なぜ「ENEOS」は「レッドソックス」と手を組んだのか

山田 敏弘【Profile】

[2015.10.30] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

新興国ブームが退潮にあるなか、成熟市場の米国への進出を図る日本企業が増えてきている。その一つ、日本最大の石油会社が目を付けた戦略とは。

中国ブーム退潮の裏で

現在、どのくらいの日本企業が海外に進出しているのかご存じだろうか。

帝国データバンクの調査によれば、日本企業の27%が直接または間接的に海外に進出している。過去に海外に進出した実績もなく、今後も進出する予定がない企業は全体の約7割になる。グローバル化が進む時代に人口減少による市場縮小が懸念される日本では、今後さらに多くの企業が海外の市場に目を向けざるを得なくなるだろう。

現在、直接的に海外へ展開する企業の進出先は、中国がもっとも多い。海外進出企業の実に65%(1万3256社)ほどが中国に進出しているのだが、実のところ、2012年と比べてその数は8%ほど減少している。経済の急減速や賃金増、さらに市場の不安定さによって、中国に見切りをつけて撤退する企業が増えていると言える。

日本企業は米国市場を目指す

そんな中国市場の状況を横目に、今、成熟した市場として米国に商機を見出す企業が少なくない。というのも、米国は今後も人口が増加する巨大市場であり、個人消費が経済の7割を占める。リーマン・ショック以降の景気後退から経済も好転しており、最近になって味の素や東洋水産、亀田製菓といった食品メーカーが展開強化を発表し、メガネチェーンのJINSも本格的に米国市場に進出している。化粧品会社コーセーも最近、北米再進出が報じられて話題になったばかりだ。

北米に進出している企業の中で、興味深い戦略をとっている企業がある。日本の石油元売り最大手で、世界第8位のJX日鉱日石エネルギーだ。「ENEOS」のブランド名で知られる同社によれば、潤滑油の販売など北米攻略に向けた鍵の一つがボストンにあるという。どういうことなのか。

フェンウェイパークのENEOS

フェンウェイパークで談笑する杉森務ENEOS社長(左)とレッドソックスの田澤純一投手

2015年9月1日、同社の杉森務・社長がボストン・レッドソックスのホームスタジアムであるフェンウェイパークを訪れた。初めてフェンウェイパークを訪れたという杉森氏は、試合前のグランドでレッドソックス所属の田澤純一投手と笑顔で言葉を交わした。というのも、実は田澤投手はかつて実業団チームの新日本石油ENEOS(現・JX-ENEOS)に所属しており、杉森氏も野球部長を務めた経験がある。そして、旧知の仲である2人が談笑したフェンウェイパークのセンター電光掲示板には、でかでかと「ENEOS」の看板が映し出されていた。

メジャーリーグには30の球団が存在する。各球団ともそれぞれ地域密着で運営し、その収益はリーグ全体で90億ドルにもなる。オートレースNASCARの協賛をすでに行っていたENEOSが、北米におけるさらなる成功の突破口として目を付けたのはボストン・レッドソックスだった。そして2015年からスポンサーとして協賛を開始した。

米国で最も熱くコンサバなブランドと

そこで杉森氏に、「なぜボストンで、なぜレッドソックスなのか」と単刀直入に疑問をぶつけてみた。

杉森氏は、「北米全体でいきなりブランドを築くというのは難しい。まずはこのボストンを中心としてブランドを地道に築き上げていくという活動を始めている。レッドソックスとENEOS、アメリカでの知名度はぜんぜん違うが、ENEOSもレッドソックスのような存在に近づきたいと思っている」と言う。「ボストンに来てみて、レッドソックスの地位が絶大だというのが改めてよく分かった。ボストンの象徴になっているのだな、と」

杉森氏が言うように、レッドソックスのファンは全米でも屈指といえるほど、熱狂的である。しかも非常にコンサバで「よそ者」に警戒心が強く、排他的なところがある。ボストン地域に暮らす日系人の中には、ボストンは米国の「京都」であるという言い方をする人もいるくらいだ。そもそもボストンを含む東海岸のニューイングランド地方(米北東部6州)は、独立戦争の舞台として米国でも歴史が深く、伝統的な有名大学も多いことから、白人エリート層が多く暮らす。

つまりコンサバなアメリカ人が熱狂するレッドソックスと手を組むことで、米国で受け入れられるための「信用を得られる」ということなのだ。例えばキャンディのハイチュウを北米展開する森永製菓は、レッドソックスのスポンサーになったことで、全米50州で8200店舗を展開する小売りチェーン「ウォルグリーン」との商談に成功したという話がある。またENEOSも、レッドソックスのスポンサーになっているのなら、と米国企業とのビジネスに向けた道筋ができたというケースもあるという。

レッドソックスのトゥループ・パーキンソン上級副社長(企業パートナーシップ担当)は、「レッドソックスのファンは情熱と忠誠心、信頼性が全てだ。特にニューイングランド地域でインパクトを与えたいと考えるブランドは地元のスポーツチームと手を組んで、認知度を上げようとしている」と語る。その上で、「レッドソックスは全米に多くのファンがいる。明確なビジョンを持った世界の企業にはレッドソックスは魅力的になっているのです」

まずは地道に

もちろん、レッドソックスのスポンサーになっただけで、地元ひいては北米で受け入れられるほど甘いものではない。ENEOSの場合は、地元地域に積極的に関与していく戦略も進めている。その一つが、ボランティア活動だ。例えば、田澤投手が登板すればENEOSと田澤から、学生に奨学金を提供するチャリティ基金に寄付が贈られるという活動を展開している。

こうした活動を通して、ENEOSは北米で知名度を広げようとしているのだ。言うまでもなく、日本でENEOSは十分にその名前が認知されている。今後、さらなる事業の成長を求めるのには海外での成功が重要になることは間違いない。車社会である北米進出に力を入れるのは必然であるが、全米屈指の人気チームであるレッドソックスと手を組み、ボストンを始めとするニューイングランド地方で受け入れられているという事実を北米攻略に生かそうとしているのである。

ENEOSによるこの戦略は、今後北米進出を狙う企業にとって戦術的なインスピレーションになるかもしれない。ENEOSのレッドソックスに対するスポンサーシップが今後どうビジネスにおいて展開していくのか、注目される。

カバー写真=ボストン・フェンウェイパークでのレッドソックスvs.ヤンキース戦(提供・アフロ)

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  • [2015.10.30]

講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、現在、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト研究員を経てフリーに。国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)、『あなたの見ている多くの試合に台本が存在する』(カンゼン)、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル〜トーマス野口の遺言』(新潮社)。

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