最もよく知る消費者自身が、市場における情報発信の主役となることは、半ば必然だ。しかし肝心の私たち消費者は、その主役を演じることに、まだ慣れていない。 

おそらく今後起こるであろう問題は、そうした齟齬(そご)から生じるはずだ。

たとえば、消費者と事業者の信頼関係の再定義。これは、本稿でここまで使ってきた「フリー」という言葉を、どのように解釈するか、という問題でもある。

ある製品やサービスを「見かけ上は無料」で使えるとする。それを支えているのは、従来のテレビ放送のようなコマーシャルを介在させたマス広告なのか、あるいはパーソナルデータを縦横無尽に使った行動ターゲティング広告(ウェブの閲覧行動情報を元に、閲覧者に適した広告を配信する)なのか。両者とも実際には消費者は何らかの形で間接的に対価を支払っているわけだが、その構造と消費者に与えるインパクトは大きく異なる。

従来は前者の事業形態が支配的だった。しかし、前述のように高度なデバイスやサービスが誰にでも手に入り、それらを駆使した新しい情報メディアやコミュニケーションツールが続々と台頭する時代に、前者だけでは対価を支払いきれなくなっている。消費者の動向や前後の行動を詳細に分析できる、後者のような事業形態の開発が進むのは、技術革新との親和性の高さも含めて、半ば必然といえよう。

しかし、行動ターゲティング広告などの手法は、うっかりすると私たちの生活実態の記録そのものを対価として差し出しかねない。消費者と事業者の間で信頼関係を改めて構築するために、両者の利害調整が必要だ。日本を含む各国でパーソナルデータ利活用のルール作りが進んでいるのは、そうした理由によるものである。

消費者が多大な不利益を被る可能性

また、消費者同士の利害対立も、すでに顕在化しはじめた。このところ日本のネット界隈でよく聞かれる「クソリプ」もその一つだ。

クソリプとは文字通り、気に入らない相手に対して、SNSで罵詈(ばり)雑言を投げつけるという行為である。こうした問題への対峙に「クソリプはスルー(無視)せよ」という指摘は多い。しかし実際には、SNSや検索エンジンにクソリプが残り、何かのきっかけで蒸し返されるということが少なくない。

厄介なのは、それが実空間における評判にも影響を及ぼしうるということだ。確かに私たちはすでに、見知らぬ人との初対面の際、SNSや検索エンジンで相手のことを事前に調べることができる。米国では、就職差別などの形ですでに社会問題化しつつあるが、日本も早晩同様の状況がもたらされるだろう。紛争解決の手段を整備する必要がある。

さらに、近い将来のさらなる重大課題として、消費者とそのプロファイルの関係もあるだろう。大規模なデータの蓄積・解析(プロファイリング)によって、消費者の「アバター」がサイバー空間上に形成される。これが消費者本人を正確に模倣し、なおかつ事業者が消費者本人を尊重する形で使われるなら、一定の利便性を享受できる。

しかし、プロファイリングはいわば推論である。「読み」が外れた時、形成されたアバターと消費者本人の乖離(かいり)が生まれ、それが結果的に消費者本人の不利益をもたらすとしたらどうなるか。2014年5月に発表された米国ホワイトハウスのビッグデータ報告書では、こうした「誤ったプロファイリングに起因した人種差別などの問題」がすでに生じつつあると警告している。プロファイリング自体を止めることが困難だとしたら、少なくともそれによって生じた不利益を回復するための措置が、セットで求められる。

新しいパラダイムを「飼い慣らす」ために

気がつけばネット事業者は、すでに膨大なデータを蓄積しており、彼らを介して私たちに提供されるさまざまなサービスの礎となっている。そして、そうしたビジネスモデルを、私たちの社会は受け入れつつあるし、すでにそれを必要とし始めている。

特に高度に少子高齢化が進み、労働力と消費力の両方で課題を抱える日本社会において、生産性とサービスの水準を均衡させながら拡大するには、こうしたパラダイムをやみくもに否定するのではなく、消費者による選択の幅を広げながら、それを「飼い慣らして」いくことが必要だ。

近年、改めて消費者保護の意識が高まっている。これは新たなパラダイムに対する反動だけではなく、「個人」と「フリー」の時代において、消費者がステークホルダーの一翼を担う権利と責任の主体として無視できない存在になってきた、ということなのだろう。

また、こうしたトレンドに対して、産業界からは「過度の消費者保護は産業を毀損(きそん)する」と懸念の声も聞こえる。しかし本来は「消費者あっての商い」であるはず。だとすると、消費者保護と産業振興を対立する概念として捉えるのではなく、新たなパラダイムの下で両者がどのように信頼構築を進めるか、その契機として捉えるべきだ。

それぞれのステークホルダーが何をどのように守るべきか、またどう提供すべきなのか。そうしたコンセンサスの形成の成否が、21世紀に生き残る主体になれるかどうかを決める、重要な要因の一つとなる。

(2014年10月27日 記)

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  • [2014.10.31]

株式会社 (くわだて)代表取締役。1975年生まれ。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)修士課程修了。 学生時代からインターネットビジネスの企画設計を手がける。卒業後は三菱総合研究所で情報通信事業のコンサルティング、次世代技術の推進などに従事。2007年1月に独立。現在は戦略立案や事業設計を中心としたコンサルティングや、経営管理・資本政策などのアドバイス、資本調達の支援、また政府系プロジェクトの支援などを提供している。

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