日露関係 便りのないのは良い知らせ

ワシーリー・モロジャコフ【Profile】

[2014.12.19] 他の言語で読む : Русский |

日本の対露制裁参加での影響に関心深まる

今年も例年通り10月をモスクワで過ごした。出張である。資料館や図書館で仕事し、学会発表や講演をし、同僚たちと今後の展望等について色々と情報交換をした。

(左)ロシアの国民的詩人プーシキンによる「エヴゲニー・オネーギン」
チャイコフスキーのオペラの原作にもなった。/(右)ジャン=ジャック・ルソー「社会契約論」露語訳
18世紀のフランスの啓蒙主義者であるルソーによる、国家主権を国民に設定した啓蒙主義的国家論の著。19世紀、農奴の解放とツァーリズム(皇帝専制)廃止を要求し蜂起した青年貴族達(デカブリスト)の愛読書となった。詩人プーシキンはデカブリストに近かったが、その作品の中で使われた「過去の人々の交わした契約(племен минувших договоры)」という表現は、「社会契約論」のことを示すようになった。

私は歴史研究家である。そのためか、『遥か昔に過ぎ去った日々の出来事(*1)』(訳者注:19世紀の詩人プーシキンの作品の中の、ロシア人なら誰でも知っていて、現代でも日常的によく使われる表現)、または、『過去の人々の交わした契約』(*2)(何の一節だったか覚えていない方のために記しておこう。これは「エヴゲニー・オネーギン」からの一節である。)、つまり「過去の出来事」が話の主題となることが多い。

しかし、この10月に、モスクワで友人や同僚たちと話をしたときは、そうはならなかった。「日本は今、どんな感じですか?日本は、実際はロシアにどう接しているのでしょう?この先、ロシアは日本からどんなことが期待できると思いますか?」と、話の初めか、最後に、誰もが必ず聞いてきたのである。

私にこのような問いを投げかけてきた人たちのほとんどは、日本が対露制裁に加わったことで、経済関係等の露日関係にどのような影響がありうるのかと現実的な面に特に関心を持っていた。

様々な人が色々な事柄に関心を持っていたが、大多数の人は、日本も対露制裁に加わる決定をし、ロシアの国際社会やアジアでの孤立はさらに深まるのだろうかと考えていた。

サンクトペテルブルグ郊外ツァールスコエ・セロー(皇帝の村)のエカテリーナ宮殿
プーシキンは、宮殿の隣にある貴族の子弟のためのリツェイ(学習院)で学ぶが、ここで将来デカブリストとなる学友とも出会うこととなる。

日本車の中古部品や日本食不足を心配する声も

具体的な問題を気にしている人もいた。ロシアの日本車組立工場での仕事に影響は出ないのか、中古車の部品が入手できなくなってしまわないか?といったことから、日本酒や醤油がモスクワの店頭から消えてしまうのではないかということも心配されていた。多くの人にとって、日本食は、すでに生活の一部となっているのである。

私は、貴賤老若男女問わず話をしたが、誰一人として、日本のことも、日本が制裁に加わる道を選んだことも悪く言う人はいなかった。正直、嬉しかった。

ロシア語のインターネット空間でも、日本に対するバッシングは、米国に対するものと比較できないくらいごく僅かである。ところで、ロシア語のネット空間には、まともに相手にする必要が全くない雑多なことが多く書かれている。そのようなものを読むのはもちろん、どこかに野蛮な愚か者がいることで気分を害する必要も全くない。幸運なことに、私の知人の中にはそういうやからは一人もいない。

モスクワで話した中には、物知り顔で、アメリカの政治に追随している東京を鼻で笑うような人もいた。アメリカを支持することが日本政府の戦略的課題の一つであるということは、ロシア国内、また日本の対外政策に少しでも関心を持つ人なら充分に理解しているはずである。何故、日本政府は、このような行動をとるのか、多少なりとも頭で考える人であれば普通は分かることなのである。国家戦略とはそういうものなのだと。

しかし、戦略(strategy)の他にも、戦術(tactics)という重要な側面もある。私が話をした人達は、主に、戦術の部分、つまり、日本車の部品は無くならないか、日本在住のロシア人は対露制裁のせいでいじめられないかといったレベルのことを気にしているのである。日本車に関しては、私は何のコメントもできない。私は車どころか、運転免許すら持っていないのだから。また、今のところ、在日ロシア人は誰も迫害にあっていない。

クレムリンに隣接する赤の広場にそびえ立つ聖ワシーリー寺院

「日本は仕方なく制裁に参加」と感じている多くのロシア人

クレムリン、ロシア政府機関、有識者、そして政治に関心を持つ人達の間で、日本の対露制裁がどのように受け止められているか、私個人が明言することは到底できない。それでも敢えて申し上げよう、他に選択肢がないから制裁に加わったと多くの人が感じているのではないか思う。もちろん、日本が制裁に加わったことをよしとしている人がロシアにいるという意味ではない。

プーチン大統領の訪日が延期され(中止ではなく、延期である。)、日本政府要人らが様々な声明の類を出したりしてはいたが、日本が「不本意ながらそうせざるを得なかった」ということを、ロシアのエキスパート達はしっかりとキャッチしているのである。

日本政府の、ロシアへの軍事機器販売を断固として拒否するという決定は、実に秀逸である。どこからともなく、実に勇ましい感じが漂ってくる話ではないか。それにしても、第一次世界大戦以外、日本がロシアに武器を販売したことなどあるのだろうか?潜水艦のエンジンか何か(いや、ネジだったかもしれない)を輸出したということは30年ほど前にあった気がする。石原慎太郎が「別にいいじゃないか」といった主旨の発言をしたあの時の話である。しかし、近年、日本がロシアに多くの武器を輸出したということなどあっただろうか?私はそんな話を一度も聞いたことがないが、ひょっとして、これは超機密事項なのかもしれない。

魚やカニ、液化天然ガスについては、日本政府からはまったく一言も触れられていない。冬の北海道がロシアと同じくらい寒く、東京も熱帯にあるわけではないのでそこそこ寒いから、という理由だけではない。中小ビジネスに従事する多くの日本人がロシアと取引をしている、中国や韓国と比較すれば、その量は圧倒的に少ないが、それにしても選挙を前にして、日本の政治家たちも彼らの票に無関心でいられないはずだ。

領土問題の現状は変わらず

依然として交渉の議題であるお馴染みの「領土問題」は、この制裁で新しい命を得たようだ。圧倒的多数の日本人が「領土問題の解決」を「四島の返還によってのみ」としているが、私は、予測可能な未来に向けて、四島返還以外の道、その他の解決策を選択肢から外してはならないと今まで、いろいろな場所で講演し、寄稿してきた。何しろ、プーチン大統領が自らそう言っているのである。

対露制裁に日本が加わったことは、モスクワにとって、「領土問題」とは切っても切り離せない平和条約締結に向けての交渉の準備を決裂させる好機であった。また、そのような声も多々挙がっていたのである。もし、安倍首相が平和条約締結交渉決裂のような展開を恐れていなかったとしても、そのようなことが起こりうるということを考慮に入れずにはいられなかったはずだ。モスクワはそのようなことはしなかった。今のところ、まだやっていない。そして、今のところ、やる予定はないように見える。

国際政治の機密は、私の知りえるところではない。現在の政府の決定した事柄や計画について、延々と議論したりするような「知ったかぶり」達も同じである。しかし、感情に溺れず、プロパガンダにもひっかからずに現在の政治を分析する、それが私が専門とするところなのである。このコラムを執筆している今日の時点で(尊敬する読者のみなさんに関しては数週間後にこのコラムを目にされることでしょうが)、私は、露日関係が日本の選挙の後であっても急激に悪化する具体的な前兆を何一つとして見出すことができない。露日関係が良くなる前兆も特に見られないが。

或る特定の期間、露日関係に関する重要なニュースというものそのものが出てこない状態が続くことになるのではないかと思う。このような場合、「便りがないのは良い知らせ」との諺の通り、或る意味で順調であると言えるのではないだろうか。

タイトル写真:市民の憩いの場であるモスクワ中心部のゴーゴリ並木通り

(*1) ^ ロシアの国民的詩人プーシキンの作品「ルスランとリュドミラ」の一節。

(*2) ^ プーシキン(1799-1837)の韻文小説「エヴゲーニイ・オネーギン」(1825~1832年)の一節(岩波文庫版の池田健太郎による訳では『過去の種族同士の条約』)。

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  • [2014.12.19]

拓殖大学日本文化研究所教授。1968年モスクワ生まれ。1993年モスクワ国立大学卒業、1996年同大学博士課程修了。歴史学博士(Ph.D., モスクワ国立大学、1996年)、国際社会科学博士(Ph.D.,東京大学2002年)、政治学上級博士(LL.D., モスクワ国立大学、2004年)。2000~2001年、東京大学社会科学研究所客員研究員。2003年、拓殖大学日本文化研究所主任研究員。2012年より現職。ロシア語で著書30冊以上、そのうち日本に関するもの15冊。日本語での著書に『後藤新平と日露関係史』(藤原書店、2009年)、『ジャポニズムのロシア』(藤原書店、2011年)。

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