繰り返されるバター不足——半世紀にわたる“計画経済”が限界に

菊地 正憲【Profile】

[2015.09.30] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

今年もまた緊急輸入

「品不足のため、販売はお1人さま1個までとさせていただきます」

今年春から夏にかけて、こんな「お知らせ」の表示が、全国各地のスーパーや食料品店の乳製品売り場に掲げられた。数年前から繰り返されている「バター不足」の告知だ。バターが品切れになり、代用品としてマーガリンを大量に置いている店舗もことのほか目立っていた。

農林水産省は今年5月、バターが7000トン以上不足するとみて、クリスマスを控えて需要が高まる10月までに、約1万トンを緊急措置として輸入すると発表した。不足が顕著になってきたのは2008年からで、実は昨年も2回にわたって計1万トンの緊急輸入を実施している。

緊急輸入を担うのは農水省ではなく、独立行政法人「農業畜産振興機構」が独占して行っている。国内のバターの消費量は年間7万~8万トンで、うち毎年1万トン前後を輸入してきている。関税が高いため、民間での輸入はわずかしかない。酪農家保護を目的に、バターと脱脂粉乳の需給については原則、国が管理しているからだ。

今年は、輸入措置が決まって以降、秋に入ってようやく店頭に並ぶようになってきた。だが、価格も200グラムあたり430円前後と、前年の水準より5~6%高い。生活必需品が簡単に安く手に入らない状況に、消費者の不満は募るばかりだ。

国産バターの9割が北海道産

では、なぜこうも品薄が起きるのか。まずは牛乳・乳製品の生産、流通の仕組みから見てみよう。

バターは、言うまでもなく乳牛から絞った生乳が原料だ。その生乳を遠心分離機にかけて脱脂乳を分離し、残った脂肪分だけを殺菌、攪拌して練り上げるなどして作る。1箱分の200グラムのバターを作るためには、4リットル強の生乳を必要とする。また脱脂乳からは、水分を抜いて粉末の脱脂粉乳を作る。

生乳の流通は「一元集荷、多元販売」の仕組みになっている。各酪農家が生産した生乳は、全国の10の地域にある農協を中心とした「指定団体」が集めて、明治製菓や雪印メグミルクといった複数の乳業メーカーに販売している。指定団体とは、1966年に施行された「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」に基づいて国や都道府県から指定を受けた団体で、そのお墨付きを得て生乳を取引している。

乳価は、指定団体が主軸となって乳業メーカーと話し合い、牛乳、チーズ、バターなどの用途別に年間契約で決められる。酪農家が乳業メーカーと直接取引する「アウトサイダー」という方法も可能だが、それだと国からの補給金や各種補助が受けられないこともあり、生産者全体の3%程度しかいない。

農水省の統計によると、今年7月には、全国で計約13万2千トンの取引があった指定団体によるバター・脱脂粉乳向け生乳のうち、9割近い11万5千トンが北海道で生産された。一方、飲用牛乳向け生乳は、全国の約28万トンのうち、2割強の6万5000トンが北海道産で、残りは都府県産が占めた。

「安定供給」の名の下に、国は法制定から約50年来、指定団体を通じて牛乳・乳製品の生産・流通を用途別に管理することで、「首都圏をはじめとする大消費地から遠い北海道は加工用、都府県は鮮度が命の飲用牛乳を供給する」という役割分担を維持し続けてきたのだ。

保存がきくからバター製造は後回し

飲用牛乳向けに比べて、加工向けの生乳は3~4割単価が低い。特に生産過剰になると、大規模経営で生産性が高く、値段も安い北海道産の飲用牛乳が首都圏や中京、関西の消費地に流入し、都府県の生産者を圧迫する可能性がある。このため、国は「暫定措置法」に基づき、北海道の加工原料乳の生産者に、指定団体を通じて補給金を支払う「不足払い」を行って供給調整をしてきた。加工用、飲用ともに値崩れを起こすのを防ぐ目的がある。

生乳換算による牛乳・乳製品全体の供給量は年間約1200万トンで、内訳は国産が飲用を中心に約800万トン、輸入が加工品を中心に約400万トンとなっている。

輸入については、チーズやアイスクリームといった自由化品目の乳製品が大部分を占める。量は少ないが、1993年の貿易自由化交渉ガット・ウルグアイラウンド合意に基づいて一定の数量を輸入する「カレント・アクセス」の分も含まれている。輸入元は主に豪州、ニュージーランド、欧米だ。

生乳はほかの農産物と違って毎日生産され、しかも長く保存できない。このため、腐らせて廃棄するのを避けるためにも、まず牛乳、次に生クリームやチーズに優先して振り分けられる。牛乳などと比べて需要が少なく、保存もきくバターは、生乳の生産が多いときに在庫として保管し、少ないときに在庫を放出するようにしている。製品化の順番が最後になるので、生乳生産の多寡の影響を受けやすいとされる。

昨年の場合は、2013年夏の猛暑の影響で生乳の生産が落ち込んだことが、緊急の追加輸入の引き金になった。今年もその影響が引きずっていた上に、再び夏の猛暑に見舞われる可能性を考慮して、輸入に踏み切ったのだ。

減少続く酪農家数

そもそも、生乳の生産量は、長期にわたって減少傾向が続いている。全国の生乳生産量は、規模拡大や生産性の向上により戦後一貫して伸び続け、1996年度にピークの866万トンに達したが、それ以降は徐々に減り、昨年度は733万トンにまで減った。同時に、少子高齢化などの影響があり、消費量もここ10年間、減少し続けている。

農水省の畜産統計によると、今年2月1日現在の酪農家戸数は前年比約5%減の1万7700戸となり、2万8000戸近くあった10年前の3分の2の水準となった。とりわけ規模が小さい都府県での減少が著しい。各酪農家は大規模化による生産性の向上も図っているが、人件費、電気代、輸入飼料といったコストの高騰に追いつかなくなっている。酪農に希望が持てず、後継者不足が深刻になっているのだ。

乳業会社や農協で構成し、生乳及び牛乳・乳製品の需給見通しを定期的に公表している一般社団法人「Jミルク」の下村善計(よしかず)・生産流通グループ参事は、リーマンショックのあった2008年に業界の潮目が変わったという。

「生乳の生産量が減る中で、消費者の嗜好は飲む牛乳から生クリームやチーズ、バターを使った加工製品に変化した。生産者は、牛の搾乳可能期間や搾乳ペースの季節変動といった制約を抱えながら懸命に生乳を搾るが、後回しになる家庭用バターの製造にはどうしてもしわ寄せがいく。構造問題が横たわっている」。

TPPで風向きは変わるか

「日本政府がバターについて低関税の優先輸入枠を提案」――。今年7月下旬、こんなニュースから各メディアから発信された。現在、大詰めを迎えている環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉で、日本に乳製品の市場開放を求める輸出国であるニュージーランドや豪州に対し、バターの輸入拡大を提示したとの内容だ。

ここで、バターが再び大いに注目されることになったわけだが、TPPにより貿易自由化を促すことで、品不足は解消に向かうのだろうか。

農業・資源経済学が専門の東京大学大学院の本間正義教授は、「今までのような計画経済は通用しない」と述べ、自由化の必要性を説いた。

「95年に食糧管理制度を廃止し、自由化が進んだコメと同じ状況になってきている。指定団体に対し、高い手数料を払って生乳流通の全量を委託する制度では、昔のコメと同じで生産者に選択肢がなく、市場が機能しない。バターや脱脂粉乳は輸入でまかなえる。国内の各生産者は、飲用牛乳の品質や安全性といった強みを生かして、収益向上を目指すべきだ」。

いわゆる「アウトサイダー」の酪農家のように、指定団体を通さずに直接メーカーと交渉を進めるなどして、各生産者の個性と意欲を生かせる体制を整備すべきだという。さらに、和牛ブランドを世界に広めた牛肉のように、逆に海外に打って出る発想も大切だと強調した。

構造的窮状つづく日本の酪農

一方、全国の生産者団体でつくる中央酪農会議の内橋政敏事務局長は、円安で燃料やエサのコストが急騰し、乳価が上がっても追いつかない窮状を代弁する。

「努力しても儲からない状況に陥っている。日本には政府による価格面での補助はあっても、欧米のような酪農家への直接の所得補償がないこともあり、TPPで競争が激化することに悲観して、酪農をやめる人が増えている。余力がないとバターの安定供給などできない。この先、輸入自由化になったとしても、安全や安心の面で懸念がある上に、安定的に輸入されるとは限らない。価格も乱高下しやすくなる」。

農水省牛乳乳製品課の担当者は、バターは国の管理貿易品であり、その基本を変える意向はないと説明した。

「バターは酪農にとって需給の調整弁の役割を果たしている。外国産が大量に入ってくれば、生産者は生乳を余らせることができないので、捨てなくていい最低水準の生産量に抑えてしまうといった問題が生じる。そうなると、バターよりもずっと需要がある牛乳が不足する事態にもなりかねない。ただ、バター不足の常態化はよくないので、より早く、きめ細かい需給予測を立てるようにする。」

曲がり角、半世紀の保護政策

TPP交渉自体の合意の時期、内容については、なお予断を許さない。とはいえ、世界経済がグローバル化する中で、バターに限らず、あらゆる製品の貿易自由化の流れは加速するばかりだ。酪農政策に詳しい東大大学院の矢坂雅充准教授は、数量調整に終始し、市場の価格調整が機能していない今の状況でバターの輸入が自由化された場合、ほかの乳製品や牛乳の価格下落も避けられず、酪農家にはさらなる打撃になる可能性があるといい、「てこ入れのための新たな奨励策が必要になる」と強調した。

「日本の酪農は80年代までは大規模化に成功し、後継者不足も表面化していなかったが、90年代以降に衰退が進んだ。この間、国はさまざまな就農奨励策を打ち出したが、うまくいかなかった。ただ、酪農をやりたい若者はけっこう多い。例えば、乳業メーカーが国の協力を得て基金を作り、ほか農業よりも高く付く初期投資を支援するといった就農促進策が求められている」。

折しも、農水省は今年7月、生乳取引のあり方を考える検討会を立ち上げた。入札制度の導入などについて生産者や乳業メーカーの代表らと協議し、年内にも指針を示す。これだけ何度もバター不足が取りざたされている以上、半世紀続けてきた保護制度は今、明らかに曲がり角にきているのではないか。高コスト問題を改善し、安くて高品質な乳製品の供給に努めつつ、離農を食い止められるかどうか。消費者は政府、そして生産者、乳業メーカーによる改革の行方を注視している。

カバー写真=近年、頻繁に起きるバター不足で、商品が消えたコンビニエンスストアの棚(提供・時事)

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  • [2015.09.30]

ジャーナリスト。1965年北海道生まれ。『北海道新聞』の記者を経てフリーに。『AERA』『中央公論』『新潮45』『プレジデント』などの雑誌を中心に人物ルポ、社会派ルポなどを執筆。著書に『速記者たちの国会秘録』(新潮新書/2010年)ほか。

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