シャルリー・エブド紙襲撃テロ考察——日本にとって対岸の火事か

坂井 一成【Profile】

[2015.01.28] 他の言語で読む : FRANÇAIS | ESPAÑOL |

複雑化する騒乱の構図

2015年1月7日、フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」編集部に対する襲撃事件が発生し、フランスはもとより世界を震撼させた。この事件は2005年にデンマークの「ユランズ・ポステン」紙がムハンマドの風刺画を掲載したことで生じた、「表現の自由vs.イスラム原理主義」の対立の顕在化・暴力化が、フランスを舞台に再燃したと理解することができる。

今回も、表現の自由を貫こうとするメディアに対して、暴力によってこれに対抗しようという同じ構図がここにある。事件後、フランス及び欧米社会は、「テロとの戦い」のため、表現の自由、言論の自由を守るために結束し、1月11日のパリで行われた連帯の行進には数百万人の人々が集い、ヨーロッパをはじめとする各国の首脳の参加も50名に及んだ。

「シャルリー・エブド」紙を擁護するフランスや欧米諸国政権が「表現の自由vs.暴力」という構図を前面に出すのに対し、市民レベルでは「イスラムvs.非イスラム」という構図、さらに反ユダヤ主義や人種差別に対して宗教・民族・人種をこえた平等を唱えるという構図も強まるなど、議論の対立軸が乱立してきた。こうした対立軸の乱立には、社会にくすぶる不安の種が事件を契機に吹き出した面があると言えよう。

ローマ法王、欧米メディアの行き過ぎに警告

さらに目を転ずれば、様々な対立軸での衝突と、コミュニティの崩壊とも言える状況が世界的な広がりを見せてきた。とくにドイツなど欧州の他の国々では反イスラム、反移民のデモが起こった一方で、レバノンやニジェールなど中東・アフリカ諸国では、「シャルリー・エブド」をはじめとした欧米メディアによるイスラムへの風刺を、宗教への中傷だと非難するデモや暴力行為が広がっていった。

このような対立・衝突の拡散状況に対し、政治レベルでの「落としどころ」を模索する動きも早速現れた。バチカンのフランシスコ・ローマ法王が「自らの宗教の名の下に戦争を起こしたり人を殺したりしてはならない」「神の名の下に殺人を犯すなど常軌を逸している」と先ずは暴力を強く非難した上で、「表現の自由にも限界がある」と欧米メディア側の「行き過ぎ」を諫めた。また、事件の舞台となったフランスのオランド大統領は、「最大の被害者は一般のムスリム」だとして、「宗教の壁を越えた融和」を呼びかけた。

問題の根は何か~テロを生み出すロジック

テロ行為を行った側の言い分からは、問題の背景として、「アラブの春」以降、リビア、イラク、シリアと続く民主化を求めた市民の動きが政権側との内戦へと転化し、そこに民主化を支援する名目で欧米諸国による武力行使を伴う介入が行われ、結果として現地で苦しむ多数のムスリムが発生していることへの憤りが見て取れる。フランスに関しては、2012年に発足したオランド政権が地中海周辺で見せてきた介入主義的姿勢も少なからず関わっている。

もっとも、ここでイスラムとテロ組織を不用意に同一視することは避けるべきである。そうではなく、アルカイダや「イスラム国」のようなごく一部の過激派組織のメンバーが、フランスなど欧米圏で社会に不満を抱く若者に接触し思想的影響を与え、犯行を促していることが、今回の「シャルリー・エブド」事件からはうかがわれる。

しかしながら、より重要な点としては、テロ行為をそそのかす個人や組織の行動の動機が、マクロに見れば冷戦秩序の崩壊と、そこで立ち現れてきたグローバルな「支配・被支配」の構造がにじみ出たもの、ということである。アルカイダから「イスラム国」の台頭へとつながる系譜を顧みれば、そこに特徴的に見られるのは、ヨーロッパ出身者が数多く加わっているという点である。彼らは、生まれ育ったヨーロッパ社会のなかで様々な理由——必ずしも貧困や宗教的な理由ではなく——でうまく立ち回ることができず、次第に社会の周辺的な場所に追いやられていく。

しかしその不満を的確に社会に対して訴える術を持たず、そうした状況のなかでイスラム過激派組織との接点を持った結果、その思想に同調してテロ行為に走っていくことになる。これは、日本で起こったオウム真理教事件のケースとオーバーラップする点も多いと言えよう。決して宗教(なかんずくイスラム教)が本質的な問題なわけではない。ムスリムの大多数はむしろ暴力に否定的で、今回の襲撃行為を非難してもいるのだ。

失われてゆく生産的な討議の場

確かに文化摩擦、価値観の対立は否定できないが、それを先鋭化させるグローバルな権力の非対称性の表出こそが重要なのではないだろうか。すなわち、表面化はしないが背後に作用している軍事的でコロニアルな側面を併せ持つ覇権的権力が、普遍的価値観を「暴力的」に押しつけようとしている(少なくとも押しつけられる側からはそのように認識される)のであり、今回の事件もこうした構図のなかに浮かび上がってくるということである。2001年の9・11同時多発テロを受けて、アメリカがテロ「対策」を「戦争」化し、以後「対テロ戦争」の時代に移行したという議論(※1)があるが、このロジックが欧米社会を起点に世界に浸透してきているなかで、そうした覇権的権力が着実に強化されてきていると言えよう。

表現の自由、言論の自由は無制限なのだろうか。こうした「自由」が制限される場合の境界線は、実際のところ欧米社会が決定している。ナチスを肯定するような言論の禁止、テロに共感を示すような表現の禁止などがそうである。これも言うなればグローバルな「強者」による判断となっているのであり、実はそこでは強者・弱者の差異をこえて生産的な討議が行われる場としての公共圏が、失われていっているのではないだろうか。

日本にとって対岸の火事か

今回の事件は、日本にとってどのような意味を持っているのだろうか。

事件の後、政府は犠牲者に対する追悼表明を行い、安倍首相と岸田外相は在日フランス大使館にて追悼の記帳を行い、日本政府としてテロを断固として許さないとの姿勢が繰り返し示された。「積極的平和主義」を掲げる安倍政権であるが、程なく安倍首相は中東歴訪に出かけ、1月17日にエジプトを訪問してシシ大統領と会談し、テロ対策・経済支援を表明、「イスラム国」など過激派組織へのテロ対策では同大統領の「中庸は最善」との理念に共感を示した。そして人道支援やインフラ整備など非軍事分野で、新たに25億ドル相当の支援を実施する意向を示した。1月18日には、岸田外相がパリでファビウス仏外相と会談、テロとの戦いでの協調に合意し、イラク周辺やサハラ砂漠以南などでの国境管理・治安対策に750万ドルの支援を、国際機関を通じて行う考えを示した。

このように、事件の発生地フランスや中東を訪問し、国際社会との協調体制を強める姿勢を示した安倍政権であるが、この過程でシリアで日本人ジャーナリストらが人質に取られる事件が起こった。さかのぼれば2013年には、アルジェリアの天然ガス精製プラントでアルカイダ系の過激派組織による人質事件が発生し、日本人職員も犠牲になるなど、国外で日本人がテロに巻き込まれるケースも出てきている。

では国外での状況がこのように次第に予断を許さなくなってきているのに対し、日本国内の状況はどうなっているだろうか。ここでは近年問題視されてきているヘイトスピーチと、安倍政権が導入した特定秘密保護法、さらに2014年12月の衆院選挙で見られたメディアへの圧力行使から垣間見える病理について考えたい。

不可欠な「議論の複数性」と「文化の多様性」の担保

先ず在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチであるが、ここで見いだされるのは、経済の右肩上がり成長が鈍った日本が福祉国家の限界に直面し、この状況への批判を文化的な他者への批判に転嫁する論理である。さらに言えば、その根底に見え隠れするのはコロニアルな発想であり、フランスと北アフリカ諸国との関係にも模せられるような構図がにじみ出ている。

特定秘密保護法に関しては、テロ対策というグローバルな政治協力への参加を盾に、覇権的権力が暴走する危険性が見いだされる。加えてメディアへの情報統制的な圧力も、意図的に政権批判を封殺する方向に機能させたと考えるならば、ここには総じて一強多弱の議会構成を背景とした、「民主的抑圧」とも言える構造的暴力が強まる兆しが現れていないだろうか。こうした状況のなかで懸念されるのは、自由な言論による社会への異議申し立てのルートが絶たれていく過程で、社会に幻滅、失望した人びとのなかに、過激な暴力的手段に頼らざるを得ないとの考えが密かに強まり、第二のオウム真理教を生み出しはしないかということである。

また、日本での移民・難民についてはどうであろうか。グローバルな役割を果たす責任を踏まえると、難民に対する門戸開放は避けられまい。国際競争力を一層向上させる意味でも、外国から多くの人材を受け入れなくてはならないであろう。少子高齢化社会における労働力不足は、移民との共生を直視しなくてはならない現実を示している。そのような国境のハードルを下げる方向に大きく政策の変化が起こったとき、第二、第三のヘイトスピーチが起こることが懸念される。

こうした検討を通じて言えることは、欧米を含めた世界同様、日本社会での議論の複数性、文化の多様性を担保する状況の確保が不可欠ということである。こうした複数性・多様性を力によって排除する方向に行くならば、そこには反作用としてのテロを生み出す危険がある。日本としては、国内のみならず近隣諸国との関係に適切な対処をし、それを「平和の媒介者」としてのグローバルな発信の機会とすることが欠かせない。そのためにも複数性・多様性の保持を前提にした政治運営が必要である。「シャルリー・エブド」紙事件は、対岸の火事どころか、日本社会の病理をも浮かび上がらせており、日本にも類似の危機が到来する危険を示唆していると思われる。

(2015年1月22日 記)

タイトル写真=2015年1月18日、パリのシャルリー・エブド編集部の近くで献花する岸田文雄外相(時事)

(※1)^ 西谷修「これは『戦争』ではない——世界新秩序とその果実——」/藤原帰一(編)『テロ後 世界はどう変わったか』岩波書店、2002年

  • [2015.01.28]

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。1992年東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。同大学大学院地域文化研究科博士前期課程、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程を経て1996年文部省入省(外国調査担当)。パリ政治学院客員研究員、パリ西ナンテール大学客員教授、パリ・パンテオン・アサス大学客員教授などを経て現職。博士(学術)。主著に『ヨーロッパの民族対立と共生』[増補版]』(芦書房/2014年)。

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