世界的デザイナー・栄久庵憲司さんを悼む

原野 城治【Profile】

[2015.02.20] 他の言語で読む : ESPAÑOL |

工業デザインの草分け・栄久庵憲司さんが死去

日本の工業デザイナーを代表する栄久庵(えくあん)憲司さんが2月8日、85歳で亡くなられた。栄久庵さんは、日本にインダストリアルデザイン(工業デザイン)という概念を切り開いたパイオニアだった。  

東日本大震災で、特別寄稿をいただく

実は、2011年3月11の東日本大震災が起きた直後、多言語サイト「nippon.com」の前身となるOPINION 3/11に是非、執筆いただきたいとお願いしたところ、快く引き受けていただいた経緯がある。

この中で、栄久庵さんは「これからの日本は、古(いにしえ)の人々が心に抱いていた自然に対する尊敬や畏敬の念を取り戻すべきなのだ」と指摘しながらも、「日本人には忍耐力があり、協調性があると世界の人々は評価しているが、その日本の精神からすれば、必ず再興できると信じる」と強調されていた。あれからほぼ4年、復旧はほぼ峠を越したが「復興」はまだまだ、道遠しというのが現実でもある。

原点は被爆直後のヒロシマだった

栄久庵さんは、2014年、デザイン界のノーベル賞ともいわれるコンパッソ・ドーロ(黄金のコンパス賞)国際功労賞を、アメリカのアップル社やイタリアのジョルジュ・アルマーニと並んで受賞するなど、世界的にも高い評価を得ていた日本デザイン界の巨匠であった。

デザイナーを志された原点は広島だった。被爆直後、父が住職を務める寺を訪ね、その惨状に衝撃を受け、生活を豊かにするデザインの必要性を痛感した。東京芸術大学図案科で学んだ後、1957年にGKインダストリアルデザイン研究所を設立。これまで企業内デザイナーが手掛けていた製品デザインを、企業から受注する新しい流れを作った。

特に、栄久庵さんの名を知らしめたのは、1960年に東京で開催された世界デザイン会議であったという。同氏は、日本のモノづくりが技術中心主義に偏らず、使う人間の身に立ったデザインを行うべきだと発言し、物質中心主義的な技術革新に警鐘を鳴らした。

僧侶の立場で哲学的思考も

中でも、61年にデザインしたキッコーマンの「しょうゆ卓上びん」はこれまでに国内外で4億本以上を売り上げ、米国のニューヨーク近代美術館(MoMA)に日本を代表するデザイン作品として永久保存されている。その他にもヤマハのバイクや音響機器、初代の秋田新幹線や成田エクスプレスなどの車両、コスモ石油やコンビニエンスストア「ミニストップ」など企業のロゴマークなど、さまざまなジャンルのデザインを手掛けた。

僧侶でもある栄久庵さんは、単なるデザイナーではなく、哲学者としての顔も併せもっていた。そんな栄久庵さんを偲び、2011年の東日本大震災の直後に特別に寄稿いただいた『自然を畏怖する心』を、改めて掲載させていただくことにした。

栄久庵憲司さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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自然を畏怖する心

デザイナー
GKデザイングループ代表
栄久庵 憲司

ヒロシマが頭をよぎる

今回の東日本大震災により、日本の国の5分の1が災害に見舞われた。戦後、復員して広島駅に降り立った時、街は一望千里、廃墟と化していたが、その印象と大震災が重なり合った。戦争のように、人の起こした罪は憎むべきものだが、天災はそうもいかない。

日本は古来、山や川、雨や風、自然の草花にまで神々が宿るアニミズム、つまり精霊主義の国であり、それが人々の心を常に支え、日本人の生活・文化の根底に流れている。文明以前、「水」は洪水を招くことはあっても、本質的には心安らぐ母の胎内へと人々をいざなうものだった。しかし、今回の震災と津波によって、自然への畏敬の延長線上には恐ろしさもあることを思い知らされた。

文明と自然の在り方を再考

地震や津波は、人々の怒りや同情だけに収れんしていくのだろうか。天災の恐ろしさを超え、むしろ自然に対する畏怖の念を抱いた方が救いとなろう。これからの日本は、古(いにしえ)の人々が心に抱いていた自然に対する尊敬や畏敬の念を取り戻すべきなのだ。関東大震災、空襲、原爆、阪神・淡路大震災をはじめ、日本は数多くの災害を経験し、その度に何度もやり直してきた。しかし、その経験はまだ生かしきれていない。被災地では今でもライフラインが回復していない所がある。今こそ文明と自然の在り方について再考する時が来たといっていい。

日本人には忍耐力があり、協調性があると世界の人々は評価しているが、その日本の精神からすれば、必ず再興できると信じる。これからは、天災から学んだ新しい叡智が必要となるだろう。それには、何よりも自然に対するしっかりとした心構えが必要なのだ。新しく生まれる街や村の姿が、未来をさらに輝かせるだろう。その時、日本は世界の国々を指導していける国となる。日本にはその力がある。

(2011年4月5日 記す/OPINION 3/11より再掲)

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  • [2015.02.20]

政治ジャーナリスト。1972年時事通信社入社。同社政治部記者、パリ特派員、解説委員、秘書部長、編集局次長、ジャパンエコー社代表取締役を経て、2011年から16年3月までニッポンドットコム代表理事。2006年より日本国際問題研究所評議員。2008年「イタリア連帯の星」カヴァリエーレ章受章。2009年TBS番組コメンテーター。

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