若者の未来を拓く日本とアラブの関係構築を

川上 泰徳【Profile】

[2015.03.24] 他の言語で読む : FRANÇAIS | العربية |

届いたアラビア語版「はだしのゲン」

カイロから真新しい本が届いた。広島に投下された原子爆弾による悲劇を扱った日本のマンガ「はだしのゲン」(全10巻)の第1巻のアラビア語版である。今年1月にカイロで出版された。訳者は私の30年来の友人でカイロ大学日本語科のマーヒル・エルシリビーニー教授である。教授はカイロ大を卒業後、広島大学大学院に留学し、日本語研究で博士号を取得した。

カイロ大学日本語科はアラブ世界での日本理解者を育てる目的で、1974年に日本政府の援助で開講した。開講40年にして原爆の悲劇とともに平和のメッセージを込めた日本のマンガの名作がアラブ世界、特に若者たちに届くことを喜びたい。さらに日本の産業化や安全な社会づくりの経験がアラブ世界に紹介されることを期待したい。

日本学科の人気高いカイロ大学

カイロ大学日本語科は毎年20人以上の卒業生を輩出してきた。昨年、学科長のカラム・ハリール教授から「この数年、受験生の間で日本語科の人気が極めて高い」という話を聞いた。志願者は定員の20倍以上にもなるという。

ハリール教授も日本語科の草創期の卒業生だが、「私たちの時は、日本は発展した工業国というイメージにひかれて、日本語を勉強すれば就職に役に立つと思って受験した。いまの学生は、テレビで日本のアニメを見て育ち、日本に対する文化的な関心で志願する者が多い」と、志願者の意識の変化を語った。

私はハリール教授が日本語科の学生だった1979年にカイロ大学に1年留学した。大学卒業後は日本の新聞社で中東担当の記者として働き、カイロにも1994年以来、3回赴任した。カイロ大学日本語科の歩みもずっと見てきた。

残念なことに、カイロ大学で日本語科を卒業しても、日本の企業で採用される学生は極めて少ない。卒業生の一番の就職先は、日本語の観光ガイドである。ところが、エジプト革命以来の政治の混乱と治安の悪化によって、日本からのエジプト観光ツアーは止まっており、日本語ガイドはみな失業状態である。

就職の場を与えない日本企業

カイロにいる日本の企業関係者からは「中途半端に日本語ができても、使えない」という声を聞く。しかし、日本の企業は日本国内では学生を社内で教育して、有用な人材に育てることを特徴としている。カイロ大学日本語科の学生に対して「使えない」と切り捨てるのは、人材育成を重視する日本企業本来の考え方ではないはずだ。

日本政府としても大学で日本語を学ぶ場所だけを援助して、就職の場を考えないというのは、いかにも無責任である。ドイツやフランスなど欧州の国々は、アラブ世界でドイツ語やフランス語を学ぶ学生を育てることや、アラブ世界からの留学生のフォローアップにも力を入れているという話を聞く。

日本に関心を持ち、日本語を学ぶアラブ人を育てていれば、日本にとってもアラブ世界にとっても有用な人材となるはずだ。日本語学習者だけではなく、日本がアラブの若者の人づくりで協力することが、日本とアラブ世界の関係構築にとって重要だと考える。

そのように考えるのは、4年前にカイロのタハリール広場を埋めた若者たちの熱気とエネルギーにジャーナリストとして触れたからである。広場に集まった若者たちは「エジプトをよい国にしたい」という思いを口々に語った。

「アラブの春」と言われた若者たちの運動が広がった背景には、アラブ諸国の人口の年齢中央値がどこでも20代という若い人口構成にある。若者が多いことは国や地域にとっては生産力や労働力ともなるが、失業や住宅難などの問題ともなり、政治や社会問題の原因ともなりうる。

一方で日本の年齢中央値は世界で一番高い45歳である。日本が20代だったのは1960年代半ばで、そのころ日本では大学紛争が広がり、「若者たちの反乱」の時代だった。ところが、その時の若者たちが70年代、80年代と日本の経済発展や社会活動、文化の中心となり、日本を引っ張ってきた。

アラブ世界の若者育成に日本も尽力を

日本がアラブ世界の若者の育成に関わることには、すでに実績もある。私は数年前にサウジアラビアのジッダにあるサウジ日本自動車技術高等研修所を訪れた。研修所は、日本国際協力機構(JICA)が協力して開所し、日本自動車工業会も協力している。

研修所を卒業して整備士として働いているサウジ人の若者に会った。若者はトヨタ車の販売会社で自動車のボンネットに頭を突っ込み、油にまみれて働いていた。「働くことで自信がついた」と若者ははつらつとしていた。若者の父親は当初、整備士になることに反対したという。しかし、息子が「トヨタ」の整備工場で働き始めた時には喜んでくれた。日本のメーカーのブランドの力のおかげである。

日本は今年、第二次世界大戦の終戦から70年を迎える。マンガ「はだしのゲン」が描く原爆投下を含む手痛い敗戦の絶望から平和国家の建設や経済や社会の繁栄の道を探ってきた日本の経験は、いま大きな困難の中にあるアラブ世界の若者たちの未来を拓くためにも役に立つはずである。

タイトル写真=2011年2月にカイロのタハリール広場に集まった若者たち(筆者撮影)

この記事につけられたタグ:
  • [2015.03.24]

1956年、長崎県出身。ジャーナリスト。朝日新聞記者としてカイロ、エルサレム、バグダッド特派員、中東アフリカ総局長、編集委員などを歴任。2002年度、パレスチナ報道でボーン・上田記念国際記者賞。2015年1月から、中東をテーマにフリーとして活動。著書に『イラク零年』(朝日新聞)、『現地発エジプト革命』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)。

関連記事
その他のコラム

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告