「歴史」対立の中の「共存」——内政が主導する季節に入った韓国と日本

政治・外交

ソウルで開催される日中韓首脳会談に併せて、11月2日、日韓首脳会談が行われた。日韓のみの首脳会談は3年5ヵ月ぶり、安倍晋三首相と朴槿恵大統領は公式会談としては初顔合わせとなった。

日韓国交正常化が実現した50年前と比べると、日韓両国関係の構造は、政治、経済、社会、文化等々、あらゆる分野において大きく変化した。韓国内には日本との対等意識が広がっている。こうした中、安倍晋三首相と朴槿恵大統領の日韓首脳会談が11月2日に就任後初めて行われた。日韓関係修復への一歩を踏み出したわけだが、両国はこの秋すでに内政の季節に入っている。今後、内政主導の政権運営が当分続くだろう。両首脳とも、背後に控える国民世論の動向に最大限の配慮を払いつつ、外交を進めねばならない。朴政権は米韓同盟を堅持する一方で、中国に接近するバランス外交を推進している。その成り立ちと実態、日本への影響を探ってみる。(以下敬称略)

安倍晋三の宿命

「血脈」に憑かれた政治家の宿命だろうか。現在の日韓両首脳には、政権運営の根源となる政治的インセンティブにおいて類似点が少なくない。最大の類似点は、血統の頂にそれぞれにとって偉大であると信ずる国家指導者を据えていることだ。

首相・安倍の場合は、日米安保条約を改定し総理大臣の座と引き換えに現在の日米安保体制の礎を築いた祖父の岸信介、朴槿恵の場合は、米ジャーナリスト、オーバードーファーが「誰よりも韓国に大きな足跡を残した」と評価する父・朴正煕だ。

安倍は、国民世論による反対の逆風をまともに受けつつも集団的自衛権の行使容認など安保法制を成立させた。「祖父の時もそうだったが、安保法制も後世になって評価される」―と言い放ち、岸信介張りの執念を見せた。だが、7月に安保関連法案が衆院を通過すると、内閣支持率が激減。危機感を抱いた安倍は9月、安保関連法の成立後、自民党総裁に再選されると、素早く場面転換に動いた。

<安保の季節>から<経済の季節>へ―自民党幹事長・谷垣禎一が夏の終わりに進言した「一人二役」論を、「わが意を得た」とばかりに実行に移したのだ。(※1)

今や首相・安倍にとっての最大関心事は来年夏の参院選だ。「一億総活躍社会の実現」「GDP600兆円」「新三本の矢」(※2)。次々と、裏づけに乏しい選挙スローガンを打ち出した。安倍政治はキャンペーン・モードに突入した。安倍は、慰安婦問題など日韓関係の懸案とは、あくまで日本の内政を優先する形でしか向き合うことができない。韓国内の反日勢力からの圧力を受ける朴が、問題の解決を迫ったところで、安倍は、拒否する以外にない。

朴槿恵の宿命

韓国の内政の季節は足早に歩を進め、日本よりもムキ出しの暗闘が既に始まっている。国政の大きな節目となる総選挙は来年の2016年春だ。それを境に、大統領・朴のレームダック化が進んでいく。任期は一期五年に制限されており、朴再選はない。朴が慰安婦問題の年内解決を訴えるのも、韓国内政の映し鏡だ(※3)。2日の日韓首脳会談では、早期妥結に向けて交渉を加速させることで一致したものの、具体的議論は局長協議に委ねられ、打開の糸口があるわけではない。そして2017年12月は、いよいよポスト朴をめぐる大統領選挙だ。各党の候補者争いが今後、日毎に激しくなるだろう。外交よりも内政の利害に力点を置いた政権運営が続く。

もうひとつの類似点は何か。それは、安倍が保守の証しとして越えねばならなかったハードルは、従来の憲法解釈に風穴を空けて、集団的自衛権行使を可能にすることだったが、同様に、朴にも保守派の証しとして越えねばならないハードルがあった。10月に発表された歴史教科書の再国定化だ。その教科書国定化問題は、尊敬する父・朴正熙の深き因縁が絡みつく。

1970年代、歴史教科書の国定化に踏み切ったのは父・朴正煕だった。だが、左翼リベラル政権の大統領・盧武鉉(ノ・ムヒョン)が07年に国定教科書制度を廃止、検定制度に切り換えたことから、セヌリ党前身のハンナラ党(12年党名変更)が強く反発。政権を奪い返すと、大統領・李明博の下で、再国定化復活の動きを活発化させ、朴槿恵にバトンが渡されたのだ。保守派が国論を二分する国定教科書の復活を目指したのには、こうした経緯があったものの、朴がなぜ火中の栗を拾ったのか。朴槿恵は、この際、韓国の繁栄を導いた「経済成長の父」と称賛される一方で軍事独裁によって国民に圧制を強いたと批判されている父・朴正熙の再評価を固めたいのではないかとの見方もある。(※4)

国定歴史教科書の復活が来春の総選挙、さらには次期大統領選での主要な争点になるのは確実だ。併せて、歴史認識問題に絡んで、日本の慰安婦問題も争点化する可能性があるが、日韓相互に譲歩するのは難しいだろう。

中国に認知された「戦勝国」

韓国政界のこうした流れの中で、注目されるのが朴槿恵政権の対中傾斜だ。

9月3日、北京・天安門広場で、抗日反ファシズム戦勝記念日式典の軍事パレードが行われた。朴は天安門のバルコニーに立ち、大国ロシアの大統領プーチンの向って左隣りに居並んだ。一方、北朝鮮代表の崔龍海(朝鮮労働党中央政治局委員・党中央書記)は左端の下座。韓国大統領への厚遇が一段と際立つ場面だった。第二次世界大戦の戦後処理を行ったサンフランシスコ講和会議への出席を認められなかった韓国だが、この日の記念式典出席によって、中国からは、日本と戦った「戦勝国」と認知された。朴槿恵の目的が叶った瞬間だ。

抗日戦争を戦ったのは、金日成が属した朝鮮人ゲリラ組織であり、1919年の3・1独立運動の直後、上海に朝鮮独立運動の組織として結成された「大韓民国臨時政府」は実際に日本軍とは戦っていない。このため、朝鮮半島ウォッチャーによれば、「抗日戦争と戦った正統な主体は戦後、金日成が君臨する北朝鮮と見なされていることから、韓国にとって、抗日戦争はある種の歴史的〝トラウマ〟となっている」。だが、戦後70年を迎えた今年、中国・習近平(国家主席)によって、朴は自国の歴史問題に関して絶好の機会を与えられたのだ。ポスト朴をうかがう潘基文(国連事務総長)も便乗、平然と出席した。国連事務総長の任期切れは16年末。内政睨みのパフォーマンスがそこにあった。

軍事パレードの翌4日、朴槿恵の姿は上海にあった。「大韓民国臨時政府」庁舎の改装記念式典に出席するためだった。大統領は、庁舎が中国側の負担で全面改装されたことに謝意を表した上で力説した。「庁舎の改修は、独立闘争の歴史的意味と価値を韓国と中国両国が共有していることを示します」

朴外交「対中傾斜」の正体

10月、韓国のジャーナリストや学者など有識者との会合が首都圏のホテルで3日間にわたって開かれ、筆者も出席した。討議の隠れたる主役は中国。韓国の対中接近外交がメインテーマとなった。韓国側は日本側の<対中傾斜>という指摘に強く反発したが、そこには朴政権の苦悩が垣間見えた。

韓国が自身をバランサーと位置付ける米中均衡外交の真意は何か。それは実質的に可能なのか。

米中のバランスを取ろうとする朴槿恵外交には、戦略的二重性が潜んでいる。二重性が形成される要因の根源は、①巨大国家・中国と隣接する国家としての韓国の地政学的宿命、②第二次世界大戦の結果、朝鮮半島に朝鮮民族が二分された分断国家としての歴史的宿命―の二点。朴政権にとっての最大の脅威は、父の時代同様、北朝鮮だ。その脅威をどう抑止するか。抑止には在韓米軍の存在が不可欠なのだが、北朝鮮に対する影響力は考えれば、平和統一を安保外交政策の柱に掲げる朴政権にとって中国が最重要のアクターであるのも事実だ。

しかし、日本政府高官は断言する。「米中のバランサーになれるほど韓国に力はない」。「米韓同盟堅持+対中接近」という朴の均衡外交は、過信ではないか。とすると、朴外交は、<地政学的宿命>と<歴史的宿命>を受け入れることから始めねばならなかった苦悩の選択ではなかったのか。

韓国が置かれた世界を①グローバル次元、②リージョナル次元、③サブ・リージョナル次元―という3つの層で考えると、朴外交をより理解できる。

①グローバル次元での韓国の世界観は、米ソ冷戦の終焉後、米一極支配を経て、今や米中(G2)が仕切る世界へと移行しつつあるという認識によって形成される。そして中長期的な展望に立てば、衰え行く超大国(米国)と台頭し続ける巨大国家(中国)の優劣が明確になるだろうというわけだ。

②リージョナル(地域)次元では、朝鮮半島(韓国・北朝鮮)を構成するメインアクターに加えて、北朝鮮の非核化を志向する米中日ロ4カ国が関与する北東アジア情勢に対する認識が韓国外交を左右する世界だ。

③サブ・リージョナル(準地域)次元の世界とは、南北分断国家(韓国・北朝鮮)関係と歴史的・文化的に縁の深い日本と中国が絡みつく、厄介な世界だ。

朴外交のファンダメンタルズは、①のG2世界であり、少なくともアジア・太平洋の世界では、日増しにG2世界が現実のものとなりつつあるという認識がベースになっている。13年6月の米中首脳会談の際、習近平は「新型大国関係」を提唱したが、それは中国版G2論といってよいだろう。少なくとも、朴政権は「台頭し続ける中国」という認識の下に中国版G2論に乗った。そして、中国側の本音である太平洋二分割論―遠い将来は、この二分割論が実現するという見通しまで立てているのであろう。

南シナ海問題に沈黙する韓国

②のリージョナル次元の世界は、軍を掌握できない金正恩が先軍政治の下で引き摺られ、機能不全に陥っていることから、韓国にとっては③のサブ・リージョナル次元の世界が重要となる。ここでは、歴史問題を抱える日韓関係は、双方が譲歩しない限り進展は望めない。だが、安倍、朴は背後に控える支持母体を意識しなければならず、歩み寄りは困難だ。本来なら、日韓関係は通常、韓国の政権の「前半は融和的・後半は反日的」のパターンが多かったが、李明博政権からのバトンを受け継いだ朴政権では、「反日」の基調が継続された。半世紀前と比較して、格段に国力をつけた韓国は、今では日本経済より中国経済への依存が大きくなった。日中韓三カ国の外交構造は変容したのだ。

3年半ぶりの日中韓三カ国首脳会談(11月1日)や初の安倍・朴首脳会談は実現したが、「歴史」対立の中の共存模索という日韓関係の流れの基調は変わらない。また米国の太平洋政策にとっての〝主戦場〟、中国による南シナ海での人工島埋め立て問題への直接のコメントを避けて沈黙する韓国に対して、米国は苛立ちを募らせている。先の米韓首脳会談(10月16日)後の記者会見の席上、オバマ大統領は「国際規範に違反する国があれば、韓国も声を上げて欲しい」と強く促した。だが、朴槿恵政権の対中傾斜は今後も続くだろう。(※5)

カバー写真=ソウル青瓦台で行われた日韓首脳会談(提供=時事)

(※1) ^ 自民党幹事長・谷垣の一人二役発言。「岸総理は、日米安保条約改定で賛成・反対、敵・味方を峻別した。次の池田総理は、『寛容と忍耐』『高度成長』で国民統合をやった。安倍さん、あなたはお爺さんの役だけじゃなしに、池田さんの役も果たさなければならない」(8月29日、京都市宮津市での国政報告会)

(※2) ^ アベノミクス「新三本の矢」―①希望を生み出す強い経済、②夢をつむぐ子育て支援、③安心につながる社会保障。その数値目標として「2020年ごろの名目GDP600兆円」「20年代半ばに希望出生率1.8」「20年代初めに介護離職ゼロ」の達成を掲げた。

(※3) ^ 慰安婦問題に関する韓国大統領の「年内解決」発言。10月29日、日韓首脳会談の直近をとらえて、朝日、毎日2紙の書面インタビューに応じる形で行われた。

(※4) ^ 朴槿恵自叙伝。「私の目に映った父は、自分の祖国、大韓民国を思う以外に私心は絶対になかった」「今も私は父に対する評価を正すために始めた『両親の追慕事業』は、子として当然すべきことだと信じている」「父の時代には北朝鮮の侵略の脅威から国を守り、貧困と飢えから抜け出ることが急務だったので、『民主化』という面から見れば足りない部分もあった。その過程で民主化運動をして不本意に被害を受けた方たちもいた。」

(※5) ^ 南シナ海問題。中国が人工島を造成した南シナ海の南沙諸島周辺で、米海軍が10月27日、「航行の自由」作戦を展開した。日本政府は「国際法に則った行動と理解している」(首相)と支持を表明したが、韓国外務省の報道官は直接のコメントを避け、原則論を繰り返し、従来の立場から踏み出さなかった。

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