新次元に踏み込んだ日米同盟と対中戦略
安倍訪米の総決算・下

鈴木 美勝【Profile】

[2015.05.13] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 |

日米同盟の強化とグローバル化

ここ数年、日米首脳会談のたびに「陰の主役は中国」というレトリックが使われてきた。今回も同様だが、二年前の安倍訪米の際とは明らかに違っている点がある。米側から見た場合、太平洋に張り出す中国の影の広がりとその鮮明度が大きく違ってきた事実だ。

とりわけ、南シナ海では、今や中国がスプラトリー(南沙)諸島で岩礁の埋め立てを推進するとともに港湾施設なども建設中で、実態上、軍事用施設の下準備と見られるなど、周辺国に脅威を与えている。米国や、岩礁の領有権を争うフィリピンでは、南シナ海を囲い込む「砂の万里の長城」とも呼ばれている。また写真がニューヨークタイムズ紙にも報じられるなど、「中国の力ずくの現状変更」は米国世論全体にも確実に浸透し始めている。

米国のアジア太平洋戦略に影を落とす中国の動き。2013年11月、中国が東シナ海に防空識別圏を設定、事前に飛行計画を提出するよう求めてきたが、その一方的なやり方によって中国の真意が一段と鮮明になった。ホワイトハウスが尖閣諸島をめぐる問題をはじめ、対中抑止強化重視に舵を切ったのは、この唐突な中国の動きだった。振り返れば、これがオバマ政権の対中政策の明確な分水嶺となった。昨年4月、訪日したオバマ大統領は、日本の施政権下にある尖閣領域が日米安保条約5条の適用範囲であると公式に言明、日本の安全保障へのコミットメントを一段と明確にした。この発言の延長線上に、新たな日米防衛協力指針の内実があり、今回の安倍訪米への厚遇に投影していると言えよう。

この間、日本側もオバマ発言から約2か月後の7月1日、集団的安全保障の限定容認など「切れ目のない安全保障」整備のための閣議決定によって応え、同盟強化に向けた防衛協力の具体的な内容は、「新たな防衛協力のための指針(ガイドライン)」と併せて、日米首脳会談直前にニューヨークで開かれた外交・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(「2プラス2」)の協議文書に明記された。

新防衛協力の指針と南シナ海

4月28日の日米首脳会談では、「2+2」で決定した「2015防衛協力指針」に基づき「世界の平和と繁栄のための日米同盟」の強化に向けて歴史的な合意がなされた。

「2015防衛協力指針」は、1997年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を抜本的に改定、安倍政権が進める新たな安全保障の法制化と調整しつつ、より実践的、現実状況に適用できるように作成された。それは、大きく分けて3つの側面から成り立っている。

第1は、「世界の平和と繁栄に貢献する日米同盟」という視点から成り立つ日米同盟のグローバル化の側面。「国際平和支援法案」に基づく外国軍への後方支援が可能になるのと併せて、日米同盟がグローバル化する。

第2は、平時から緊急事態を含めてあらゆる段階(重要影響事態/存立危機事態)における米軍との一体的な運用を可能にする「切れ目のない」日米同盟の側面。

第3は、宇宙・サイバー空間に関する協力という視点からの立体化した日米同盟の側面。「97防衛協力指針」はなかった分野だが、宇宙空間での日米協力は米国の海洋戦略とも密接に絡んでおり、同盟の構造は立体化する。

こうした3つの側面のうち、現実的な視点から直ぐに重要になるのは、例えば自衛隊と米軍との「平時からの協力」が実践的になった第2の側面だ。

南シナ海での現在の中国の動きは、ウクライナ問題でのロシア同様、「力による一方的な現状変更の試み」であり、オバマ大統領の心中に深刻の度を加えている。発足以来、「太平洋国家」を宣言、アジアへの「リバランス政策」を推進しているオバマ政権だが、中国の海洋活動の活発さが増すのとパラレルに、憂慮の念は深まっている。

安倍政権が整備しようとしている新安保法制では、地理的制約が緩和されるが、平時で言えば、東シナ海なかりでなく、南シナ海をも強く意識したものとなるだろう。新指針には「相互運用性・即応性・警戒態勢」の強化が明記され、「日本の平和及び安全に影響を与え得る状況の推移を常続的に監視する」ため、自衛隊と米軍は一体的運用体制を敷き、協力して情報収集、警戒監視及び偵察(ISR)活動を行うことが可能となる。

南シナ海などを想定した場合、現時点では、自衛隊の装備数の不足、整備に必要とされる空港・港湾施設の確保などに様々な問題点はあっても、ゆくゆくは視野に入ってくる課題だ。

またISRばかりでなく「訓練・演習を通じた海洋における日米両国のプレゼンスの維持・強化」の協力も明記されたことから、日米は同盟調整メカニズムを通して「重要影響事態(日本の平和と安全に大きな影響を及ぼす事態)」、「武力攻撃事態(日本有事)」、「存立危機事態(日本国民の生命・権利を根底から覆す明白な危険がある事態)」や、そうした事態に到る前のグレーゾーン各段階における幅広い訓練・演習メニューを策定・実施ができることになる。

シーレーンの安全航行が不可欠な海洋国・日本からすれば、東シナ海へとつながる南シナ海はバイタル(死活的に重要)な海だが、岩礁の埋め立てが完成すれば、中国は次なる一手として、まず防空識別圏を東シナ海同様、設定するであろう。「2つの100年(2021年=中国共産党創立と2049年=中国建国)」を念頭に、長期戦略目標としての南シナ海「聖域」化に向けた一手と言える。

米中の「新型冷戦」

今回の日米首脳会談では、日米同盟の強化によって中国に対する抑止力を高め、その膨張・拡大路線、第2次世界大戦後に米国主導で構築された秩序の「力ずくの一方的な変更」、新たなルール作りの阻止に向けて対処することを鮮明にしたが、今や、アジア太平洋を舞台にした米中の覇権争いを、これにクリミアを併合したプーチン大統領のロシアを絡めて<新冷戦>とも言われている。ただ、第二次世界大戦後、核兵器を保有する米ソ超大国が対峙した時代は、政治体制・経済体制ともに、イデオロギー次元で対立していた〝冷たい戦い〟だった点を考えると、<新冷戦>の様相は、米ソ冷戦時代よりはるかに複雑だ。

国際政治学者・永井陽之助は、核兵器の出現によって両陣営とも実力行使を自制し、慎重に行動せざるを得ず、あらゆる有効な非軍事的手段(イデオロギー、政治・心理宣言、経済制裁、内乱、各種の謀略、秘密工作等)を駆使して相手の意志に直接的圧力を加える行為の応酬を<冷戦>と呼んだ(「冷戦の起源」)が、金融グローバリズムをベースにした経済の相互依存が深化する現況で、現在の〝冷たい戦い〟の状況をそのまま第2次大戦後の米ソ冷戦の延長線上で単純に捉え、簡単に<新冷戦>と呼ぶのはあまり適切ではないだろう。

冷戦の特徴を解析すれば、①凄まじい殺傷力を持つ核兵器の恐怖によって相互に使用できない状況下で、②他の軍事行使についても間違ったシグナルによって軍事的エスカレーションを起こす可能性があるため、慎重にならざるを得ない、③このため、必然的に現下の世界情勢に有効な非軍事的手段によって相手にダメージを与える―というものに集約されるが、確かに米中の「冷たい戦い」には、これらのファクターが備わりつつある。ただ、ポイントは、金融のグローバル化で緊密になった経済的な相互依存の深化を、安保戦略に影響を及ぼすファクターとしてどう考えるかだ。

この点を勘案して、先の冷戦の単なる延長線上ではないという意味合いを明確にするために、新種の冷戦あるいはニュータイプの冷たい戦争=<新型冷戦>―と呼ぶとすれば、緊張状態が広がり冷戦の様相を呈し始めた南シナ海を舞台にした中国の動きを通して、その実態と意図が透けて見えてくるのではないか。

米国に増す日本の戦略的価値

この視点に立脚すれば、中国が提起した海と陸のシルクロード(一帯一路)構想、そしてアジア・インフラ投資銀行(AIIB)構想は、超大国アメリカに挑戦するための戦略の一環と見ることができる。AIIBをめぐっては、この3月に英・仏・独・伊など欧州主要国が参加を表明。拡張路線をひた走る中国による欧米分断策は一応功を奏した。当然ながら、米国には、昨年来本格化した中国の言動が、戦後秩序への挑戦と映る。最近は、オバマ大統領が自ら「中国主導の国際的なルール作り」を厳しく批判する場面が増えてきた。大統領の反応は、第二次世界大戦の結果、圧倒的な国力によって「パックス・アメリカーナ」「ブレトンウッズ体制」を構築した経験を有する米国の穏やかならぬ超大国心理を色濃く反映していると言えよう。

また、日米両首脳は会談で、環太平洋経済連携協定(TPP)について「地域の平和及び安定の促進を含む広範な長期的な戦略目標」達成に必要との立場からコミットメントを再確認した。国際情勢が厳しさを増す中で、米国にとって日本は、国家戦略上、アジア太平洋地域における重要なパートナーであるとの意思を際立たせた。米国にとっての日本の必要性は、今の局面では増しこそすれ、決して減りはしないだろう。安倍訪米に対する米側の評価の底流には、日本を可能な限り引き寄せようという国家心理が働いていたことは間違いない。対中抑止の強化に向けて日米両国が合意した「2015防衛協力指針」は、抑止という概念が恐怖を通じて相手を思い止まらせるという心理的ファクターをはらむことから、軍拡競争に向うリスクを伴いながら、有効なあらゆる非軍事的手段を駆使する情報戦・世論戦・宣伝戦主体の新型冷戦への引き金を引いたとも言えるかもしれない。

カバー写真=南シナ海スプラトリー諸島に中国が建設中の滑走路(©CNES2015,Distribution Airbus DS/Spot Image/HIS、配信・時事)

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  • [2015.05.13]

時事通信解説委員。『外交』前編集長。早稲田大学政経学部卒業後、時事通信政治部に配属。ワシントン特派員、外務省、首相官邸、自民党各記者クラブキャップを経て、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長、編集局総務、時事Janet編集長。著書に『いまだに続く「敗戦国外交」』(草思社)、『小沢一郎はなぜTVで殴られたか』(文藝春秋)など。

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