変貌する中国の環境産業市場と日系企業の進出可能性

染野 憲治【Profile】

[2015.11.02] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

2013年1月、北京を中心に大規模な大気汚染が発生した(PM2.5事件)。環境汚染が「見える化」したことで多くの人が中国の環境問題の深刻さを認識することとなったが、そもそも中国では1990年代以降の急速な経済発展に対し、それに見合った十分な環境対策が取られたとは言い難く、PM2.5事件以前より中国の環境問題は深刻な状況にあった。

環境産業市場の「量」と「質」

現在、中国政府は事態を重視し、2014年4月には環境保全の基本法である「環境保護法」を施行後25年で初めて改正するなど環境規制を強化しつつある。環境汚染対策投資額も2001年の1167億元から2013年には9517億元へと8倍以上の増加となっている。

このような状況を背景に、中国の環境産業が飛躍的に成長していくことが見込まれている。中国環境保護部らの調査結果では、2011年の環境産業の総収入は3兆元以上、関連企業が2万4千社近くにのぼるという。さらに、中国政府が定める大気・水質・土壌汚染対策のための行動計画により6兆元以上の資金需要が発生するという予測もある。

このような中国市場の「量」を前提として、中国には深刻な汚染があり、日本には先進的な環境技術があるので、両国はWIN-WINな協力関係を構築できるという主張が語られることがある。

確かに中国からの訪日旅行客が日本製品を「爆買い」するのと同様に、環境分野でも空気清浄機、浄水器、マスクや安全な食品などB to Cの財では、市場において消費者が選択をするため、価格と品質による競争が可能となる。

他方、環境規制が厳しくない状況では省エネ対策のようなコスト削減効果のある分野はさておき、大気や水の汚染防止対策といった基本的にコスト上昇になる分野については、法制度を遵守するフォーマルな企業であっても最低限の基準をクリアする、より安価な環境装置を求め、法制度を遵守しないインフォーマルな企業であればそのような装置さえも求めない。

また、生産面においても商品の販売やサービスの提供により得られる利潤で経営を行う企業に対し、安価な土地の入手や政府との協定による独占的な原材料の入手、各種助成や金融優遇措置を受けられる企業が存在する場合、商品やサービスの価格は前者のような企業にとって適正な利潤を得られない水準に低下しかねない。

「量」だけでなく、価格と品質による適正な競争が可能となるような「質」の高い市場が存在しない限り、日本のみならず外資系企業、商品及びサービスの性能を追求するフォーマルな中国企業にとってもビジネスチャンスは存在しないのである。

環境産業の新興国展開の困難さ

2012年より、筆者らは環境産業のなかでも特に「静脈産業」(資源循環ビジネス)に着目し、環境省補助金を用い「静脈産業の新興国展開に向けたリサイクルシステムの開発とその普及に係る総合的研究」(研究代表者:慶應義塾大学細田衛士、課題番号:K123002)を開始し、2015年4月に最終報告書をまとめた。

中国をはじめとするアジア新興国では集約型リサイクル団地(工業園区など)の整備による資源循環が積極的に進められているが、多くは「インフォーマルセクター」の存在等により環境保全及び静脈産業構築・育成の両面で課題が存在し、健全で円滑な資源循環がなされていない。将来的にはアジア大での広域資源循環の急速な発展が予想されるなか、本研究では我が国の静脈産業がこのようなアジア新興国での資源循環に参入し、海外展開を進め、更には静脈メジャーとして発展していくことが可能か、そのために必要な条件を中国などのフィールドで研究を行った。

この結果、アジア新興国においてはハードロー(法令・政省令・条例などの主体の行動を制約する規則)、ソフトロー(ハードロー以外の企業倫理・CSR・行動規範などの規則)、ガバナンス(本研究ではこれら三位一体を「制度的インフラストラクチャー」と呼んだ)が不足していることが判明した。日本の静脈産業の発展の背景には、一定の市場規模(市場の「量」)とともに制度的インフラストラクチャー(市場の「質」)が存在したことがある。中国をはじめとする新興国においては今後、市場規模が拡大していく潜在性はあるものの、制度的インフラストラクチャーの整備は遅れている。最終報告書は、現状では日系企業が中国市場へ進出することは容易ではなく、日本は新興国に対してハードロー、ソフトロー、ガバナンスのいずれが不足しているかを見極め、環境協力による改善や各国の自助努力を求めていく必要性を指摘した。(他方、日本市場も海外展開を促進するための課題を抱えているが、紙幅もあり本稿では触れない。)

静脈メジャー化に必要な条件

具体的などのような困難があるのか、事例を一つあげる。

日本の静脈企業が中国市場で活動を行う場合、市場に参入をするためにいくつかの条件がある。特に一定量以上の静脈資源(使用済み製品・部品・素材等)を収集することができるかは、日系企業のみならず中国企業においても困難な課題である。その理由としては、①リサイクル法制度の整備が遅れている、②歴史的な経緯や所掌の縦割りなどから、資源回収に関する政府部門や関連団体が複数存在し、資源回収が複雑化するだけでなく、資源回収の発展が妨げられている、③法制度があっても執行が不十分である、④静脈資源の発生地或いは集散地と離れた場所に、処理施設を設置するケースがある、⑤静脈資源の回収に対する市民・企業の意識が低い、⑥回収業者が資源価値のない静脈資源を処理業者へ引き渡す―といった「制度的インフラストラクチャー」に係る課題がある。

このような状況を改善するため、一部の大手中国企業ではインフォーマルセクターを自社の資源回収ルートに取り込む(例1)、再生資源産業園区を整備し、自社工場を置くとともに、従来から同地区に存在した小規模事業者を園区へ移転させている(例2)、地元政府・販売ルートの協力も得て自社による回収ルートを整備する(例3)といった対策をとっている。また、近年の中国の経済的発展によりインフォーマルセクターにおいてもより収益を上げるために、フォーマル化を志向する動きが見られる。

しかし、日系静脈企業においては静脈資源の安定的な回収のため、大手中国企業のようにインフォーマルセクターを取り込んだり、自社で回収ルートを整備したりすることは容易ではない。

大手中国企業の対策例

例1 従来インフォーマルセクターとして資源回収を行っていた近隣の農民らに研修を行い、回収した資源を整備された自社工場へ持ち込ませようとしている (河北省唐山市玉田)
例2 再生資源産業園区を整備し、自社工場を置くとともに、従来から同地区に存在した小規模事業者を園区へ移転させている (四川省内江市東興区牛棚子地区など)
例3 地元政府・販売ルートの協力も得て自社による回収ルートを整備する(省政府との協定により独占的な廃プリント板回収、同省唯一の国有自動車解体業者からの廃自動車回収、市内における一般向け回収拠点の整備などを行う (湖北省)

未来を映す鏡~望ましい日中互恵の水平協力

1994年に日本及び中国は日中環境保護協力協定を締結した。また、1990年代から2000年初めには円借款、無償援助、技術協力などのODAを活用したプロジェクト協力も活発に行われた。例えば円借款については、中国に対する円借款の供与総額約3兆3,000億円のうち、大気や水質汚染対策などの環境円借款の割合は約30%、約1兆円を占める。

その後、中国が経済発展を遂げたことで北京オリンピックが開催された2008年に、円借款の新規供与は停止されることになった。これにより政府主導で大型のモデル事業が行われるようなことは無くなったが、それに代わり中国からは環境対策において先進的な日本企業との交流を望む声も聞こえる。また、日本にとっても援助による環境協力から、ビジネス交流など両国の互恵となる水平協力へと移行することは望ましい。

日中の企業が互恵関係を構築できるのか、それは平和で安定的な日中関係を築くことができるのかにもつながることであり、今後大きな変革を迎えるであろう中国の市場は、その未来を映す鏡かもしれない。

カバー写真=プラスチックごみの山を手作業で仕分けする中国の回収業者(提供・読売新聞/アフロ)

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  • [2015.11.02]

慶應義塾大学経済学部訪問研究員。慶應義塾大学経済学部卒業。1991年環境庁入庁。環境省(庁)のほか、在中国日本大使館一等書記官、東京財団研究員、桜美林大学非常勤講師を経て、現在は環境省中国環境情報分析官。2015年7月より慶應義塾大学経済学部訪問研究員を兼ねる。著書は『環境法研究(第二号)』(共著 信山社、2014年)、『20歳からの社会科』(共著 日経プレミアシリーズ、2012年)、『中国環境ハンドブック2009-2010年版』(共著 蒼蒼社、2009年)など。

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