チベットの刺繍仏教画が52億円!
中国バブル経済の末期症状か?

信太 謙三【Profile】

[2014.12.08] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 | Русский |

2014年11月26日、香港のコンベンションセンターで開催されたクリスティーズの秋期オークションで中国・明代(1368~1644年)のチベットの刺繍仏教画が何と3億4840万香港ドル(約52億円)で落札された。もちろん、これは国際規模のオークションハウスで扱われた中国美術の落札最高額で、中国では美術品や玉(ぎょく)、さらには切手までが軒並み高騰、バブル状態を呈している。

しかし、中国経済にかつてのような勢いはなく、政府は経済成長目標「7.5%前後」の達成に四苦八苦。そんな中での美術品市場の異常な盛り上がり。中国バブル経済の末期症状だとみる向きもある。

チベット仏教画に巨匠ゴッホの名画並み価格

52億円で落札された『明永楽御製紅閻摩敵刺繍唐卡』
(提供:クリスティーズ、© Christie’s Images Ltd.)

この刺繍仏教画は「明永楽御製(みんえいらくぎょせい)紅閻摩敵(ほんえんまてき)刺繍唐卡(ししゅうとうか)」と呼ばれるもので、「唐卡」とはチベットの布などに画かれた仏教画の総称。縦約3メートル、横2メートル。名称からもわかるように、グリーンの下地の中央に3つの目をもつ恐ろしい赤い「閻摩敵」、すなわち、閻魔(えんま)が描かれている。明の永楽帝が命じて3枚製作され、チベット仏教界に寄贈され、2枚は今もチベットの大昭寺にある。

中国から流出したのは1940年代。チベット仏教界の指導者が英国の友人にプレゼントしたためだとされ、1977年にロンドンでのクリスティーズのオークションに登場。7000ポンドでインドのコレクターが落札したとの説がある。当時のレートで計算すると、300万円から350万円程度。その後、2度ほど競売にかけられ、2002年のクリスティーズの競売では約4億円で落札されている。

この刺繍仏教画は中国の国宝級というものの、この種の美術品は西洋の名画に比べマーケットが広くない。このため、11月初旬にニューヨークのオークションで中国人実業家が購入したゴッホの名画「静物・ヒナギクとケシの花瓶」の落札価格が5500万ドル(約63億円)だったことを考えると、50億円を超える今回の落札額にはいささか驚かざるを得ない。

落札者は4月にも約37億円で「チキンカップ」を取得

チベットの刺繍仏教画の落札者は中国・上海の投資家、劉益謙さんで、この4月にも香港で明代の小さな白い酒盃「明成化・豆彩鶏文盃」、通称「チキンカップ」を約37億円で落札している。どんな金持ちかと思うかもしれないが、中国の長者番付のひとつ「2014年最新胡潤百富リスト」によると、劉氏の資産は135億元(約2565億円)で100位。水面下にいて顔をださない者たちを含めれば、中国には劉氏クラスの大金持ちがごろごろしているということだ。

米国のマネジメントコンサルティング会社「ベイン」と中国の招商銀行が共同でまとめた「中国私人財富報告(2009-2013)」では、2012年段階で、投資できる資産を1000万元(約1億9000万円)以上もっている個人は中国に70万人おり、彼らの投資可能資産は合計22兆元(418兆円)。このうち1億元(約19億円)以上を投資できる人は4万3000人で、その投資可能資産は合計6兆元(約114兆円)に達するとされている。

この数字の信憑性はともかくとして、中国では、こうした巨額マネーが不動産、株式、先物取引などの市場に流れ込んで動き回っている。中でも、不動産はこれまで富裕層の中心的な投資対象で、彼らに莫大な富をもたらしてきた。が、不動産価格が高騰し、政府による規制が入ったことから、近年は“うまみ”が減少。そのカネが中国の美術品市場に流れ込み、バブル状態を引き起こしているといった指摘もある。

オークションは盛況でも中国経済は予想以上に悪化

中国で開かれるオークションはどこも盛況で、中国の古美術品が大量に眠るとされる日本にも多くのバイヤーが頻繁に買い付けに訪れている。しかし、中国経済はというと、2桁成長は2010年で終わり、その後、下降を続けている。今年の経済成長率目標は「7.5%前後」なのだが、第3四半期は7.3%に下落。中国人民銀行(中央銀行)は2014年11月下旬、突然、銀行の貸出基準金利と預金基準金利を引き下げた。

基準金利の引き下げは2年4ヵ月ぶり。預金金利(1年物)は0.25ポイント下がり2.75%、貸出金利(同)は0.4ポイント下がり5.6%となったわけだが、当局が中国経済の先行きに対し、それだけ強い危機感を抱いているということでもある。

というのは、中国経済の伸びは、表面的な数字をみている限り、決して悪いわけではないが、その中身があまりにもひどいからだ。地方政府の財政赤字は既に「30兆元(約570兆円)を突破している可能性が高い」とされ、高速道路、高速鉄道(新幹線)、住宅建設などでの重複投資、すなわち、無駄な投資が繰り返されている。

重複建設でもGDPアップ・成長率は6%以下との説も

この結果、「中西部地区の高速道路の大部分は赤字に陥っており、負債比率は80%を超えている」(政府高官)そうで、高速鉄道は胶済(青島-済南)線以外、すべて赤字。利益がでる可能性があるのは京滬(北京-上海)線だけだという。

ただ、無駄もGDPを押し上げる。が、こうした異常な状態は永遠には続かない。中国経済の本来の経済成長率はすでに6%を下回っているという説さえある。この中で、高騰をし続ける中国の美術品価格は中国バブル経済の最後のあだ花なのかも知れない。

カバー写真=2014年11月に香港で行われたクリスティーズのオークション(提供:クリスティーズ、© Christie’s Images Ltd.)

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  • [2014.12.08]

ジャーナリスト(中国問題専門家)、元東洋大学社会学部教授、公益財団法人新聞通信調査会評議員、ニッポンドットコム理事。1948年静岡県生まれ。73年早稲田大学第一文学部卒業、時事通信社入社。香港特派員、北京特派員、北京支局長、解説委員、上海支局長などを歴任。優れた中国報道によって96年度ボーン・上田国際記者賞を受賞。著書に『巨竜のかたち 甦る大中華の遺伝子』(時事通信社)、『中国ビジネス 光と闇』(平凡社)などがある。

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