対ロシア外交に独自色強める安倍首相の意欲と誤算

鈴木 美勝【Profile】

[2015.08.25] 他の言語で読む : Русский |

プーチン・ロシア大統領訪日の可能性はまだ消えていない。欧米とともにウクライナ問題で対ロ制裁が続く中、安倍首相は独自路線を探っている。その目算とは?

山積する外交諸課題のうち、安倍晋三首相にとってトップアジェンダの1つは、間違いなくプーチン・ロシア大統領の訪日実現だろう。単に北方領土問題を進展させたいとの思いばかりではない。対ロ関係は、安倍戦略外交の幅を広げようとする重要なパーツの1つだからだ。巨大国家・中国が海陸両翼に影響力を拡大する膨張路線を突き進む中で日本は対ロ外交と対中外交とを連動させて戦略的に展開する必要がある。安倍首相が対米、対中をにらみながら、対ロ外交に独自色を強めようとする、その真意は何か、ロシアの思惑との齟齬を探ってみる。

米大統領も〝黙認〟した首相の決意

話は3ヵ月余り前にさかのぼる。

場所はワシントン。4月28日、安倍晋三首相がオバマ米大統領と会談した席での発言だ。関係筋が明かす。

「安全保障上、日ロ平和条約が必要だ。プーチン・ロシア大統領の年内訪日を、既定方針通り実現したい」――首相は席上、極東で再び活発化し始めたロシア空軍の動きを指摘した上で日ロ関係に言及、オバマ大統領の反応を待った。日米外交当局が実務者同士で事前に調整し積み上げてきたシナリオでは、ウクライナ問題でG7(主要国首脳会議)の足並みの乱れを極力抑えたい米側は、大統領自身が首相に対して日本政府の方針に釘を刺すと想定していた。だが、大統領は安倍発言に対して直接応えず、話は次に展開していった。

プーチン大統領の年内訪日計画に関する安倍首相の伝達に対して、オバマ大統領は実質的に何の注文を付することなく、事実上、無条件でそれを黙認する形になったわけだ。この場面での大統領の対応に慌てたのは、米側の外交当局者だった。首脳会談終了後さっそく、米政府の立ち位置が、改めて日本側に伝えられた。「対ロ外交はG7の結束が最重視されるべきであり、プーチン訪日実現に当たっては、ウクライナ情勢の区切りがつくまで慎重に対応してほしい」。

しかし、安倍首相は取り合おうとはしなかった。「会談での大統領の対応がすべてだ」。日本側は、6月上旬の独エルマウ・サミット(主要国首脳会議)で日米両首脳が接触する場面が必ずあり、その際は立ち話ででも大統領が改めて慎重論を首相に直接伝えるのではないか、と身構えた。だが、2人の間には何も起こらなかった。

年内のプーチン来日実現に向けて安倍首相が決意を一段と強固にしたのは、こうした4月末の日米首脳会談などによって〝事前通告〟は完了していると見なしているためだ。

5月下旬、「日本・ロシアフォーラム」出席のため来日したナルイシキン下院議長は、プーチン大統領の訪日に意欲を示した上で「我々は前に進む準備ができており、球は日本側にある」と日本が実現に向けて積極的に対応するよう強く促した。

約1ヵ月後(6月24日)、安倍首相はプーチン大統領に電話した。この中で、両首脳は大統領の年内訪日に向けて対話を継続していくことで合意。首相は本格的な準備として岸田文雄外相の訪ロの早期実現を伝えた。

首相がプーチン年内訪日にこだわるわけ

安倍首相が独自の対ロ外交にこだわるのはなぜか。

そこには、ロシア訪問(2013年4月)以来積み上げてきた対ロ外交を踏まえてプーチン訪日を実現し個人的信頼関係を繋げておかなければ、最大懸案(北方領土問題)に新たな展望は開けないとの危機感がある。加えて、対中外交を始めとする東アジア外交に幅を持たせたいとの戦略的判断が働いているのも確かだ。

例えば、隣国の中国、ロシアという大国と最前線で向き合わなければならない地政学的宿命の中にあって、日本がロシアを中国寄りに必要以上に追いやれば、同盟関係にある日米に対して、中ロ両国は結束を強めて真っ向から対峙する一大勢力となり得る。とすれば、東アジアの安全保障にとっては、朝鮮半島の「冷たい平和」という不安定な現状ばかりでなく、新たに本格的な冷戦再来を生み出す要因を持ち込みかねないというわけだ。

2014年2月のソチ冬季五輪開会式——。ロシアの同性愛宣伝禁止法や人権問題を理由に欧米主要国首脳が軒並み欠席する中で、安倍首相は独自の判断で同五輪開会式出席に踏み切った。この時、プーチン大統領は首相を別荘に招き、「他の首脳に対してはほとんど記憶にない食事を供するなど異例の歓待」(日本外務省筋)で持て成した。首脳外交では、個人的な信頼関係が国家関係の進展に当たっても重要なファクターになり得るが、こうした安倍・プーチンの蜜月関係は、日本の対ロ外交の推進力としてしっかり機能していた。

第2次安倍政権になって、首相がプーチン大統領と初めて会談したのは2013年4月だった。そして翌14年2月のソチ五輪開会式までの間、わずか約10ヵ月で2人の会談は実に5回も行われた。が、3月のロシアのクリミア半島併合=「力による現状変更」によって事態は暗転、2人の蜜月関係も低位安定のレベルへと下降した。

ウクライナ危機によって一頓挫を余儀なくされた安倍・プーチン主導の日ロ外交だが、両首脳は昨年11月、仕切り直しで合意した。そして、安倍首相は今年4月の日米首脳会談後、プーチン訪日の年内実現に向けて本格的な準備開始のタイミングを計ってきた。谷内正太郎国家安全保障局長のロシア訪問(7月)はその仕上げに向けた下地づくりだった。

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  • [2015.08.25]

時事通信解説委員。『外交』前編集長。早稲田大学政経学部卒業後、時事通信政治部に配属。ワシントン特派員、外務省、首相官邸、自民党各記者クラブキャップを経て、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長、編集局総務、時事Janet編集長。著書に『いまだに続く「敗戦国外交」』(草思社)、『小沢一郎はなぜTVで殴られたか』(文藝春秋)など。

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